Act.0026:これを見るのニャ!
ネガルにとって、この2日間の2組の来訪者は、あまりに想定外の者たちだった。
ただ昨日の2人の来訪者は、ネガルにとって幸運であった。
幸運と言うより、「世界を手にいれろ」という天啓にさえ思えた。
まず、姪のアニム。
目の上のたんこぶである現国王、その娘である。
彼女は今回の作戦をより強固なものにしてくれる、素晴らしい手駒になるだろう。
騒動のあとの収拾も楽になるだろうし、いざとなれば人質にも使えるかもしれない。
現国王と妃が罪に問われれば、彼女の親権を奪い、実質的に国王派の貴族を黙らせる道具にもなるだろう。
それからアニムと一緒にきた、新進気鋭の
彼もまた、ネガルにとって福音だ。
あまりの若さには驚いたが、今までとは比べものにならない性能の
解放軍などの裏組織の間では、彼を手にいれた者が世界を手にいれるとまで言われているらしい。
彼をうまいこと操れば、この狭い聖王国だけではなく、日本王国ともやりあって大陸の覇権をとれるかもしれない。
日本王国や解放軍さえ手にいれることができていない、最強の軍事力を生む種が入手できたわけだ。
この神が贈ってくれた祝福のような2人を手にいれた僥倖で、ネガルは昨夜、天下に手が届く自分の姿に思いを馳せた。
ところが本日の来訪者は、ネガルにとって不運であった。
目の前の大きなテーブルに両腕で頬杖をつき、その来訪者2人の目的を探るため、舐るように見つめる。
2人は、聖王国大衛士のナンバー2とナンバー3だ。
1人は、がっしりとした体格の角刈りの金髪、その上で天に向かってピンッと立つ長めの耳。
名前を【アルディ・グラデッシュ】。
少しギラつきのある彼の双眸は、目尻に皺を寄せてネガルをしっかりと捉えている。
「突然の訪問、どうかお許しください。至急、確認したき件がございまして」
そして少し厚い唇で、そう告げてきた。
だいたい、その用件の予想はついているが、ずいぶんと早くきたものだとネガルは内心で舌打ちする。
そもそもネガルは、この男のどこか慇懃無礼な空気感を嫌悪していた。
アルディの隣には、ナンバー3である【ヒンディ・パガナク】も立っている。
こちらはまだ若手と言うこともあるのか、特に感情も見せずにまるで置物のように脚の先から耳の先端までまっすぐに立っていた。
(1人ならばまだしも、大衛士2人相手では無茶をするわけには……)
ネガルは覚悟を決めて、話をうながす。
「それで? 大衛士が2人そろって私のところに来るとは何事かね?」
「はい。アニム姫をお迎えに参りました」
「アニムを? アニムがここにいると?」
「はい。こちらに姫がいらっしゃると聞き及んでおります。姫が入るところを見たと」
「ほう……」
これは不幸中の幸いと、ネガルは気がつかれないようにほくそ笑む。
彼らはここに東城
知っていたら当然、話に出てくるはずだ。
これならばより強いカードは少なくても安全である。
それにもしかしたら、この大衛士2人もアニムがここにいると確信しているわけではないかもしれない。
「しかし、アニムは我が城を訪れてはおらぬぞ」
「……ご冗談を」
「…………」
角張った顎をなでるアルディの顔色をネガルは上目づかいにうかがう。
やはりアルディの押しは強くない。
「私がそんな嘘を言ってどうする。だいたい、なぜアニム姫がここにいるのかね? 姫が1人で出歩くなどということがあるわけなかろう。連れの者はどうしのだ?」
「……本当にご存じないと?」
「くどい! 知るわけがなかろう! もしアニム姫が行方不明だというなら、大問題だぞ。衛士隊の責任も問わなくてはなるまい!」
「ぬっ……」
眉をひそめるアルディに、ネガルはダメ押しをする。
「行方不明ならば、とっとと王都にもどって、その付近のもっといそうな場所を探すべきではないのか!」
