Act.0029:ボクの魔生機甲たちの本気モードは……ちょっとすごいよ

「悪夢だ……」


 第211連隊・第111小隊所属の斎藤は、憧れの国務隊に入ったばかりだった。

 今は小さな争いはあっても、大きな戦争などない時代。

 エリートコースの国務隊にはいり、無事に任期を過ぎれば、あとは保証された人生が待っているはずだった。


 しかし彼の目の前には、死がまさに迫っている。

 運んできたのは、魔獣という名の死神。


 その見た目は、小型な魔生機甲レムロイドに匹敵する大きさのウサギだった。

 しかし、見た目にかわいさなど存在しない。

 鮮血のような色の目を鋭く光らせ、長く鋭い牙を覗かせ、巨大で鋭い爪で地面を掴んでいる。

 そしてなにより鋭いのは、カマキリのような両手だった。

 なにしろその鎌は、恐ろしいことに魔生機甲レムロイドの装甲をたやすく切断し、先ほどから小隊のメンバーが次々と切り刻まれている。

 斎藤の魔生機甲レムロイドの右腕も、すでに上腕の途中から失われていた。


 斎藤は昔、見た映画を思いだす。

 悪魔に取り憑かれたかわいい人形が、ナイフを持って人間を襲うというホラー映画だ。

 今、それに似た恐怖が目の前に存在していた。


「冗談じゃない! 動きが速すぎる……」


 パイロットとして国務隊に入れるほどの技術はもっていた。

 大きな大会で上位入賞の経験もあり、魔生機甲レムロイド戦ならば善戦する自信はあった。

 しかし、あまりにも勝手が違いすぎる。



〈斎藤! 大丈夫か!〉



 伝話で聞こえる上官の声。

 斎藤は慌てて返事をしようとする。


 しかし、返事をするより前に上官の悲鳴が届いてくる。



〈――ぐああああっ!〉



 視界を動かすと、少し離れたところで上官の魔生機甲レムロイドが立っていた。

 ただし、その首から上は失われている。

 横に立っているのは、やはり巨大なウサギだ。

 そのウサギは、鎌で上官の魔生機甲レムロイドの胴を真っ二つにする。

 一瞬、そこに上官の血しぶきが見えた気がしたのは、彼の気のせいだったのだろうか。


「小隊長!」


 だが、他者の心配をしている暇はない。

 斎藤を襲っていた目の前のウサギが死神の鎌を振りあげた。

 どことなく、そのウサギの顔が嗤っているように感じる。

 今度は自分の胴が真っ二つにされる番だ。


「い、いやだ……いやだあああぁぁぁ!」


 一瞬、父親と母親の顔が浮かぶ。

 そして恋人の顔。

 これが走馬灯かと思った瞬間、なにかが潰れるような激音が響く。


「……あ……れ?」


 目を瞑っていた斎藤は、怖々と目を開ける。

 すると、目の前に立っていたのは、ウサギの魔獣ではなかった。

 肩に国務隊のマークをいれた、しかし見知らぬ魔生機甲レムロイドだ。

 しかも、その魔生機甲レムロイドのデザインは明らかに自分たちが乗っている魔生機甲レムロイドとはデザインの系統が異なっている。

 鎧を着込んだイメージではなく、機械的なパーツの組み合わせでできている、最近になって出回り始めた新デザイン。


新世代ニュージェネ……あっ! 魔獣は!?」


 自分を襲おうとしていたウサギの魔獣を探すと、それは地面に倒れていた。

 ウサギの頭は、横からハンマーで叩かれたかのように潰されている。

 自分に迫っていたはずの死は、いつの間にか死神に向いていたのだ。

 あまりに急な展開で、思考が止まってしまう。


 と、その隙に上官を襲ったウサギの魔獣が迫ってくる。


 だが、その魔獣の死もあっけなかった。

 目の前の魔生機甲レムロイドが、二の腕につけられていた小さめのシールドで、その鎌を受けとめた。

 そして棘のつけられたナックルで、ウサギの顔面にパンチを叩きこむ。

 ほぼ同時に爆音が鳴り、二の腕の上から煙が瞬間的に噴出された。

 それだけでウサギの頭は潰れながら、千切れるように背後へ飛んだ。


「す、すごい……」


 小隊単位で苦労していた魔獣を瞬殺した魔生機甲レムロイドに、斎藤は圧倒されて動けないでいた。

 すると、その魔生機甲レムロイドの手が、斎藤の魔生機甲レムロイドの肩に触れる。


〈大丈夫か!? 意識はあるな!?〉


 接触による強制伝話通信。


「は、はい。ありがとうございます」


〈では、ここはいい。君の小隊は一度、下がれ!〉


「あ、あなたは……」


