第四章:類火

Act.0028:この世界を滅ぼす気か!

 日本王国・国務隊・第2師団・師団長【龍ケ崎 完遂】は、各連隊から送られてくる情報に頭を悩ましていた。

 彼我の戦力差は圧倒的だったはずだった。

 日本王国が負けるというシナリオは、この世界の常識的にないものと思っていた。


(だが、まさかこの世界の外から禁断の力を持ちこむとは……聖国め!)


 そして目前に転がる魔獣の姿に顔をひきつらせる。

 機密事項として話にこそ聞いていた、齢61歳にして初めて見た魔獣の姿は、想像よりも遙かに恐ろしいものだった。


 目の前に転がっているのは、サンプルとして連れてこられた死体だったが、「2等レッサー級」と呼ばれるものでも全長10メートルはある。

 形は様々で、トカゲを大きくしたようなものから、ゴリラを大きくしたようなもの、植物に足がついたようなものなど、いろいろとあるらしい。

 ちなみに眼前の死体は、蛇にトカゲの脚が4本ついて、さらにザリガニのハサミが2本ついたような姿をしていた。


 また、恐ろしいのは見た目だけではない。

 その強さも凄まじく、魔生機甲レムロイド27機で構成される小隊でやっと斃すことができたというものだった。


 今までも魔獣が迷いこんできたことは何度かあったらしい。

 ただしそれは、小型なレッサー級が1匹ずつ程度だ。

 その度に対魔獣戦隊という国務隊の特殊部隊や、魔獣ハンターと呼ばれる魔獣専門の魔生機甲レムロイドパイロットにより、極秘裏に処理されていたという。


 つまり魔獣の相手をしていたのは、ごく少数の者たちだけだったのだ。

 魔生機甲レムロイドとは違う動きをする魔獣との戦いに、多くの兵士たちは慣れていなかったのである。

 さらに伝説的な魔獣という存在を目の当たりにした動揺もかなり大きなものであった。

 そして決定的なのが、魔力による攻撃が効きにくいという点がある。


「報告します! 聖国北部より攻めていた第3旅団が押されております! 目視だけで 推定200体近いレッサー級魔獣を確認。第231連隊・第1大隊、第232連隊・第3大隊で損耗率大! 後退を余儀なくされ、前線がかなり下がっております!」


 背後の前線本部として設置された、20人ほどが入れる天幕から部下が飛びだして告げてきた。

 その報告に、龍ケ崎は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


「くっ! 聖国め愚かなことをしでかしおって! この世界を滅ぼす気か!」


 暗雲が覆う空を一瞥してから、龍ケ崎も天幕の中に戻る。

 中には、長テーブルがいくつか並んでいた。

 その上には魔法具や伝話器が置かれて、オペレーターが連絡を各部隊ととりあっている。


 先ほどまでは、日本王国軍の優勢を伝える報告ばかりだった。

 ところが、そんな圧倒的に有利と思っていた戦場が、一瞬でひっくり返されてしまった。

 いったい、全体でどれほどの魔獣を呼びこんだというのだろうか。

 それにどうやって聖国は、魔獣を操っているというのだろうか。

 魔獣の魂だけを利用した【魔獣機甲ローグロイド】でさえ、コントロールできた者は2~3人だというのに、魔獣を直接操るなど信じられない。


 一番奥の自分の席に戻ると、龍ケ崎は目の前の地図に目を落とした。

 そしてそこに置かれた駒で自陣の状態を一瞬で把握しなおす。


「全軍に再度通達! 基本的に魔獣1匹につき1小隊で当たれ。魔獣の動きに惑わされるな! 慣れれば、1分隊でも知能の低いレッサー級ならば討伐可能なはずだ。その判断は各大隊長に任せる! なお、わかっているとは思うが、魔獣にはもともと魔力攻撃が効きにくい。全員武器による接近攻撃により殲滅せよ!」


 龍ケ崎も、まさかこのような戦術レベルの指示を本部からださなければならないとは思わなかった。

 しかし、未曾有の事態のため仕方ないだろう。

 それにこの世界を治める日本王国の第2師団を任された者として、恥ずかしい真似はできない。

 龍ケ崎は、中将の紋章が輝く白い軍服の胸を張って号令をかけ続けた。


 しかし――


「龍ケ崎師団長! 斥候部隊より連絡。こちらにも魔獣が向かってきています!」


 外から部下が飛びこんでくる。


「なんだと!? こんなところまで……数は!?」


「レッサー級が500体ほどと推定されます!」


「500だと……」


「魔物故、統率がとれていないため、速度の違いからえんげつ陣形となり我が部隊に向かって進行中です!」


 このエリアに配置されているのは第1旅団のみ。

 総勢約2200機の魔生機甲レムロイドである。

 1小隊1魔獣では対応しきれない。


「待機している者もすべて構築ビルドさせろ! 1分隊で1魔獣を必ず仕留めるのだ!」


「そこまで慌てなくても、我々もいますよ、龍ケ崎中将」


 切羽詰まる龍ケ崎に対して、自信にあふれる男の声。

 龍ケ崎が正面を見ると、天幕の入口がふわりと開く。


「失礼いたします。対魔獣戦隊・戦隊長【山吹 黄桜】、第2師団援護の命を受け、只今着任いたしました!」


 現れたのは、傷だらけの頬に不敵な笑みを浮かべる30代の男だった。

 厳つい体を同じように白い軍服に包み、右手を左胸に当てる敬礼をおこなう。


「おお、山吹少佐。久しぶりだな。貴様が対魔獣戦隊の戦隊長になっていたのか」


「はっ! 龍ケ崎中将、いえ、龍ケ崎師団長。ちなみに今は、中佐です」


「これはすまん。戦隊長、援護を感謝する。しかし、勝ち目はあるのか? あの数は……」


「我らが普段、主に相手していたのは、レッサー級と言っても1等レッサー級です。2等ならば単騎で対応可能です。そのために我々には、新世代ニュージェネレーション魔生機甲レムロイドが配備されております」


「おお……」


 山吹は、龍ケ崎の近くに行くと、テーブルに広げられていた地図のある部分を指さす。


「まずはここに、魔術師大隊に戦略型魔術・大呪【鉄壁城塞】を最低でも10キロ以上に渡って展開させてください」


「それでは防ぎきれんぞ。それにさほど時間は保たない」


「かまいません。我らとてまとめては無理ですから、分散が目的です。壁を飛び越えようとしたものや、回り込んできたものを殲滅します」


「わかった。川田少佐、至急魔術師大隊に指示を! 第211連隊を鶴翼の陣で前進させ、時間稼ぎをさせよ! 第212連隊と213連隊は左右から211連隊の援護を」


「それまで我々も時間稼ぎをいたしましょうか」

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