魔生機甲レムロイド ~第二部「 亡国の姫とロボットデザイナー」

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

第二部:亡国の姫とロボットデザイナー

プロローグ

Act.0000:神か……

「この会議前に資料は見せてもらったが……つまり君はあれかね? 内閣総理大臣である私に、このような荒唐無稽な絵空事を信じろというのかね?」


 右のこめかみを人差し指で叩きながら、徳川は泥の中を歩くような口調で言葉を正面へ投げた。

 返事はわかっているのだ。

 前総理がストレスが原因の体調不良で退き、ほぼ押しつけられるようにしてついた総理の座。

 その原因になったと思われる案件が、絵空事のわけがない。


「絵空事……ああ、まさに絵空事の現実化と言えるでしょう。さすが総理、いい喩えです」


 だが、コの字型に並んだ長テーブルの先に立つ20代後半の美女は、その徳川の言葉を肯定する。

 240インチの巨大ワイドモニターの前で、逆三角形をしたフレームレスメガネの下の目を弓形にして、楽しそうに微笑した。


「第三世代ABCArtificial Brain Computer【ヨハネ】の作った絵空事。それが現実になったのですから……」


「ABC……我が国は、ABCに何度、振りまわされれば気が済むんだ。もうABCなど――」


「た・し・か・に、ABCは多くの問題を起こしてきました」


 女が徳川の言葉を遮り、少しだけトーンを上げて会議室全体を見回すように顔を動かした。

 そしてテーブルに着いているひと癖もふた癖もある面々を前に、悠然と語りを続ける。


「皆様もご存じの通り、第二世代ABC【ノア】による埼玉県・越谷特区事変、それに続いて第一世代ABC【マリア】による都内地下鉄迷宮化事変と、前代未聞の問題を引き起こしてきました。しかし、それは同時に今までにありえない空間干渉現象を伴う、我ら科学者にとってみれば素晴らしい出来事でした」


「……佐久良教授、言葉を選びたまえ」


「おおっと。これは失礼しました。多くの命も失われましたしね」


 佐久良はそのタイトなボディラインの腰に手を当て、長髪を前に垂らし、悪びれる様子もなく謝罪した。

 そして徳川がさらなる文句を言う前に言葉を続ける。


「しかしですね、総理。これは絶対に他国にできないことをやってのけたという偉業であることはまちがいないのです。そして、ヨハネはさらにすごい。この国を戦後最大の経済大国にまで押しあげ、就労率の向上、生活レベルの向上、他国の追随を許さぬ技術開発、さらに防衛まで……これらはすべてヨハネの力。今、そのヨハネをとめたら、この国はどうなります?」


「…………」


 徳川は答えない。

 確かに日本の経済どころか、日本という国はヨハネが動かしているのだ。

 そして世界最大の経済大国である日本を支えていると言うことは、ある意味で世界を動かしているとも言える。

 それは決して、コンピューターによる人間社会の管理ではない。

 あくまで、支援ではある。

 ただし、その支援は「おんぶにだっこ」のレベルにまで達している。

 代替えがない今、日本だけではなく、世界がヨハネを失うわけにはいかないのだ。


「ちょっとすまんが、佐久良教授」


 会議の出席者の1人である、いかつい顔の男が挙手する。

 戦う男独特の鋭い視線が、佐久良に向けられた。

 しかし、やはり佐久良はどこ吹く風と、大きめの口をつりあげてニコリと笑い、「どうぞ」と促す。


「私には、どうもよくわからんのだ。要するにこれはヨハネが見た夢と言うことなのか?」


「夢……そうですね。微妙に違います。……うーん。やはり最初から一度、ご説明しましょう」


 なぜか彼女はスーツ姿の慎ましげな胸を張り、嬉しそうに両腕を広げる。


「なにしろ今日の会議には、【CIROサイロ(内閣情報調査室)】【公安調査庁ハム】、それに【内閣官房長官】【内閣危機管理監】、エトセトラエトセトラ……組織の垣根を越えて、多くの方がお集まりなのですから、きちんと情報を共有したほうがよいでしょう」


 そう言うと、佐久良は大画面に顔を向けた。

 すると、それだけで脳波コントロールにより、画面の表示が変わる。

 映るのは、巨大な密閉型になるゲーム筐体。


「まず、そもそもの始まりは、ABC、すなわち有機回路と非ノイマン型光子コンピューターを組み合わせた人工頭脳型コンピューター【ヨハネ】を使ったワールドクリエイトシミュレーターでした。もちろん、原初から行うこともできましたが、行ったのは世界の歴史を途中まで学習させ、そこから独自のありえない要素を入れた世界を作らせる実験でした。具体的に言えば、江戸時代から明治に遷移するときに、魔法文化の軍が攻めてきた……という設定でした」


「なにゆえ、そんな設定を?」


 参加者の1人から出た質問に、佐久良は気を悪くした様子もなく微笑のまま答える。


「はい。1つは、別の歴史のシミュレートと創造性というものを見るためです。もう1つは、その設定をゲームの世界設定に利用するためでした。まあ、ゲーム開発にも使って費用を稼ごうという一石二鳥の名案だったわけです」


