Act.0011:本当に……変な人です……

 世代セダイは、相変わらず迷子だった。


 この地方は第一日本大陸・南中国地方というらしい。

 そして多く見かけるアジア系の顔立ちと、白人系。

 元の世界とこの異世界は、歴史的に同じ地理をしているはずだ。

 となれば、さすがの世代もここが元の世界で、だいたいどの位置なのか想像がつく。

 だがもちろん、細かい位置などはまったくわからない。

 当然、はぐれた仲間と1人で合流するなどできることもなく、とりあえず地理感のあるアニムとともに近くの町を目指したのだ。

 あの戦闘をした森から、ヴァルクでしばらく距離をとり、適当なところから半日ほど歩き、運良く通りかかった馬車に拾われ、2人は日暮れ近くに、とある町へたどりついた。

 そこは渓谷の下にある、街道沿いの小さな町。

 これといった観光名所もない、少し寂れた空気が漂う静かな町だった。

 中央にある大通りに立てば、向こう側に町の終わりが見える程度の広さである。

 ただ、街道沿いということもあり、外套を身に着け馬車で多くの荷物を運ぶ旅の商人らしき者は数人見かけた。

 2人が乗せてもらった馬車も、やはり商人のものであった。

 ここを通るのは、そのぐらいなのだろう。


「偽名を決めておきますか」


 馬車から降りて宿を探しながら、世代セダイはアニムに提案した。


「偽名?」


「ええ。あなた、見つかったらまずいですよね」


「ニャるほど。いいアイデアですニャ!」


「いいアイデアってあんた……」


 世代セダイは当然、彼女が想定しているものだと思っていた。

 しかし、なにも考えていなかったアニムに唖然とする。

 ハズレだ。

 これはよくアニメに出てくる「箱入りヤバイ系」だと、世代セダイの中で警報が鳴る。

 多くのアニメを見てきた世代セダイだからわかる。

 こいつは、ヤツだ。

 自分で仕掛けた地雷を自分で踏んだ上に、そのことになかなか気がつかないタイプだ。

 本来ならばあまり長く関わらない方がいい。

 しかし、ここで独りで行動するのはあまりにも無謀である。

 世代セダイとしても、実際のところ森で途方にくれていたのだ。


「まあ、いいか。……とにかく、ボクは『ジェネ』と名のります。あんたは?」


「ジェネ……わかったニャ。わたくしは……うーん……アニムだから、アニーとかかニャ?」


「アホですか、あなたは」


「なっ!? 王女に向かってアホなんて無礼ですニャ!」


 フーフーと唸ったかと思うと、頭からかぶっていたフードが少し浮きあがる。

 たぶん、中で耳が立っているのだろう。

 同時に、お尻の辺りも尻尾が立ったせいか膨らんでいる。

 そんな彼女に、世代セダイはまた大きくため息をつく。


「あのさ……なんで本名を隠すのに、わかりやすく本名から偽名をつけるんですか」


「うぐっ……」


「それに尻尾と耳を立てないでください」


「ニャッ!」


「その『ニャ』もやめないとダメですよね。さっき馬車で言ったとおり、ボクと兄妹きょうだいの設定なんですから」


「はうっ!」


 慌てて片手で頭を抑え、片手で尻尾を押さえこもうとする。

 もちろん、道の真ん中でそんな行動自体が不自然極まりない。

 しかし、彼女はそんなことにも気がつかないのだ。

 世代セダイは、まるで深呼吸でもするかのように大きなため息をつく。


「あんたね、姿を隠すつもりありますか?」


「うぐっ。も、もちろんあるニャ……じゃなく、あるでありますです!」


「喋り方……」


「う、うるさいのニ……うるさいのです! 世代セダイの癖に生意気ニャ……生意気ですわ!」


世代セダイではなく、ジェネですからね」


「ぐっ……ああ、言えばこう言う……」


 世代セダイは、深緑色のフードの下で歯ぎしりしているアニムに睨まれる。

 しかし、世代セダイにしてみればなんとも不条理だ。

 ツッコミをさせているのは、ボケているアニムの方である。

 彼女がポンコツなのがいけないのだ。


(疲れる……)


 ふと思う。

 今ははぐてしまったが、一緒に旅する仲間の女性たちは、むしろ世代にツッコミをいてれくれる者たちばかりだった。

 それは逆に言えば、世代セダイよりもしっかりした者が多いということかもしれない。

 おかげで、世代セダイは自分の好きなことに集中できたとも言える。

 今さらながら、彼女たちのありがたみを実感してしまう。

 思わず、また大きなため息。


「た、ため息ついてないで、とりあえずジェネが考えてくださいなのです」


 顔を背けながら、彼女が話題を誤魔化すように言い放った。

 しかし、なんのことかわからず、世代セダイは首を傾げる。


「なにを?」


「わたくしの偽名をつけて欲しいのです。さぞかし素晴らしい名前を考えてくれるのでしょう?」


「なんでボクが……」


 あからさまに辟易してみせる。

 ロボットの命名ならば喜んで受け持つが、ネコ耳の女の子の偽名など考える謂われなどない。

 そう思い、世代セダイは断ろうとする……が、アニムが縦に少し細長い瞳で、じっと世代セダイを睨んでいる。

 たぶん、自分でつけた「アニー」というネーミングをバカにされたことを怒っているのだろう。

 つまり「それならおまえがつけてみろ」的な挑戦状ということだ。


(……面倒だなぁ)