〈私は、対魔獣独立戦隊・第一大隊・大隊長の【雷堂らいどう 和也かずや】少佐だ。指示に従い、他の小隊と合流しろ! この場は我々、対魔隊が引き受ける!〉




   §




 アニムは、事の成り行きを世代セダイに説明した。

 通信できず、止めるのが間にあわなかったと聞いた世代セダイは、すぐさまフォーに何かを命じた。

 すると彼女は一瞬で姿を消した。

 かと思うと、しばらくしたのちにまた姿を現した。

 そして彼女は、ゆっくり首を横にふる。


「想定外ね。フォーの【ヘクサ・ペガスス】でも通信できないね。あの一帯、どうも魔力場が乱れているね。たぶん、もう少し近づけば、みんなとなら連絡がとれるね」


 どうやら城の外に行って、魔生機甲レムロイドで通信を試したらしい。

 だが、その結果はアニムにしてみれば当たり前だ。

 城の設備を使っても通信できないのだから、魔生機甲レムロイドで行えるはずがない。


「通信ができないなら、急いで戻るしかないか。……で、どうする?」


 客間の椅子に腰かけていた世代セダイが、席を立ちながらそう尋ねてきた。

 しかし、アニムには質問の意図がわからない。


「ボクはこの世界を楽しんでいるので、魔獣に荒らされるのは好まない。だから止めたい」


「そ、それはわたくしもニャ!」


「なら、止めるために、アニムはどうする?」


「……わたくしに、なにができるニャ?」


「僕からの提案は1つだけ。アニムがいれば、ヴァルクが戦える」


「――!」


 ヴァルク――あの強い世代セダイ魔生機甲レムロイド

 確かにあれが戦線に加われば、魔獣に少しは対抗することもできるのかもしれない。


「マスター、想定外ね!」


 だが、フォーが小さな頬を少し膨らませ、世代セダイの案に異議を唱えた。


「魔獣相手は、魔法戦型の【ヘクサ・ペガスス】だと不利ね。だから今回は、フォーがマスターとヴァルクに乗ると思っていたね。なのにマスターはフォーより、出会ったばかりのその子を選ぶというね?」


 自分より幼い子供に「その子」と呼ばれた事が気になるが、2人の事情をよく知らないアニムはとりあえず黙っているとにする。


「フォーが一番、ヴァルクの同乗者にふさわしいのは想定内ね」


「うーん。確かに、アニムの魔力量がかなり多いにしても、フォーの方が上だ。それはまちがいない。つまり魔力タンクとしては、フォーに同乗してもらった方が助かるよ」


 人間を「魔力タンク」という物扱いする、世代セダイの言い方。

 アニムは、それが気になった。

 が、なぜかフォーは嬉しそうな顔をする。


「想定内ね! だったら、フォーに――」


「でも、フォーにはここから全速力でボクたちを乗せて戻ってもらわなければならない。いくらフォーの魔力量でも、【ヘクサ・ペガスス】を全速力で飛ばしたらかなり使ってしまうだろう?」


「うっ……それは……想定内というか想定外というか……ね」


「だから、フォーはそのまま【ヘハイム・バーシス】に帰って魔力を補充して、戻ってきているだろうクイーンと一緒に同乗して欲しい。今回は総力戦になるだろうから」


「……仕方ない、了解したね」


 銀髪を前にたらしながら、不承不承に引き受ける。

 その様子が、アニムには妙にかわいく見える。


 アニムから見たフォーの第一印象は、大人びた……というより大人の空気を漂わす不思議な幼女だった。

 しかし、今の彼女はむしろ年齢相応に見えた。


「ところで、クイーンさんって? 世代セダイにはフォーさん以外に仲間がいるのかニャ? でも、その方々を危険な魔獣との戦いに巻きこむのは……」


「大丈夫だと思うけどね」


「えっ?」


「全員、かなーり鍛えたし、みんなボクの魔生機甲レムロイドを使っているし」


世代セダイの……魔生機甲レムロイド……」


 その説明は聞いていた。

 あの噂ばかり流れた【四阿の月蝕】で暴れた魔生機甲レムロイドの元を生みだしたのも、それを一掃した魔生機甲レムロイド【ヴァルク】を生みだしたのも世代セダイであるということを。

 とても信じられないが、ヴァルクの魔生機甲設計書ビルモアには確かに世代セダイの名前が記載されていた。


「だから、大丈夫。ボクの魔生機甲レムロイドたちの本気モードは……ちょっとすごいよ」


 あまりにあっけらかんと言われたので、アニムはそれ以上、何も言えなくなってしまった。

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