「……それが、そのロボットゲームかね?」


「そうです。【BMRSバトル・マッチ・ロボティクス・シミュレーター】。開発当時は、【魔生機甲レムロイド戦記】という名前だったそうです。ヨハネは、現実のアニメの流行やゲームの流行などを調べて、それに与えられた『魔法』というキーワードをトッピングして、独自の設定を作りはじめました。それはもう、驚くほど細かく」


 すると、画面には見たことのない風景がいくつも表示される。

 中世ヨーロッパ風であったり、江戸時代風の街並みであったり、はたまた魔物や巨大ロボットらしきものまで写っていた。

 それはどう見ても、現実世界の写真にしか見えない。CGであると疑うのもバカらしいと思えるほど精細でリアリティにあふれていた。


「自己拡張ができるヨハネは、予算が許す限り拡張を重ねて、人間の想像を超えるほど世界を細部に渡るまで作りこんでいったのです。ほら昔、有名な建築家たちが使っていた言葉で『神は細部に宿る』という言葉がありましたよね。あれですよ、あれ。喩えとかではなく、本当にヨハネは神を宿らせたのです」


「神か……」


 徳川はため息と一緒につぶやく。

 この時代では、「ありえない」とは言えなくなっている神。

 いや、神という言葉は正確ではない。

 それは、あまりに強大で多くの情報が蓄えられた高次知識体。

 その存在は確かに認められている。

 しかし、その存在との情報交換は、「人間」という小さな器では欠片さえも不可能だった。

 唯一、それができたのは、皮肉にも器の小さい人間が作った人工頭脳【ABC】。


「無論、『神は細部に宿る』の神も便宜上の呼び名ですが。ともかく、ヨハネは自分で細部に神が宿るほどの世界を構築し、それを観察し、観測し、観賞し始めました。そう、ヨハネは見ていたのですよ、自分で作った世界を! わかりますか、みなさん?」


「回りくどいぞ、佐久良教授。何が言いたい?」


「では、総理。存在しない物を観測できますか?」


「……できるわけなかろう」


「はい、正解です! そう、できないのですよ。つまり神が宿るほどの細部を観測するには、存在しなければならない。ヨハネは空間も時間も観測し続けた。そこにあると認識・・して。だから、それはそこに在る・・んです。なければならないのです。認識し認知することで認証されたのです」


「……神にか?」


 その徳川の問いかけに、佐久良はあいまいな微笑で答える。


「現象を神というなら神ですが、まあともかく。第一世代、第二世代のABCは、せいぜい現実空間に接続する拡張空間認識程度しかできませんでした。しかし、第三世代のヨハネの処理能力ならば、世界の1つぐらい生みだせるのですよ。いやはや、本当に化け物ですね」


「…………」


「しかし、そのためにトラブルが発生しました。最初は、ABCの開発チームのメンバーでもあり、ゲームの開発にも協力していた女性社員でした。彼女はこめかみに埋まっている【B.I.C.ビック】――まあ今どき、付けていない人などいませんから、今さら説明もいらないと思いますが、この非接触型脳波入出力装置ブレイン・インターフェイス・チップによりゲーム機を通して、ヨハネと深くつながってしまった。以前の出力のみチップならよかったのですが、今の入出力対応型ならではの弊害と言うことですね」


「だが、脳波入力に関しては強力なセキュリティがかけられているのではないのかね?」


 徳川の右側から上がった質問に、佐久良は肩をすくめてから首を横に振る。


「つながる原因については、まだ判明していません。たぶんですが、ゲームに集中する中で、彼女は自ら世界を観測しようとしたのでしょう。対象者が望むのですから、そこにセキュリティなど意味がありませんし」


「ふむ……」


「そして彼女は意識を失った。いや、意識がゲームの中に囚われたと言うべきでしょうか。その当時は原因不明でしたが、その後も次々とテストプレイヤーなどの意識が失われました」


「トラン・トラン……」


「はい。巷で言われる、【トランス・トランスフォーメーション】です。もちろん、こんなことが起きてはそのままにできないと、ゲーム会社は新たにSF世界設定を作り、ヨハネのファンタジー世界設定は捨てることにしました。ところが……」


 佐久良は大画面に映し出されているファンタジー世界の写真を指差す。


「ヨハネは観測をやめなかった。この世界は、さらに取り込まれた者たちにも認識され、認知され、ますます存在感を強めていった。その存在感……いや。存在は、ヨハネの制御をある意味で越えていたのかもしれない。全てにつながるヨハネのネットワークを通じて、少しずつ情報があふれ出し始めた」


「それが各地で起こったトラン・トランの神隠し……」


「ええ、そうです。そしてついに先日、肉体ごと転移するものが2名現れた。それは『トランス状態による変換トランスフォーメーション』ではなく『トランス状態による転送トランスファー』。つまり、ヨハネが観測していた概念世界は、すでに物理世界化しているということ。そして転移できるほどに、この世界に近いということ」


「……ならば、どうなる?」


「ヨハネの元概念世界が、この世界を侵食するかもしれない……ということです」

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