Act.0014:――黙って!
(うーん。大変なことを聞いて……というより、聞かされてしまった。乗りかかった船……ではなく、強引に乗せられた船だけど、次の目的地まではつきあうしかないかなぁ)
不安定で他の世界と繋がりやすい世界。
それは少なからず、元の世界に戻れるかもしれないという可能性を示している。
アニムから話を聞いた時に、そう考えたのだ。
しかし、落ちついて考えてみると、それは「設定」なのかもしれない。
もし、この世界が【BMRS】の初期設定である【
そうなれば、「この世界に魔法文明が現れた理由」である「クラウディアから侵略された」も、「この世界が、未だにクラウディアとつながり魔力でみたされている」「この世界が不安定である」ということも、すべてが【
だが反対に、ゲームの設定が現実になったのだから、この世界の不安定さというのも、現実になっていると考えられる。
(わからん。……けど、帰ることができるかもしれない……)
だが彼にとっては、決して「不幸な事故」とは言えない。
それどころか、「夢にまで見た事故」と言っても過言ではないほどだ。
アニムが「ちょっと失礼」と、トイレに向かってから
アニムとこれからどうするか、この世界はどうなっているのか、そして自分は元の世界に戻れるのか、戻れるなら戻るのかである。
(ボクは戻りたい……のか?)
その自分の心の中を覗きこむような自問。
しかしそれは、唐突にあげられた怒号で遮られた。
「――貴様! これが偽物だと言うのか!」
この辺りで一番見かけるアジア系の顔立ち。
黄色の肌に、細い目と細い眉、そして後ろ髪をひとつに編み上げて伸ばしている。
その服装の正式な名称を
紺色の地に金色の金色の止め紐がやたらと目立っている。
そのカンフー映画にでも出てきそうな出で立ちの彼は、厚い本を片手に掲げて、斜め横に座る若い男を上から睨みつけていた。
(あれは……
しかし、よく見れば立ちあがった男は、腰には剣を吊している。
顔立ちも「育ちがよい」とは言いがたい造形だ。
しかもこのままいけば、まずまちがいなく暴力沙汰に発展する雰囲気である。
(触らぬ神に祟りなし……かな)
下手に口を出して争いごとに巻きこまれてはたまらない。
特に今は、アニムも一緒である。
アニムの正体がばれれば、本気で命がないかもしれない。
「これは正真正銘、
男がまた怒鳴るが、そこに気になるフレーズが聞こえた。
(長門……って……まさか)
「偽物と因縁をつけて金を払わないつもりか!」
「因縁ではありません! 僕は本物なら金は出しますけど、これはまちがいなく本物じゃない!」
「なんだと、テメー! 貴様みたいな若造に、長門先生の作品がわかるか!」
「わかりますよ! こんな粗悪な模造品!」
言われていた男の方もエキサイトしてきたのか、椅子を背後に弾きとばすように立ちあがる。
そして負けじと、怒鳴りつけてきた睨み返した。
20才そこそこのやはりアジア系の顔立ちだ。
細い眉に下に細い銀フレームの丸眼鏡をかけている。
丸顔の輪郭に、少し青みがかった短髪が特徴だった。
彼もまた黄色地のチャイナ服を着ている。
「だいたい、【鉄壁の長門】と称される先生が、このような関節がまる見えのデザインを作りません!」
「だ、だからこれは、貴重な長門先生の初期作品で、その当時は……」
「初期作品は、長門先生の希望で流通されていないはずです。それこそ契約違反ですよ!」
「これは許可された作品だ。だから譲渡契約書にサインも入っているだろう!」
「こんなサイン、魔力署名でもない限り偽造なんて簡単でしょう! それにそもそも、こんな魂のこもっていない
「なななっ、なにが魂だ! 貴様は
「そ、そういうわけでないけど……」
「だろな! なら、たかが数年の経験しかないバイヤーのくせに生意気を言うな! オレが何年、この仕事をしていると思っている!?」
「確かに……確かに経験は少ないけど、それでもわかりますよ!」
2人の間に険悪なムードが広がる。
無論、その空気に店内の全注目が集まっている。
だから、
そんなことは、百も承知だ。
「ちょっと失礼」
しかし、
そして次の瞬間には男の手から、問題になっていた
「なっ、なんだ、貴様!」
「――黙って!」
思わず
考えるだけ無駄だったのだ。
自分の大好きなものがある世界で、自分がやりたいことをやって生きる。
そう決めたはずだ。
「……これは長門の
だから、この世界のロボットである
「デザインにキレがないしテーマである防御力に対するこだわりもない。そしてなにより、そこの人がいったとおり魂がこもっていない。いくら初期作品でも、あの長門の作品なのに『好き』って気持ちが入っていないなんてあるわけがない!
「――なっなんだと!? ガキが適当なことを言うんじゃない!」
「適当なこと言うわけがない! 愛すべき
「……はい?」
そうだ。愛しいものを馬鹿にされることを許すぐらいなら、この世界からとっとと退場した方がましだ。
だから
それは直筆のサインまではいった長門の名刺だった。
「ボクは長門と連絡を取れる。なんなら伝話屋に今から行って、長門に伝話して確認してもいいけど?」
「……ば、馬鹿な事を。さっきから長門と呼び捨てにしているが、あの方は三大名工の1人だぞ。貴様のようなガキが呼び捨てにできる方ではないし、簡単に連絡が取れるわけが……」
「なら、試そうよ。今から3人で行ってさ」
「くっ! よ、横からしゃしゃり出てなにを……」
男が腰の剣に手をかけて、鬼のような形相で威嚇してくる。
しかし、
そこにいつもの軟弱な姿は欠片もない。
大好きなロボット、そして食事、風呂以外のことに関して、
そのような考えのため、争いがあっても面倒だから関わりあいたくないし、基本的には逃げ腰になる。
威嚇されても、その恐怖に立ち向かう気力もないので怯えて終わる。
怖ければ逃げればいい。
しかし、信じて愛したものにだけは、そんなことをしない、というかできない。
そんなことをしてしまえば、信じていないし愛していないということに他ならない。
好きなら譲らない。
好きなら諦めない。
好きなら怖いものなどありはしない。
その結果、変態だ、変人だと笑われても痛くも痒くもない。
「――若造どもが、ふざけやがって!」
だが、相手にしてみれば、そんな
彼はとうとう店の中で剣を抜いてしまう。
殺意を感じる銀色が、店内の魔光石の光を返す。
「黙らせてやる!」
「あらやだ。黙るのはあなたの方よん」
そこに突然割りこんだのは、なよなよとした男の声だった。
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