第7話 転生した訪問者
「うわぁ本当にこれ、神社だなぁ……」
家を飛び出して数刻、軽く肩で息をしながら足を止めたレッロの目の前には、彼のよく知る建造物、神社が存在していた。
勿論、レッロはこの森が近くにあるツェルジェノ領の領主の息子であるため、この森――不可侵の森についてよく知っているし、その危険性から未熟なうちは入ってはいけないということも知っている。もう入っているが。
「も、もしもーし……誰かいますかー?」
レッロは声を掛けながらも、鳥居を潜り、神社の敷地へ足を踏み入れた。
ルマダ達の証言によれば、美人のアマギキという女性と見たこともない白い犬だか狼の魔物がいたというらしいが――見当たらな
「いますよ?」
「ふぉっ!?」
突如、誰もいなかったはずの背後から掛けられた声にレッロは、間の抜けた声を上げながら背後を振り返りながらも冷静に距離を取り、声を掛けてきた正体を確認した。
レッロの目に映ったのは、巫女服の女性だった。女性は美しい黒髪を後ろで束ねている。そして何よりも、美人といえた。それも日本風の。
思わず見惚れていると、巫女服の女性は、視線なんてまるで気にしていない様子でレッロに話しかけてきた。
「ようこそ、いらっしゃいましたねー。そろそろ誰かしらが接触してくると思いましたよ。」
「あ、あなたがアマギキさんですか?」
「如何にも。私が天樹姫ですよー……転生者さん?」
天樹姫の口から出た名前、それを聞いた途端、レッロは耳を疑った。自分が転生したことは、この世界の誰も知らないはずなのに天樹姫はそれを言い当ててしまった。
そのことに恐れを抱いたレッロは、反射的に自分の使える力――スキルの一つ、鑑定を天樹姫に対して発動した。が、レッロはその鑑定結果に対しても驚くことになった。
名前:アマギキ
種族:???
年齢:???
職業:???
体力:10
攻撃力:2
魔力:0
スキル:
レッロは今までいろいろな人をこっそり鑑定してきた。
屋敷で働いているメイドや、ルマダ達のような領地に訪れた冒険者や領民まで遊び半分で鑑定してきた。……自分の父であるゴルードを鑑定した時、彼に気付かれ無礼だからあまり鑑定はしないように怒られたのだが。
しかし、目の前のアマギキという女性は、種族・年齢・職業こそ鑑定できなかったが、誰よりも弱かった。魔力は赤ん坊でも5はあるものだが、鑑定結果は0だ。
攻撃力も2では、絶対この森で生きていけるわけがない。ならば特殊なスキルがあるのではと思っても、スキルの欄には一文字も無かった。つまりはスキルを保持していないことになる。
ならばなぜ、自分はこの女性に背後を取られたのか。レッロはそれが分からなかった。
「お、これが鑑定される感覚ですかー。」
「っ!?な、なんで分かったんです?」
敵意のない人をいきなり鑑定するなんて無礼、下手をしたら敵対行動として判断されるとゴルードから教わっていたレッロは、得体のしれない目の前の女性が、怒りから何かするのではと、身を固くした。
しかし、レッロの予想は大きく外れることとなる。天樹姫はふんわりとほほ笑むと
「いやー何か奥まで見られてるなと感じたもので。あっ、私の鑑定結果どうでした?」
と、頼んできたのでレッロは自分の頬に冷や汗が流れるのを感じながら言われた通り、天樹姫に自分の鑑定結果を教えた。すると彼女は、「あーやっぱりそうなりますよねー」とだけ呟くと、レッロに礼を言った。
この様子から、アマギキは悪い人ではなさそうだとレッロは一旦判断し、自分が最も気になっていたことを質問してみた。
「なぜ、僕が転生者だと?」
「えー?だってこの建物見て目の色変えたじゃないですか?」
「うっ……じゃ、アマギキさんは?転生……いや、その名前日本語です、か?」
「えぇ。天に樹に姫って書くんです。それで天樹姫って名前なんです。」
キラキラネーム?レッロの頭にはそのワードがよぎった。
少なくともそんな神様みたいな名前、人につけるものではないよな、可哀そうにとレッロは、天樹姫に謎の同情を抱いた。
見当違いな同情をされた天樹姫は、うんうんと頷くレッロに首をかしげ、レッロを拝殿に招き入れ、お茶を用意すると、彼の話を聞くことにした。
「あ、改めて、僕はレッロ・ツェルジェノと言います。先日、僕の父さんが雇ったルマダさんたちがお世話になったと聞きました。」
「おや、あの人たちの関係者だったんですね。いえいえ、あれは彼らが幸運だっただけですよ。……ということは、この神社の報告でも聞いたんですか?」
「そうです。」
「なるほど?よくわかりました。……あなたの目的は日本食ですね?」
「……分かります?」
天樹姫は最初、何にも考えずルマダ達に振舞っただけだったのだが、もし彼らがここの食事のことを話すとするなら、あの世界から来たものがいるのであれば何かしらアクションを起こす可能性があるのでは。と、考えてはいた。
まさかこんなすぐに釣れるとは。
「聞けば、米や豆腐。醤油やみそまであると聞きました。……お願いです!すこしでいいですから譲ってはいただけないでしょうか!!」
「いいですよー?」
即答だった。別に上げたところで小箱からまた取り出してもいいから無くなるわけではない。それに自分の庭にも苗が……苗があった。
そこで天樹姫は面白いことを思いついたとばかりにポンと手を打ち、レッロにちょっと待ってくださいねと告げると外へと出て行ってしまった。
・
・
・
「何で外に……?」
天樹姫が戻ってくるまでの間、レッロは疑問を口からこぼしながらもその場から動かず、座ったまま拝殿の中を見渡した。
神社は正月の時なら来ていたが、それ以外となると小さなころ遊び場として利用したことしか覚えていない。そんな彼でも、この神社は日本にある神社そのものだと感じることができた。……それが一人で用意できるのかと思いつつも。
「お待たせしましたーお米ですよっと。」
聞こえた声に、レッロは思考の世界から現実へと引き戻された。
そこには天樹姫がおり、彼女は手に持っていたものをレッロの目の前に置いた。
「あの、天樹姫さん。これ……」
「お米です。」
「あの、苗?」
「苗ですよ?」
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