Act.0014:――黙って!

(うーん。大変なことを聞いて……というより、聞かされてしまった。乗りかかった船……ではなく、強引に乗せられた船だけど、次の目的地まではつきあうしかないかなぁ)


 世代セダイは1人で温かい烏龍茶をすすりながら、大きく肩を落とす。

 不安定で他の世界と繋がりやすい世界。

 それは少なからず、元の世界に戻れるかもしれないという可能性を示している。

 アニムから話を聞いた時に、そう考えたのだ。


 しかし、落ちついて考えてみると、それは「設定」なのかもしれない。

 もし、この世界が【BMRS】の初期設定である【魔生機甲レムロイド戦記】の設定が現実になった世界だとする。

 そうなれば、「この世界に魔法文明が現れた理由」である「クラウディアから侵略された」も、「この世界が、未だにクラウディアとつながり魔力でみたされている」「この世界が不安定である」ということも、すべてが【魔生機甲レムロイド戦記】としての設定ということも考えられる。

 だが反対に、ゲームの設定が現実になったのだから、この世界の不安定さというのも、現実になっていると考えられる。


(わからん。……けど、帰ることができるかもしれない……)


 世代セダイが、この世界にやってきたのは事故だった。

 だが彼にとっては、決して「不幸な事故」とは言えない。

 それどころか、「夢にまで見た事故」と言っても過言ではないほどだ。


 アニムが「ちょっと失礼」と、トイレに向かってから世代セダイはいろいろと考えていた。

 アニムとこれからどうするか、この世界はどうなっているのか、そして自分は元の世界に戻れるのか、戻れるなら戻るのかである。


(ボクは戻りたい……のか?)


 その自分の心の中を覗きこむような自問。

 しかしそれは、唐突にあげられた怒号で遮られた。


「――貴様! これが偽物だと言うのか!」


 世代セダイの席から一番遠い円卓で、中年の男が立ちあがっていた。

 この辺りで一番見かけるアジア系の顔立ち。

 黄色の肌に、細い目と細い眉、そして後ろ髪をひとつに編み上げて伸ばしている。

 その服装の正式な名称を世代セダイは知らないが、よく「チャイナ服」と称されるものだ。

 紺色の地に金色の金色の止め紐がやたらと目立っている。

 そのカンフー映画にでも出てきそうな出で立ちの彼は、厚い本を片手に掲げて、斜め横に座る若い男を上から睨みつけていた。


(あれは……魔生機甲設計書ビルモアか)


 魔生機甲レムロイドの話に餓えていた世代セダイとしては、魔生機甲設計書ビルモアが話題ならば、耳を澄まして聞いてみたいところだ。

 しかし、よく見れば立ちあがった男は、腰には剣を吊している。

 顔立ちも「育ちがよい」とは言いがたい造形だ。

 しかもこのままいけば、まずまちがいなく暴力沙汰に発展する雰囲気である。


(触らぬ神に祟りなし……かな)


 下手に口を出して争いごとに巻きこまれてはたまらない。

 特に今は、アニムも一緒である。

 アニムの正体がばれれば、本気で命がないかもしれない。


「これは正真正銘、のデザインされた魔生機甲設計書ビルモアだ!」


 男がまた怒鳴るが、そこに気になるフレーズが聞こえた。


(長門……って……まさか)


