第10話 龍の奇妙な出会い

 青い鱗を持った龍が釣りあげられ、地に降り立つ……もとい叩きつけられた。そのため大きな地響きが巻き起こり、森は揺れ、近くにいた鳥が異常事態に逃げるように飛び立った。

 さて、こんな龍を釣り上げた天樹姫はというと、地面でピクピクと動いている龍を思案気な表情で観察しているかと思うと、何気ない声音でつぶやいた。


「龍は蒲焼なんでしょうか。」

「食べないでください!!」


 おや。と、天樹姫は自分の声に応じた男の声を発したそれに視線を向ける。

 声を発したのは龍で、その眼光からは……恐れがにじみ出て懇願するような視線を天樹姫に向けている。

 普通の人間であれば、魔物が言葉を理解しその上言葉を発声したことに驚くだろう。しかし、天樹姫は天女だ。元居た世界では、高天原に限って言えば九頭竜や白竜などの龍も存在していたし言葉も発せた。そのため、全く不思議には思わなかった。

 そして言葉を話せることと、敵対するようなことがないとわかると天樹姫の龍に対する食の興味は一気に消え去った。


「残念ですね、折角初めての龍を食べられると思いましたのに。」

「い、いやまず初めてを見て食べることを第一に考えますかね……?」

「はい。」


 それが何か?という目の前の人間に、龍はそうですか……と小さな声で返すことしかできなかった。


 長年生きてきた龍は己の力量を把握しており、推測ではあるが、この森で己に勝てる存在はいないだろうと自負していた。強いて言うなら森の外の――冒険者とか勇者とか魔王とかそこら辺の連中ならば負けてしまうかもしれないだろうと今日の数分前まで考えていた。

 それが突然終わりを告げた。

 

 いつも通り、龍は湖の中でゆらゆらと佇んでいた。腹が減れば口を開け泳いでいた魚を喰らい、運動とばかりに広い湖を泳ぎ回っていた。そんな時、湖の一か所がとても騒がしいことに気づいた。

 何かと思い遠くから見ていると、水上から何かが落ちてくると同時に、魚たちがそれに群がり1匹ずつ水面より上に飛び出して行っているではないか。この現象に龍は心当たりがあった。それは人間やそれに連なる種族が魚を捕まえるときに行う釣りという行為だ。何でも虫や小さい魚を針に括り付けそれに食らいついた魚を引っ張り上げるとかなんとか。だが、龍は思った。


(こんなにも魚が喰いつくのだろうか?)


 長い時この湖に暮らしていた龍は同居人のようなものである魚たちの好みは何となく把握していた。しかしだ。どんどん釣り上げられていく魚たちは殆どが違う種類だ。釣られて間もなく次の餌が飛んでくるのだから、交換しているわけではなさそうだった。それ故不思議で仕方なくなり、龍は近くでその餌の正体を見ることにした。

 そして次の餌が放り込まれたとき、龍は見てしまった。

 己の大好物の牛の丸焼きを。

 いつもの龍であればこんなあり得ない光景に待ったをかけただろう。だが、不思議とそんな考えは持てなかった。目の前の牛の丸焼きから目が離せない。よだれが止まらない。頭の中は食べたいという思いが渦巻いていた。そして龍はついに――欲望に負けて食らいついた。

 その結果がこれだよ!

 そして釣り上げられた龍は、地面にたたきつけられた衝撃で少しの間意識を飛ばしていた。うっすら意識が復活してきたその時、耳に聞き逃せない言葉が流れてきたではないか。龍は蒲焼でしょうかて。そんなことされるわけにはいかないと龍は大声で叫んだ。


「まぁいいでしょう。今日はこれだけ魚が釣れましたからね。龍くらい見逃して……はぁ、やっぱり食べたかったですねぇ蒲焼。」

「それはやめてください、切に。」


 龍はよっこらしょと衝撃から回復してきた体を起こし至極残念そうに龍の胴体部分を直視している女性を見下ろした。

 この人間には魔力も力も感じないが、逆らってはいけない何かを察した龍は自分が言葉を話せることを感謝した。

 そんな時、晴れ晴れとした空が急に曇りはじめぽつりぽつりと雨が降ってきたではないか。


「あれ?おかしいですね。靴天気予報では、今日はずっと晴れだったはずですのに。」


 突然の雨に天樹姫は首をかしげた。彼女が靴天気予報というのは、子供のころ誰しも一度はやったことのある「あーしたてんきになーれ」という掛け声とともに履いた靴を蹴りだし、その時の靴の向きで天気を当てるというあれだ。正式名称は靴飛ばし。

