第三章:着火

Act.0016:――その心配はねーよ

「では、最初からまとめようか」


 鈴木怜太郎は、教壇のような場所に立ち、横並びにされた会議机に座る者たちを一通り見まわした。

 そこには、エンペラーを始め、BMRSの世界ランカーが、あと2人座っている。


 1人は、ランキング6位の【燻木いぶしき じょう】。

 19才の大学生で偉丈夫である。

 ゲームを始めて間もないというのに、あっという間にランカーとして頭角を現した、接近戦を得意とする話題のエースらしい。

 プレイヤー名【アルカノート】。


 もう1人は、ランキング10位の【浦口うらぐち ゆう】。

 23才の主婦だが、旦那は海外に出張中。

 独身時代からゲームにはドップリはまっており、堅実な戦い方で有名らしい。

 プレイヤー名【執行官】。

 特に都市戦が得意らしく、多くの敵対者は彼女のレムロイドを見つける前に葬り去られるという。そこから別名、ファントム・スナイパー。


 さらに適性試験に合格した2名も席に着いていた。


 1人は、研究所所員の23才男子【藤井 喜哉よしや】。


 もう1人は、同じく研究所所員の21才の女子であった【やなぎ 夏美】。


 ちなみに佐久良は、自分の用件が終わったら即座に研究に戻ってしまった。

 そのため、この部屋にいるのは6人だけとなる。


「今回の転移の目的は、ズバリ【東城 世代セダイ】と【西条 九恵】の2人を連れ帰ることである。まず、転移の方法だが、SSSスリーズを使用する。語弊を覚悟して簡単に説明すれば、魂を抜きだしてデータ化して転送する装置だ。しかし、問題は転送先である。『魂魄』でいう『魄』をどうするかということだ。これに関しては協力者がいる」


 全員が話を聞いていることを確認すると、鈴木は続きを口にする。


「そう。ABCのヨハネだ。彼が協力してくれる。なにしろ元々は彼が作った世界だからね。アバターを用意するぐらいはわけがない……わけがないはずだったというべきか。問題はあの世界が、ヨハネの観測を必要としないぐらい存在感を増してしまっているということだ。その為にヨハネは支配力を弱めてしまった」


「鈴木教授、先ほど聞いて、そこがわからなかったのですが……」


 手を上げたのは浦口だった。

 彼女は、ピンッと腕を真っ直ぐに上げ、姿勢をまったく崩さずに眼鏡の瞳を輝かす。


「なぜ存在感を増すと、ヨハネの支配力が下がるのですか? あの世界はヨハネが創った世界なのですから、ヨハネはいわば神なのでは?」


「ヨハネは決して神ではないのだ。今まではヨハネが観測することで、世界が認識されていた。しかしヨハネの他に、世界を観測する者が、外の世界から中に来てしまった。その外部からの観測者に観測された現地の人間は、ヨハネの観測とは関係なく認識され、また新たな観測者となる事がある。こうして増えてきた観測者の観測結果は、ヨハネにとって感知できないことなのだよ」


「意味が今ひとつわかりません」


 相変わらず彼女は、背筋をピンと伸ばしたまま手を上げる。

 そんな彼女に、鈴木は微笑する。


「そうだねぇ。やはり語弊を恐れずにいうならば、『ヨハネは親』で『世界は子供』だ。まだなにも知らない赤ん坊の世界は、親であるヨハネの思うように教育されてきた。しかし、子供が他者との関わりで、親の教えていないことを知り始める。そうなれば、子供のすべてを親とて理解できなくなり、子供を思い通りに育てることもできなくなる」