「偽物と因縁をつけて金を払わないつもりか!」


「因縁ではありません! 僕は本物なら金は出しますけど、これはまちがいなく本物じゃない!」


「なんだと、テメー! 貴様みたいな若造に、長門先生の作品がわかるか!」


「わかりますよ! こんな粗悪な模造品!」


 言われていた男の方もエキサイトしてきたのか、椅子を背後に弾きとばすように立ちあがる。

 そして負けじと、怒鳴りつけてきた睨み返した。

 20才そこそこのやはりアジア系の顔立ちだ。

 細い眉に下に細い銀フレームの丸眼鏡をかけている。

 丸顔の輪郭に、少し青みがかった短髪が特徴だった。

 彼もまた黄色地のチャイナ服を着ている。


「だいたい、【鉄壁の長門】と称される先生が、このような関節がまる見えのデザインを作りません!」


「だ、だからこれは、貴重な長門先生の初期作品で、その当時は……」


「初期作品は、長門先生の希望で流通されていないはずです。それこそ契約違反ですよ!」


「これは許可された作品だ。だから譲渡契約書にサインも入っているだろう!」


「こんなサイン、魔力署名でもない限り偽造なんて簡単でしょう! それにそもそも、こんな魂のこもっていない魔生機甲レムロイドを長門先生が生みだすわけがない」


「なななっ、なにが魂だ! 貴様は魔生機甲設計者レムロイドビルダーかなにかか!?」


「そ、そういうわけでないけど……」


「だろな! なら、たかが数年の経験しかないバイヤーのくせに生意気を言うな! オレが何年、この仕事をしていると思っている!?」


「確かに……確かに経験は少ないけど、それでもわかりますよ!」


 2人の間に険悪なムードが広がる。

 無論、その空気に店内の全注目が集まっている。

 だから、世代セダイとしては関わりあいにならないようにし、アニムと合流して速やかにこの場を離れるべきであろう。

 そんなことは、百も承知だ。


「ちょっと失礼」


 しかし、世代セダイは気がついたら歩みよっていた。

 そして次の瞬間には男の手から、問題になっていた魔生機甲設計書ビルモアを取りあげていたのである。


「なっ、なんだ、貴様!」


「――黙って!」


 思わず世代セダイは怒鳴りかえしながらも、魔生機甲設計書ビルモアを開く。

 考えるだけ無駄だったのだ。

 自分の大好きなものがある世界で、自分がやりたいことをやって生きる。

 そう決めたはずだ。


「……これは長門の魔生機甲レムロイドじゃない」


 だから、この世界のロボットである魔生機甲レムロイドに対してだけは、我慢しない、遠慮しない、嘘をつかない、諦めない。


「デザインにキレがないしテーマである防御力に対するこだわりもない。そしてなにより、そこの人がいったとおり魂がこもっていない。いくら初期作品でも、あの長門の作品なのに『好き』って気持ちが入っていないなんてあるわけがない! 構築ビルドできてもこんな魔生機甲レムロイドじゃまともに戦えないよ!」


「――なっなんだと!? ガキが適当なことを言うんじゃない!」


「適当なこと言うわけがない! 愛すべき魔生機甲レムロイドだぞ!」


「……はい?」


 そうだ。愛しいものを馬鹿にされることを許すぐらいなら、この世界からとっとと退場した方がましだ。

 だから世代セダイは、肩掛け鞄に入れてあったカードを取りだす。

 それは直筆のサインまではいった長門の名刺だった。


「ボクは長門と連絡を取れる。なんなら伝話屋に今から行って、長門に伝話して確認してもいいけど?」


「……ば、馬鹿な事を。さっきから長門と呼び捨てにしているが、あの方は三大名工の1人だぞ。貴様のようなガキが呼び捨てにできる方ではないし、簡単に連絡が取れるわけが……」


「なら、試そうよ。今から3人で行ってさ」


「くっ! よ、横からしゃしゃり出てなにを……」


 男が腰の剣に手をかけて、鬼のような形相で威嚇してくる。

 しかし、世代セダイは怯むことなく対峙する。

 そこにいつもの軟弱な姿は欠片もない。


 大好きなロボット、そして食事、風呂以外のことに関して、世代セダイは「どうでもいい」と思っている。

 そのような考えのため、争いがあっても面倒だから関わりあいたくないし、基本的には逃げ腰になる。

 威嚇されても、その恐怖に立ち向かう気力もないので怯えて終わる。

 怖ければ逃げればいい。

 しかし、信じて愛したものにだけは、そんなことをしない、というかできない。

 そんなことをしてしまえば、信じていないし愛していないということに他ならない。

 好きなら譲らない。

 好きなら諦めない。

 好きなら怖いものなどありはしない。

 その結果、変態だ、変人だと笑われても痛くも痒くもない。

 世代セダイは、戦えるのだ。


「――若造どもが、ふざけやがって!」


 だが、相手にしてみれば、そんな世代セダイの態度はただの生意気なガキの横槍だった。

 彼はとうとう店の中で剣を抜いてしまう。

 殺意を感じる銀色が、店内の魔光石の光を返す。


「黙らせてやる!」


「あらやだ。黙るのはあなたの方よん」


 そこに突然割りこんだのは、なよなよとした男の声だった。

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