第9話 釣りに行こう
「はぁ……まさかとは思いましたが、五穀なだけあって成長早いですね……」
そう嘆息する天樹姫の眼前にあるものは、本来であれば水田に植えなければいけないのに立派に成長した稲であった。
ちなみに五穀とは、中国や日本。朝鮮などで常食する主要な穀物5種を総称する言葉日本では米、麦、粟、きび、豆とされており、五穀豊穣という言葉があるほど、豊穣の力と米などの穀物は天樹姫と相性がいいのだ。
そして、その結果がこれ。
「流石にこのままというのも、豊穣の神に仕える天女として許せませんね。ウスケー」
「バウ!」
「もしかしてあなた、水田って作れます?」
天樹姫の声に即座として参上したウスケは、聞いたことのない水田という言葉に首をかしげる。元々森に棲んでいた魔物なのだから知らないとしても仕方のないことだろう。
口に出して説明するよりもイメージを送ったほうが早いと、天樹姫は水田のイメージをウスケに送信した。受信したウスケは頭の中で浮かんだ水田をしっかり確認すると、出来ると意味を込めて吠えた。
「ほんと、あなた達農業に関しては万能ですか。……まぁいいです。では、水田を作ってあの稲を植えてくださいね?私はこれから出掛けますので。」
「ヴォウ!……バウ?」
了承の一鳴きをした後、どこに行くのという意味のウスケの鳴き声に天樹姫は巫女装束から一本の棒を取り出し、肩に担ぎ、告げた。
「釣りに。」
・
・
・
「おーこれはいい湖がありますね。アコ、ナイスですよ。」
「キャウ!」
水田の作成と稲の移し替えをウスケに任せた天樹姫は、今まで森を駆け巡っていたアコに釣りの出来そうな水場を案内させ、今しがた透き通るほど綺麗な水が溜まった湖に到着した。
釣りに行く際、ウスケが自分も行きたいと駄々をこねたが、天樹姫より
「いいですか、ウスケ?これは重要な仕事でウスケだからこそ頼めるのです。水田の作成に留守番。これはそんじょそこらの魔物ではできません。私の自慢の狛犬であるあなただからこそ、任せられるのですよ。」
などと言われれば、天樹姫信者であるウスケはそれはもう嬉しそうに留守番をまかされてくれたのであった。その陰で天樹姫がほくそ笑んだのをアコは見逃さなかった。そして兄の単純さに小さくため息をついたのであった。
さて、何故急に天樹姫が釣りに行くと言い出したのか。それはいたって単純な話、そろそろあちらの世界から持ってきた魚の在庫が切れそうなのだ。無くなりそうであればあの便利な小箱で取り出せば?そう思う人もいるだろう。
しかし、あの小箱の欠点として、何故か動物を引き出すことはできないのだ。これに関しては小箱を託した天稲大神もわかってないらしい。
そのために、天樹姫は前の世界でいくらか肉類魚類を調達したのだが、当初は想定していなかったアコとウスケの分でごっそり減っていったのだ。それで今に至る。
「天気もいいし、景色もいい。絶好の釣り日和というものですね。アコ、あなたは散歩でもしてきなさい?終わったら呼びますからね。」
「ワウン!」
「いってらっしゃーい。……さーって釣り竿釣り竿。」
尻尾を大きく振り森の中へ駆け出したアコを見送ると、うきうきと天樹姫は小箱から木に釣り糸がついただけの釣り竿とクーラーボックスを取り出す。さらにもう一つ、一見前の世界だったら安価で売られていそうなルアーを取り出し、それを糸の先っぽに括り付けた。
「準備完了っと。そーれっ」
掛け声とともに釣り竿を大きく振る。すると不思議なことに、まるでリールがついているかのように釣り糸が伸びルアーが飛んでいくではないか。中々の距離を飛んだルアーは水面に着水……すると同時に天樹姫の持つ釣り竿が何かに引っ張られるようにグンッと曲がりだした。
「おー、流石ですねー。」
天樹姫は何でもないように釣り竿をクンッと振り上げると釣り糸が沈んだ水面からアジほどの大きさをした魚が、勢いよく飛び出してきた。初めての獲物に満足そうに笑うと、さっさと口からルアーを引き抜き魚をクーラーボックスに入れると、再びルアーを湖へと投げ入れ……またヒット。
ヒット、ヒット、ヒット。ルアーが潜るたびに即座に魚が喰いついてくるので、釣り人と魚の駆け引き的なものは全然なかった。
時折、体のほとんどが透明の魚だったり、如何にも毒がありげな色をした魚だったり帯電した魚だったり変な魚も釣れるのだが、天樹姫は構わずクーラーボックスの中にぶち込んだ。この異世界でいうアイテムボックスなのでクーラーボックスはまだまだ余裕で入る。
確認しておくが、天樹姫は釣りの神ではない。かと言って天樹姫に釣りの技術があるわけでもない。なのにこのバカ釣れ。その原因は、彼女の取り付けた見た目何でもないルアーにあったのだ。
これは前の世界でかの有名な漁業の神、恵比寿からもらったルアーで、曰くあらゆる魚の好物に見えるルアーなのだと。その実力は異世界でもいかんなく発揮されたようだ。
「恵比寿様からもらっておいて良かったですねーこれで当面魚には困りません……ん?」
またもや好物につられて魚が釣られにやってきたと天樹姫は変わらぬ力加減で竿を振り上げようとしたのだが、今までになかった抵抗力があった。大きく重い、それこそマグロ並みの魚もかかったことはあるのだが、それでも天樹姫の振り上げには抵抗できず、釣りあげられてしまったのだが、この引きは今までの魚と違った。
……天樹姫がちょっと力を加えなければだが。
「あよいしょっと。」
あまり力の籠ってない掛け声で先ほどの2倍ほどの力で竿を振り上げると、大きな水音を立て、ルアーに食らいついたものが引っ張り出され正体が明らかとなった。それは――
龍だった。
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