Act.0015:狂気の愛……ラブよ!
「あたしね、野暮な男って大嫌いなのよ」
現れたのはスラリとした体格に、すっきりした顎のライン、長い睫の特徴的な男だった。
いや、
しかも、かなり高レベルである。
男であることはまちがいないのだが、なせか女性用のチャイナドレスを着ていた。
そこから見える足は、ムダ毛1つなく真っ白で下手な女性よりもきれいだ。
それに胸はないが、妙に腰がくびれている。
そんな男が、唇に人差し指を当てながら、短い髪を左右に揺する。
「いやんいやん。そんな無粋な物、しまいなさいな」
「なっ! なんだ貴様は……」
「きさら……ヨシノさん」
銀フレームの丸眼鏡をかけた黄色いチャイナ服の男は、どうやら知り合いのようだった。
横から現れたオネエに、安堵のため息をもらす。
しかし、
「もう〜。リューセイちゃんも、騒動を起こしちゃメッよ」
「し、しかし、この取引に出された
「なっ、なんだとテメー! まだ言うか!」
片刃の剣が振りあがった。
が、いつの間にかその背後に長身の男が立っていた。
ビシッときまったスーツ姿で、ものすごい美形だ。
フワフワの金髪に、ヨシノと呼ばれたオネエよりも切れ長で美しい双眸。
細い眉毛はきれいに整えられ、艶やかな唇がかるく弓なりになっている。
きれいに整った襟元、髭の跡すら見えず、男性でも女性でもここまで身なりに気を使っていそうな人間を
まるで絶世の美女が男装しているかのようだ。
これまた
だが、その彼がやっていることは、反して力強かった。
なにしろ、男の振りあげた刃の背をたった2本の指でつまんでいたのだ。
「――なっ!? は、離せ!」
男が剣を動かそうとするが、不自然なほどピクリとも動かない。
か細い2本の指は離れようとせず、その腕もまったくぶれることがない。
「ムーちゃん、その子、外に捨ててきてよ」
ヨシノの言葉に、ムーと呼ばれた美形はかるくうなずく。
そして次の瞬間には、彼の拳が剣を持つ男の腹に埋まっていた。
低く息を呑むような声をあげて、男はそのまま崩れていく。
ムーは黙ったまま、彼の腕を引きずって店の外まで運んでいった。
「やーね、ああいう粗暴な男は」
その様子を見送りながら、ヨシノがクスクスと笑う。
かと思うと、クルッと
そして顔をぐいっと近づけてくる。
さすがに
「初めまして、果敢な坊や。あたしは、ヨシノ。あなたのお名前をよかったら教えていただける?」
「……ジェネです」
警戒しながらも
「生粋の黄色系では珍しい名前ね。でもまあ、今はそうでもないのかしら。……とにかく、よろしくね、ジェネちゃん」
「は、はあ。助けていただいてどうも。……では、ボクはこの辺で」
なんとなく危機感を感じた
それは本当になんとなくだが、目の前の男は危険だと感じたのである。
いろいろな意味で……だが。
「あらやだ。待ってちょうだいよ」
しかし、逃亡失敗。
肩に手をのせられて、そのまま見た目にそぐわない強い力で、目の前の席に座らせられる。
「せっかくの素敵な出会いなのだから、もう少しお話ししましょうよ」
「いえ、ぜんぜん素敵ではない気がするので、この辺で……」
「あら、素っ気ない子ね。でもね、あたしは聞きたいことがあるの。さっきあなた、長門大門の知り合いとか言っていたわよね?」
「ああ、あれはハッタリです。すいません」
このオネエには言ってはいけない。
彼の直感が、そう言っていた。
「ボクも
「あら、ジェネちゃんもバイヤーさんなの? だから、見る目があったのかしら」
ヨシノがクネクネと腰を振りながら、隣席に座る。
そして、横に立つ黄色いチャイナ服の胸を指さした。
「この子はリューセイ。まだ若いバイヤーなんだけど、この子も見る目があるのよん」
そう紹介されたリューセイが頭をさげる。
「ありがと、ジェネくん。私を庇ってくれて」
「いえ。同じバイヤーとして偽物は許せませんからね。若造が余計な口出しをしてすいません」
「いやいや、助かったよ。実は私、このエリアで大量に仕入れをしていてね。つい変なのに声をかけてしまいました」
「大量に?」
「ええ、そうなのよ。あ・た・し・が、リューセイに依頼したクライアントなの。この辺りには珍しい
「へぇ〜」
納得したふりをしながらも、
一応、
だが、道中にそのようなものはなかったはずだ。
だから興味をなくし、地図も途中で調べることをやめてしまったぐらいである。
それとも
そんなものがあるなら、今すぐにでも見に行きたい。
(だけど……)
「あなた、いいわね……」
ヨシノが手の甲で頬杖を突きながら、
「なにが……です?」
「目が……いいわ。2つの意味でね」
「……?」
「まず、
「はあ……ありがとうございます」
