第24話

 俺は先輩二人の対戦を見届けた後、先輩たちに断って部室を出ていた。

 向かうのは教務室。


 サユのところだ。


 サユは勝ったのだろうか。

 いつもなら心配はしないのだけど、先生がなぜゲームでの勝負を受けたのか等俺自身がわからないことが多すぎるのだ。なのにあかりとサユは全部知ってそうだったし……。

 それが気になって仕方ない。


 この角を曲がればすぐに教務室が――


「うおっ!?」

「ひゃっ!?」

「ふわっ……!?ヒロ……?」

「あれ?サユ……?それに月も」


 曲がった先にはサユと月がいた。

 俺も驚いたが二人も驚かせてしまったようだ。

 サユが驚きの声を上げるのは珍しい。


「ヒロ、終わった?」

「こっちは終わったよ。そっちは?」

「終わった」

「ど、どうだったの……?」


 恐る恐る尋ねると、サユは一瞬困ったような顔をした。

 と言ってもほんの少ししか表情は変わってないんだけど。


 そのサユの表情にゴクリと唾を飲む。


 しかし、俺の心配は杞憂に終わったようだ。

 サユが笑顔でピースをしてきたから。


「よかったぁ……」

「えっへん」

「見てるこっちはドキドキしてたんだよ桜雪さゆきちゃん……」

「そんなに接戦だったの?」

「うん。じゃんけんの三本先取勝負だったんだけど、三勝二敗だったの」

「え!?ぎりぎりじゃん!」

「それに、途中までは桜雪ちゃんが負けてたしね」


 サユは読みが強いから三本先取だと俺はほとんど勝てなかった。

 時々ビリッと電気が走るような感覚が頭を駆け抜けることがあって、それで勝てることもあったけど。


「宣言もありだった」

「それで三勝二敗……?」


 サユが追加で言ってきた情報を聞いて俺はさらに驚いた。

 宣言ありでやったら俺はサユに一度も勝ってないぞ……?


 竹石たけいし先生って本当に何者なんだ?


「帰りに話す。とりあえず部室、行こ」

「あ、うん」

「あっ!桜雪ちゃん!大翔ひろとくん!待ってよ~」



※※※



「というわけで、勝ったのは眞智まち先輩だった」


 俺はサユと月にゲームがどんな感じだったのかを大まかに説明した。


「じゃあ部長は久美くみ先輩?」

「そうだよね?」


 サユと月が確認を取ってくる。


 決めたルール通りに先輩二人がしてくれればそうなるけども。


「しかたねぇ。……ほら、書いたぞ」

「かんにんな~♪久美~♪」

「けっ」


 普通に素直だな。

 ゲーマーだからルールは守るってところなのだろうか?


「久美先輩、教務室に竹石先生がいる。名前書いてもらって」

「わかったよ」


 サユが竹石先生の場所を教えると、これまた素直に久美先輩が部室から出て行った。

 すると、眞智先輩がいきなり俺たちに頭を下げた。


「かんにんな。迷惑かけて」

「え?いやそんなこと」

「うちらただめんどうやったから嫌だっただけなん」

「は?」

「何やきっかけが欲しかっただけやねん」

「えぇ……」


 だから素直にゲームの勝負をすることにしたのか……。

 で、決まったからにはちゃんとやると……。


 とんでもないくらい迷惑な話だ……。


「まぁいいですよ……」

「ほんまに!?おおきに!」

「ちょ!?」


 そう言った眞智先輩は俺に抱き着いてきた。

 逞しく育った眞智先輩の胸が俺の腕にぐいぐい押し当てられる。


「眞智先輩!落ち着いて!!」

「ひ、ヒロ……」

「っ!?」


 何か……殺気が……!


「っ」

「え!?」


 殺されると思った矢先に眞智先輩が抱き着いている反対側の腕にサユが抱き着いてきた。

 小さいけれど、たしかにある胸がぷにぷにと押し当てられる。


「ちょっと二人とも!」

「だーーーめっっっ!!」

「わっ」

「きゃぁ~」


 俺が慌てて二人を止めようとすると、月が割って入ってサユと眞智先輩を引きはがした。


「そんなのずるいから!」

「かんにんな~。でも、うちはそないなつもりはあらへんから大丈夫どすえ~」

「ま、眞智先輩!!」

「おほほ~」


 月が真っ赤になって眞智先輩に迫っていく。

 そんな様子をぼーっと眺めていると、サユが近くにやってきた。


「ヒロ」

「ん?どうした?」


 サユの方を見ると、手をグーにしてこっちに差し出していた。

 俺はそれに笑顔で頷くと、サユのグーに自分もグーを作って当てた。


 サユの笑顔は、今日も綺麗に咲いていた。



※※※



「先輩二人がやたら素直だったのはわかったけど、どうしたわかったの?」

「事前にメールして聞いた。わたしは眞智先輩に」

「私が久美先輩に聞いたの」

「なるほど」


 二人とも部長になりたくない理由を聞いていたんだな。


「じゃあ先生の方は?」

竹石美津子みつこ先生。竹石美津子で検索してみて」

「え?」

「ほら」

「あ、うん」


 サユに言われた通りに竹石美津子で検索してみる。

 すると――


「え?」


 たくさん見つかったのだ。

 竹石美津子。

 女流棋士のデータが。


「竹石先生って女流棋士なの!?」

「だったの」

「だった?」

「先生になるからってやめたんだって」


 俺が驚きの声を上げると、サユと月が説明をしてくれた。


「でも、将棋で勝負じゃなかったんだね?」

「わたしもそう思ってた。やりたくなかったわけじゃないとか?」

「そういえばなんで最初は断ってたんだ?」


 わざわざゲームで勝ったらなんてめんどうなことしなくても、最初から顧問になってくれればよかったのに。


「大翔くん。竹石先生は将棋教室に顔出して対局してたりしたんだって。そこには初心者が集まるから時々教えに行ってたらしいよ。それが減ると思ったからだって」

「そうなんだ」

「でも、顧問も楽しそうだと思ったんだって」

「あーそれで。じゃあなおさらなんでゲームでの勝負を?」

「普通に遊びたかったからだって」

「えぇ……」


 なるほどね。これでやっとわかった。

 じゃんけんを実際に見たわけじゃないけど聞いた限りすごく強かったらしいし。

 それは実際に勝負の世界にいた人間だったからなんだろうな。


 あ、そういえば……。


「そういえば月は今日朝いつもの場所にいなかったけど、それも何か理由があるの?」

「……あれは、ただ寝坊しただけです……」

「ご、ごめん」


 恥ずかしそうにぼそぼそっと言って俯く月。

 朝弱かったもんね……。


「ヒロ、ちなみにストラップの話は嘘。ごめん」

「ストラップって竹石先生の鞄についてたってやつ?」

「うん。今までの話を隠しておきたかった」

「いいよ」

「ありがと」

「でも、なんで隠しておきたかったの?」

「もしわたしが負けたら言い訳になりそうだったもん」

「そっか」


 サユってそこまで負けず嫌いだったっけ?

 今までの違和感はすべて消えたけど、サユの様子がちょっと引っかかる。


 こんなに勝ちにこだわるサユは見たことないような……。


 そんな違和感が残りつつ、俺たちの部活は正式に始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る