「ひとり立ちした……と?」


「そうなるかな。ただ、まだ親の手を完全に離れたわけではない。親にもまだ影響を与えることができる」


「アバターもその影響の1つということですか?」


「そうなる。ただ、ヨハネは影響力を急激に失いつつある。たぶん、アバターを用意できるのは、今回の5体で最後となるだろう」


「…………」


 5人は自分たちの役割の重大性に気がついたのか、一様に黙してしまう。

 このことを話したのは、今回が初めてだった。

 だから今までは、「自分たちが失敗しても次がある」と思っていたのかもしれない。


「また、2人を連れ帰るのも、ヨハネの力を借りる。ただ、これに関してはいろいろと準備が大変だがね」


 次に手を上げたのはエンペラーだった。

 彼は指されてもいないのに立ちあがる。


「問題ないなら、その戻す方法についても聞いておきたい」


「なるほど。確かに説明して置いた方がよいかもしれない。基本となる理屈は同じだ。観測による認識を使う。たとえば、こちらにAR(拡張現実)による東城君のアバターを用意して、それを彼として観測する。一方、あちらの東城君には、ヨハネにアバターの視界を転送してもらい、自身にもARを自分だと認識してもらう。より多く観測された方が現実と認識され、トラン・トランが発動する」


「嘘から出た真……みたい」


 楊が呟いたことに、鈴木が肯く。


「まあ、嘘もみんなが本当だと言えば、『嘘』を証明する者がいなくなり、『真』しか残らなくなる。近いかもしれないね」


「鈴木教授、私からも質問があるがよろしいですか?」


 燻木の言葉に、鈴木が「どうぞ」と肯く。


「ありがとうございます。では、さきほどの東城君の帰還方法ですが、かなりの部分でヨハネの力次第という気がしたがいかがですか?」


「そうだね」


「ということは、当然ながらタイムリミットがあるのでしょうね。しかも、ヨハネから世界への強い影響が必要なのだから、さほど時間がないのでは?」


「ご明察ですよ、燻木君。君たちにはあちらの世界に行って、のんびり異世界旅行している暇はないでしょう。君たちは、アバターを失えさえすれば元に戻れます。しかし、東城君と西条さんの肉体はあちらにある。死んだらそれで終わりになってしまいますから、この方法が失敗したら2人は帰れなくなることになります」


「もうひとつ気になることがあります」


 次に質問を続けたのは、藤井だった。

 彼は研究員の一員である。

 だからこそ気がついたのだろうと、鈴木はニヤリと笑う。


「観測の強さが存在する世界を決めるとするなら、東城君と西条さんの2人があちらの世界で観測され続けていたら……要するに有名人になっていたりしたら難しくなりませんか?」


「うむ。実にいい指摘だね、藤井君。正にその通りだよ。今、ヨハネは世界の多くを観測できなくなっている。つまり、東城君と西条さんのことも見失っている状態だ。どのような事になっているのか、正直なところわからない。まあ、ごく普通の高校生が異世界で大暴れして目立っている……なんてアニメのようなことにもなっていないだろう。むしろ……」


「死んでいるかもしれない……と?」


「戦争の火が消えていない、戦場が日常の世界だからね。……まあ、すでに死んでいたら、いきなりミッション失敗ということになるね」


 揶揄するように鈴木はそう言った。

 しかし、それは冗談ではないのだ。

 ヨハネが作ったのは、ロボットで戦う世界だ。

 そんな世界に、平和な世界でゲームが得意なだけの子供が生き残れている可能性は高くない。

 だから正直なところ鈴木は、2人の帰還作戦などあきらめていたのだ。


「――その心配はねーよ」


 だが、エンペラーはその心配を鼻で笑った。

 そして自信たっぷりに言い放つ。


「あの2人はな、とてつもないロボットバカなんだ」


「……それがどうしたのかね?」


「そんなロボットバカが、魔生機甲レムロイドっていうおもちゃがある世界で死ぬようなもったいない真似するかよ。オレにはわかるぜ。あいつらは死ぬ暇もないぐらい、あっちの世界を……魔生機甲レムロイドを楽しんでいるってな」


 それはエンペラーの根拠のない自信などではなく、きっと2人の戦友に対する信頼だったのだろう。

 そう思うと、どこか微笑ましくなり鈴木は微笑を浮かべるのであった。

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