 普通の人間であれば、お遊びのそれであるが、天樹姫は神である。故に靴飛ばしも本物になってしまうのだ。そして昨日飛ばした結果、靴――ではなく草履はしっかりと表を向き天樹姫はそれを見て「明日は一日中晴れですね」と確信を持って言った。

 それなのに、今は雨が降り、気のせいかだんだんと強くなっている気がする。

 疑問が頭に浮かんだ天樹姫に、龍が声を掛けた。


「あー、すみません。これ、私のせいなんです。」

「?龍さんのですか?」

「えぇ、私のスキルで、雨降と言って水面から体を出すと私の意思と関係なく雨を降らすというスキルです。」


 天候まで操作するスキルがあるのかと、説明を受けた天樹姫は龍がしゃべったことよりも驚愕した。スキルという天樹姫にとっては未知の力が天気まで干渉できるとは驚きだった。前の世界では雨がどうすれば降るとか、雨ごいなどは聞くが、天気を全く変えてしまうなんてできないからだ。

 はへーと、声を漏らした天樹姫だったが、気を取り直すと空に向けて片手を掲げ始めた。

 龍は突然の天樹姫の行動を謎に思っていると、天樹姫が行動を開始した。と言ってもただ一言


「晴れてください。」


 その言葉を発した瞬間、光が差し込んだ。比喩ではない。どんよりと沈んだ色をした雲から一筋の光が漏れ、その光は天樹姫の頭上を照らした。

 差し込んできた光は次第にその大きさを増していくと同時に、雲もまるで最初からそこになかったかのように消え、雨も止んでいったではないか。


「……」


 龍は言葉を発することはできなかった。慌てて自分のステータスを、スキルを確認するが、間違いなく雨降は存在しその効果も発揮しているはずだった。

 なのに晴れた。あり得ないと思いたかったが、あり得てしまっていた。自分の近くにいる何の力も感じられない女性は、手を掲げ、声を発しただけでスキルによる雨を晴らしてしまったのだ。

 そんなとんでもないことを平然としでかした女性は、うーんと背伸びをすると「流石にほんの少し疲れますね、これ。」と呟いたのを龍は晴れたことによる驚きによって、耳に入ることはなかった。


「クォン!」


 森の奥からアコが鳴き声とともに戻ってきた。アコは、天を茫然を見上げる龍を一瞥するとどうでもいいとばかりに視線を天樹姫に戻すとそのまま彼女の足元まで駆けた。


「あら、アコ戻ってきましたね。……あら?あなた、何を咥えてるんです?草?」


 天樹姫の言った通り、アコの口には草が咥えられており差し出すように顔を上げアピールしているので、天樹姫はそれを受け取った。

 見た目は何の変哲もない草。強いて言うならメハジキという薬草に似ている気がした。匂いを嗅いでみると……途端、天樹姫は眼を大きく開いた。


「これは!良い物を採ってきましたね、アコ!褒めますよー。よーしよしよし!」


 匂いを嗅いだ途端、嬉々爛々と目を輝かせた天樹姫は、アコを抱きしめ、わしゃわしゃと頭を胴体を腹を撫で始めた。

 その行動はさながら動物王国のお爺さんを彷彿とさせる勢いだ。

 天樹姫はアコのとってきた草に香草の可能性を見出したのだ。食べ物が好きで料理が好きな天樹姫は、広がる料理のレパートリーを喜びアコをほめたたえたのだ。

 ひとしきり撫でまわし終わるとクーラーボックスを肩に掛けると未だ呆然としている龍に向かって声を掛けた。


「それじゃ、龍さん私はこれで。」

「ふぁっ!?あ、あぁさようなら?」


 龍はとっさにそう返すことしかできず、頭を軽く下げた天樹姫はアコを引き連れ森の中に消えていった。


「アコ、今日は魚パーティーですよ?ポチもおなか空いているでしょうからね。あとあなたの採ってきた香草は一回種にして増やさなきゃいけませんねー。」

「ゥワン!」

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