Act.0018:父上、これはチャンスかと……

 プサ・ハヨップ・タオ聖国の三大衛士とは、この国にとって力の象徴であり、最高の栄誉を背負う者たちであった。

 国民は三大衛士がいるからこそ国が守られていると信頼し、衛士になる者たちは皆が三大衛士の様になりたいと憧れていた。

 大袈裟ではなく、聖国にとり三大衛士は守護神であった。

 否、守護神でなくてはならなかった。


 だから無論、無敗無敵でなくてはならない。

 その守護神が、万が一にも負けるようなことがあってはならない。

 ましてや、十指ツーハンズと呼ばれる10大魔生機甲レムロイドのパイロットが相手ならまだしも、どこぞの馬の骨に負けるなどということはありえてはならない。


 だから、たとえ三大衛士で一番若い、ナンバー3の【ヒンディ・パガナク】であっても、「敗北した」という事実は限りなく秘密にされた。

 さらに「生身の人間に衛士の魔生機甲レムロイドが4機も倒された」ことなどが表沙汰になれば、王族への信頼失墜にもなりかねないことだからだ。


「確認する。その報告は、まことであるか? 何かのまちがいなどではないのか?」


 だから、報告を受けた聖国王が、頭についた猫のような耳をピンと突き立て、老いた顎をなぞりながら、信じたくないと確認するのも無理はない。

 自分の娘を取り逃がしたことよりも、聖国王はそのことを気にしていた。


「恐れながら、真でございます。言い訳の余地もございません」


 金銀で飾られた王座に座る痩せた王に、ヒンディは両膝を床につき、両手を手前について、頭を床にピッタリとつけたまま答えた。

 後ろにのびた尻尾も、すっかり垂れさがって床に這いつくばっている。

 細長い謁見の間の真ん中で、ヒンディは周囲に並ぶ者たちからも冷たい視線を向けられていた。

 いつもは豪勢で誇らしい、赤い絨毯を中心にした部屋が、今は彼にとって重くのしかかってくる。

 天井にステンドグラスで描かれた荘厳なる初代聖国王の戦う姿。そこからもれる光が、まるで自分を突き刺す矢のようにも感じていた。


「三大衛士の名に泥を塗ってしまったこと、どのような罰で設ける所存です」


「うむ。しかし、貴殿の得意な法術なしの近接戦で負けたなど……。貴殿は剣術だけならば、三大衛士でも最強と聞いておるぞ。それが……いや、そんなまさか」


「――恐れながら申し上げます」


 右手に立ち並んでいた1人の男が頭を深々と下げた。

 その者に、聖国王は「許す」とうながす。


「ありがとうございます。……ヒンディは確かに剣術だけであれば、我も敵わぬことはまちがいございません。しかし――」


 そう言ったのは、三大衛士のナンバーツーである【アルディ・グラデッシュ】だった。

 彼は金の長髪をさらさらと流しながら、少し芝居がかったほど大袈裟に首を横にふった。


「――近接戦とは、剣術のみではございませぬ。その点、彼はまだ未熟でございます。もちろん、そうだとしても名も知れぬパイロットに負けたなどとは認めるわけにはまいりませぬが」


「うむ。公にはできぬが、この敗北の罪は償わせねばならぬであろうのぉ」


「しばしお待ちください」


 今度は、銀髪の男であった。

 先ほどのアルディと同じく白いスーツのような軍服姿で頭を下げている。


「なんだ、アシム。申してみよ」


 聖国王の許可で、三大衛士・ナンバーワンである【アシム・ナガック】が頭を上げる。


「はい。恐れながら、ヒンディーを倒した『セダイ』という輩に思い当たる節がございます」


「なに!? それは真か……」


「はい。王は、【四阿の月蝕】という事件をご存じでしょうか?」


「……ああ、覚えておるぞ。四阿という街を解放軍【新月ニュームーン】の新型魔生機甲レムロイドに襲われた事件であろう。あれはなかなか痛快な事件であった。やつらの新型魔生機甲レムロイドは、日本王国警務隊の魔生機甲レムロイドを手玉にとったのであろう?」