 世代セダイにしてみれば、どーでもいい話なので適当に流すことにする。


「わかったよ……。なら、タマで」


「タマ!? なんでですニ……なんでなのです!?」


「いや、猫だし」


「猫じゃないです! だいたい、どっちが単純なのです!? もう少しかわいい感じで……」


「タマちゃん」


「『ちゃん』をつけただけではないですか! もっとこう、オシャレな感じで……」


「TAMA-CHAN!」


「発音変えれば、オシャレになるわけではないですニ……ないです! だいたい、ジェネの妹の名前がタマだとおかしいではないですか!」


「じゃあ、タマネ」


「最後だけ無理矢理そろえましたね!」


「よし、ならば問題なし。決定」


「なにが問題なしなんですかニャ……なんですか!? ああ、もういいです。それで」


「よし。それでは、タマネ……は呼びにくいので、通称タマ」


「結局、タマですか!?」


「さっき、助けたお礼に宿代とかは出すとか言っていたけど、金なんて持っているの?」


 世代セダイは名前よりも、それが気になっていた。

 見るからに、荷物らしい荷物は持っていない。

 それなのに、彼女は金の心配はないというのだ。


「フフン。当たり前なのです!」


 彼女は胸を張ると、右手の甲を世代セダイに見せつけた。

 そこに七色に輝くのは、宝石のついた指輪だった。


「この王家御用達の職人が作った指輪を売れば、ジェネが遊んで暮らせるぐらいの金が入りますよ」


「ああ、はいはい。やっぱり、箱入りテンプレアホ娘か」


「箱入りテンプレってなんですか!? というか、またアホといいましたね!」


「あのさ、そんな特徴的で高価な物を売ったら、怪しまれるし、足もつきやすくなるでしょ?」


「……あ……」


 やはりコイツはダメである。

 自分で何とかしなくてはならない。


(そう言えば、クイーンが非常用に……)


 世代セダイはふと思いだし、魔生機甲設計書ビルモアの入っていた鞄の中を探り出す。

 確か仲間の1人であるクイーンこと、【西条 九恵】が何かあるといけないからと、鞄にお金を隠しておいてくれたはずなのだ。


(あった……けど……)


 世代セダイは、鞄の底板の裏に隠されていたお金を見つけて驚く。

 普通、非常用に潜ましておく額なら、1万円程度だろうと思っていた。

 しかし、そこに敷きつめられていたのは、5万円ごとにたたまれた束が10束。


(非常用には多いけど……まあ、そうか。このぐらいはいるか)


 非常用に1万円というのは、電車やタクシーなどの交通網がしっかりしていたり、宿泊施設に1日泊まれば翌日になんとかなるという社会での感覚だ。

 ここで迷子になれば、戻るまでに何日かかるかわかったものではない。

 そういう意味では、50万円でも足らないかもしれないぐらいである。


(クイーンには感謝だなぁ……)


 とりあえず世代セダイは、アニムにすべての金は自分が出すという旨を伝えた。

 また、宝石類ははずして隠しておくように指示した。

 アニムはそれでは面目が立たないからと、指輪を渡そうとしたが世代セダイは断った。

 そんなものをもっていても、どうせ簡単に換金などできないだろうし、金自体に大した興味もない。


 もちろん世代セダイとて生活費はいるので、最近では魔生機甲設計者レムロイドビルダー【トージョー】として、業務用魔生機甲レムロイドをデザインしてオークションに流していた。

 問題がでそうなので戦闘用ではないが、業務用魔生機甲レムロイドもその性能は段違い。

 さらに気がついた者もいるようで、「【トージョー】は【四阿の月蝕】に現れた魔生機甲レムロイドと同系統ではないか」という噂も広まっているらしい。

 おかげで、市場で話題になり、オークションではとんでもない高値がつきはじめていた。

 おかげでお金にはまったく困っていないのだ。


 ならばとアニムが「無事にすべて終わったら褒賞や勲章を渡す」と申し出てくれる。

 が、もちろん世代セダイは「いらん」と冷たく断った。

 名誉に興味は欠片もないし、むしろ勲章などもらうとなったら授与式だのなんだのがきっとあるはずだ。

 そんなことに時間をかけるぐらいなら、世代セダイ魔生機甲レムロイドのデザインを考えたり、魔生機甲レムロイドのバトルを見ていたりした方がよっぽど有意義だと思っている。


「本当に……変な人です……」


「それは、よく言われるよ」


 アニムの困り顔に、世代セダイは苦笑するしかなかった。

 変わり者だと言うことは、自分でも十分わかっている。

 そして、そんな自分を受け入れてくれる人が少ないことも承知している。

 だからこそ、早く戻らなくてはならない。


「さて。ここからは兄妹設定だ。……というわけで、とにかく宿に行って、それから飯でも食って風呂に入ろう、タマ」


「そうですね……ジェネ兄様」


 2人は宿屋に向けて歩き始めた。

 ちなみに、世代セダイが17才、アニムが20才だという事実を2人が知るのは、もう少し後のことであった。

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