「もうひとつは、その時の目の色ね。
「目の色が変わっていましたか?」
「まさにね。貴方のあの時の目には……そう、狂気の色が浮かんでいたわ」
「…………」
「しかも、ただの狂気ではない。狂気の愛……ラブよ!」
「ラブ……ですか」
「そう、ラブ! それは世界で最も大切なもの! 貴方の目は、ラブにあふれすぎて狂っていたの。まるでそのためなら、すべてを捨ててもいいぐらいに……」
「…………」
彼の視線に、自分の中身を覗かれている気分だったからだ。
そんなことあるはずないのに、自分の正体やアニムのことまで見通されてしまうのではないかと不安になる。
「あらやだ。ごめんなさいね。別にバカにしたわけではないのよん」
その
正直、
しかし今、変に逃げるとよけい怪しまれる気がする。
「アイスコーヒーとかありますかね」
だから、なんとか平静を保つ。
それに気になるのはアニムのことだ。
彼女がいつまでたっても戻ってこない。
たぶん、こちらの様子に気がついて隠れて様子を見ているのか、部屋に戻って隠れているのか。
「ところで、ジェネちゃんはこれからどこに行くのかしら?」
「あ、えーっと、聖国内のプサラという街に……」
考え事をしている最中に尋ねられ、つい
しくじったと思うが、基本的に問題はないはずだ。
「あらやだ。あたしたち、そこからの帰りなのよ。仕事で行くの?」
「はい。あそこで仕事のチャンスがないかなと思いまして」
「いい目のつけどころよん。あそこは国王の弟が支配している街。一見、おとなしそうだけど、けっこう貪欲な男よ。おいしい商売の話をすれば食いつくわ。それにたぶん、成長が期待できる市場よん。……ああ、そうだ!」
パンッと手を叩くと、ヨシノはリューセイに「名刺」と言って手を出した。
驚いた様子のリューセイだったが、少しだけの逡巡の後、慌てて肩掛けの鞄から小物入れのようなものを出す。
そこから現れたのは、まさに名刺。
それはヨシノの手に渡り、そこから
「これ、あげる。もし、領主に会いたければ、『リューセイの知り合い』と言いなさい」
「……え? どうしてそこまで?」
「あたしがあなたを気に入ったからよん。あたしね、ああいう目に弱いのよ……。目的のために、他を切り捨てられる目」
「…………」
「それとね、もしその仕事が終わって気が向いたら、あたしのところで働かない?」
「え?」
そう言いながら、ヨシノの人差し指が
普段はあまり表面に動揺を見せない
「あなた、いい仕事をしそう。理由はないけど、あたしの勘ってあたるのよん」
「あっ、ありがとう……ございます。考えさせてください」
「もちろん。気が向いたら、その名刺でリューセイに連絡してね」
ちょうどそのタイミングを計ったように、ムーと呼ばれた美形が外から戻ってきた。
彼は相変わらず無言のままヨシノの横に立つと、耳元で何かを彼に告げた。
「そう。わかったわ。……ところで、ジェネちゃん」
男なのに異様に妖艶な微笑を見せるヨシノが、視線を横に流す。
「裏口の方でこちらを見ている女の子は、あなたの彼女さんかしら?」
「――えっ!?」
あわてて
カウンターテーブルの横の開け放たれたドア。
そこからわずかに見えているフードの姿は、まちがいなくアニムのものだった。
「あれは、ボクの妹です」
「あら。お兄ちゃんの周りに知らない大人がたくさんいて怖かったのかしら?」
「人見知りなもので。すいません」
「いいのよん。怖がらせてごめんなさいね。……ムーちゃん、リューセイちゃん、行きましょう」
しなりと音が鳴りそうなしぐさで立ちあがると、ヨシノはもう一度だけ
そしてまた楽しそうに微笑した。
「ありきたりな台詞だけど、あなたとはきっとまた会えるわ、ジェネちゃん。あたしの勘はよく当たるから。……それじゃね」
なぜこれほど緊張したのか、なぜこれほど自分が動揺したのかわからない。
はたから見たら、たわいない話しかしていたように見えないだろう。
だけど、
いや、圧倒とは違うかもしれない。
あれほど感情が読みにくく、何を考えているかわからない大人にあったのは初めてだったのだ。
おかげで体が硬直して動かない。
背中に冷たい汗が流れる。
「ジェネ……どういうこと?」
そのためか、アニムがすぐ近くまで寄ってきていたことに気がつかなかった。
体をピクリと振るわせてから、
「い、いや、ちょっとからまれたところを助けたというか、助けられたというか……」
「そういうことじゃなく――」
アニムが顔を寄せてくる。
そして小声で言葉を続ける。
「――あのナヨナヨした男は、
「――っ!?」
さすがの
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