「はい。まさに新型魔生機甲レムロイド【フルムーン・アルファ】が猛威を振るった件でございます。しかし問題は、その猛威を振るったフルムーンを倒した魔生機甲レムロイドの方にございます」


「ああ、噂だとたった1機でフルムーンを10機ほどを全滅させたとか。まあ、与太話であろう。1機で警務隊の魔生機甲レムロイド数機を沈めるフルムーンを……」


「いえ。我が部下の調査に寄れば、その噂は本当のようです」


「なっ、なんと……」


「しかも、そのパイロットは魔生機甲設計者レムロイドビルダーでもあるらしく、フルムーンのデザインも、その魔生機甲設計者レムロイドビルダーのデザインをもとにしたものということ。無論、フルムーンを倒した魔生機甲レムロイドも、その者自らデザインした魔生機甲レムロイド。その性能は、フルムーンの数倍の戦闘力があると……」


「そ、そのようなことが……。しかし、それと今回のこととなんの関係が?」


「はい。そのフルムーンを葬った魔生機甲レムロイドは、黒地に金の関節を持ち、赤いラインの入った猛禽類を思わすデザインをしていたとのこと」


「――なっ!?」


 そのデザインに反応したのは、伏せていたヒンディだった。

 彼は思わず、頭を上げてアシムを見てしまう。

 すると、アシムは深く1度だけ肯く。


「そう。ヒンディを負かした魔生機甲レムロイドと類似しております。そしてそのパイロットの名は、【東城 世代セダイ】というそうです」


「セダイだと……まさか、【四阿の月蝕】のパイロットが、アニムをさらったというのか!? なにゆえだ!? なぜ聖国内にいるのか!?」


「不明でございます。【東城 世代セダイ】に関しては、【四阿の月蝕】の後にどこへ消えたのかわからなかったのです。それどころか、彼の出生や誰の元で魔生機甲設計者レムロイドビルダーを始めたのかなど、一切合切不明だったのです」


「父上、これはチャンスかと……」


 今度は左横に立っていた煌びやかな装飾品を身にまとい、シルクのような白いマントを身に着けていた男が一歩前に出る。


「チャンスとはなんだ、ナパオ」


 第一王子たるナパオが、聖国王の問いにに応じる。

 彼は王と同じ緋色の耳をピクピクと振るわせてから、にやりと笑みを作った。


「はい。父上。アニムがそのものとどのように接触したかわかりませぬが、そのセダイというやからをうまく取り込めれば、日本王国とて恐るるに足らず。我らの勝利はより強固なものとなりましょうぞ」


「ふむ。なるほど……。ならば、どうする?」


「はい。ヒンディの償いとして、セダイなる者を捕えさせてはいかがでしょうか。セダイを我が国の国民ということにすれば、たとえ負けたことがもれたとしても、相手は自国の者と言ってしまえます。他国の者に負けたことにせずとも済むでしょう」


「なるほど。しかし、ヒンディはそのセダイに負けたのであろう。それにアニムのこともある……」


「――ならば、わたくしめも参りましょう」


 名乗りを上げたのは、ナンバーツーのアルディだった。

 30代半ばの彼は、貫禄のある顔を楽しそうに歪ませる。


「わたくしも、そのセダイという者にぜひ会ってみたいものです」


 その申し出に聖国王は低くうなってから、視線を三大衛士のナンバーワンに向けた。

 視線で意図を汲んだアシムが、かるくうなずく。


「よろしいかと。今のところ王都の警備はわたくし1人でも十分でしょう」


「わかった。では、アルディ、ヒンディよ。セダイという男を捕えてまいれ! そして必ず、アニムを連れ帰るのだ!」


「「――ハッ!」」

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