「…………」
苦渋に満ちた顔を見せるアルディ、そしてその横でヒンディも下唇を噛む。
その様子に、ネガルは勝利を確信する。
やはりここにアニムがいるという確たる証拠をもっていたわけではないのだ。
ならば彼らがこれ以上、ここに居座ることはできまい。
「……そうですか。ならば、とりあえず我々は一度、帰ることにいたしましょう」
アルディの決断に、ネガルはもれそうになる笑みを抑えながらうなずく。
上手くいった。
そもそもこの程度の者たちが、自分になにかを要求すること自体がまちがいなのだ。
自分はこれから覇道を行く。
そのスタートをたかだか衛士が邪魔することなどできないのだ。
ネガルがそう確信した瞬間だった。
彼らがいる応接間の扉が、勢いよく開け放たれた。
「――お待ちなさいですニャ! 帰るのはまだですニャ!」
そこに立っていたのは、小脇に何かを抱えるアニムだった。
どうして彼女が、こんな所にきているのだろう。
扉の前には衛士が立っていたはずだし、そもそもアニムの部屋にも衛士をつけて勝手に出歩かないよう対策しておいたはずだ。
「……ア、アニム姫!?」
「やはりいらっしゃったか、アニム姫!」
ヒンディとアルディが驚くも、それを無視してアニムは言葉を続ける。
「叔父上様。お父様を諫めていただく約束は、どうなったのでしょうか?」
その詰問する様子は、ネガルが知るアニム姫ではなかった。
小生意気な子供ではなく、威厳ある王家の血を感じさせる空気が漂っていた。
それを感じたのか、2人の大衛士さえも口を挟めなくなる。
「せっかくこの場に大衛士がいるのです。2人を説得して父上にやめるよう進言してくださらないのですか?」
「だ、大事な話だったからな。大衛士といえど衛士に話すことではなく、国王へ直訴しようかと考えておったのだ。国政の絡む話だ。衛士ごときでは話になるまい」
「ならばこの2人だけを帰さず、共に父の元へ行ってはくれないのですか?」
「そ、それは……」
言いよどむネガルに、思わぬ助け舟がはいる。
「お言葉ながら、それは無駄というものです、アニム姫」
ヒンディがそう言いながら、一歩だけアニムに近づいた。
「アニム様が聖国王のお考えに反対されているのは存じておりますが、ネガル様とて聖国王を説得することはできますまい。それ以前に、我々を説得できなければ、この大事な時期にネガル様を聖国王の元に連れて行くようなことは致しません」
「ヒンディの言うとおりです、アニム姫」
アルディがヒンディの言葉を引き継ぎ、やはり少しアニムに近づく。
「さあ。わがままもいい加減にして、我らと共に戻りましょう」
この流れは、もうアニムのことはあきらめるしかないだろう。
アニムを手放すことは手痛いが、東城
(アニムが東城
万が一の時、ネガルは二人を始末することも考慮する。
しかし、生身ならば話は違う。
これは戦術・戦略的に、強力な利点だ。
攻撃側は、敵陣地に大量の
だから防衛側は、少なくとも城内で
もちろん、この城も例外ではない。
特殊な法術により、城内の敷地にいる限りは、
それならば城内にいる衛士と魔術師たちを使えば、2人を捕えることもできるはずだ。
「アルディ、ヒンディ――」
アニムがまた口を開く。
ネガルはその言動に注意を向ける。
「――あなたたちは、叔父上様……ネガル様では、お父様どころか、あなたたち2人も説得できないと言いましたニャ?」
「……はい、姫。ですから――」
「――ならば、わたくしがまずあなたたち2人を説得しますニャ!」
そう言うと、アニムが小脇に抱えていた物を前に突きだす。
「これを見るのニャ!」
「……! そっ、それはまさか!?」
それは、ネガルも見たことがある
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