第8話 天女様宿題を出す

「あの、天樹姫さん。お願いしている身で申し訳ないんですけど……僕お米がムグッ」


 欲しいんです。というその言葉は天樹姫がレッロの口を人差し指で抑えることで呑み込まされた。

 天樹姫も何も意地悪で苗をレッロに渡そうとしたわけではないのだ。


「これは、宿題です。レッロ・ツェルジェノさん、あなたにはこの苗を自分の領地で育てていただきます。」

「宿題……?」

「そうです。折角ですし、試練を与えてみようと思いましてね?」


 こっそりと「神様としてね」という言葉をつぶやいたのだが、レッロには聞こえなかった様だ。試練という言葉に首をかしげている。


「まぁでも?あなたが訳の分からない草を持って帰ってこれを育てたいといった暁にはご両親がとても不安がるでしょう。知らない人から見たら雑草ですものね。」

「確かに。」

「ですので、サービスとしてこれをあげましょう!」


 天樹姫がパンと手をたたくと、苗の横にパンパンに詰まった米袋が2袋ほどいきなり現れ、レッロは異常事態に目を剥いた。

 レッロは、アイテムボックスの類を疑ったがすぐにその考えを棄却した。

 アイテムボックスというのはスキルの一種でポケットや、空間にアイテムを収納することのできる異世界お約束のスキルだ。ちなみにそれの魔法版として、マジックボックスも存在する。こちらは魔力消費する代わりに、鞄や箱に対して発動することで、アイテムボックスの機能を付与することができる。ただし、相当な修練と魔力が必要になるが。

 

 閑話休題。レッロが気づいたのは、天樹姫が、取り出す動作を一切していなかったことだ。強いて言うなら手を叩いたくらいだが、それだけで出てくるのはおかしい。

 もしかして天樹姫は自分の思っているよりもずっとすごい人物なのかと思ったところでレッロは考えるのをやめた。答えが出そうにないし、あまり疑い過ぎて米を逃すのは如何ともしがたかった。

 ……不思議そうに見つめる天樹姫の視線に気づいたレッロは、変に思われたと、慌てて天樹姫が最後に言ったワードを繰り返した。


「サービスですか?」

「……何か考え事してました?まぁいいでしょう。そうです、サービスです。これをご両親なりに食べさせて稲を育てさせる許可をもらうといいでしょう。」

「いいんですか?こんなに頂いて。」

「いいんです。面白そうですし、在庫はたくさんあります。……あ、渡しておいてなんですけど、持てます?」

「大丈夫です。アイテムボックス持ちですから。」


 そう言ってレッロは身体強化の魔法を使い、5キロほどある米袋をひょいと持ち上げると空間にしまい込んでしまった。もちろん苗も一緒にアイテムボックスに収納した。

 

「へー、面白いですね。人間がそういう神様みたいな力を行使できるなんて、異世界様様ですね。」

(……ってことは天樹姫さんが使ったのはアイテムボックスじゃないんだな。)


 アイテムボックス持ちであれば天樹姫のような反応はしないだろう。これは明らかに始めてアイテムボックスをみる者の反応だ。

 悪い人ではないのだろうが、こうも驚かされる行動が続くと、精神的に参ってしまいそうで、レッロは気づかれないようにため息をついた。


「あの、天樹姫さん。……宿題が出来た……米の栽培に成功した時ってご褒美なんてあったり……?」

「安心してください、もちろんありますよ?成功した暁には、あなたが望むものを1つあげましょう。」


 その言葉で、レッロにやる気が満ち溢れた。

 元々、苗を出されたときは困惑したが、考えてみると、苗をもらえるだけでも十分。いや、精米された米だけをもらうよりも将来的には断然いいのだ。成功すれば、自分たちで食べるだけではなく、ツェルジェノ領で米を売ることができるのだ。

 それに加えて、望むものをくれるというのだ。ということは……大豆ももらえるかもしれないということだ。それがあれば醤油に味噌に豆腐……すでにレッロの中で皮算用がすすんでいた。


「分かりました!僕、やります!」

「うわっ、すっごい気迫ですね。まぁ、精々頑張ってくださいね。応援してますので」

「はいっ!……あっ、天樹姫さん。拝んでいっていいですか?」

「おや、それは殊勝な心掛けですねー、いいですよ。」


 レッロは天樹姫とともに外へ出ると、賽銭箱に自分の小遣いである金貨を投げ入れた。


「金貨とは。高価じゃないんですか?……こうkん゛ん゛っ何でもありません。」

「へ?あぁ、僕祈願するとき奮発したい性質なんですよ。これぐらいのほうが、ご利益ありそうじゃないですか。」

「それほど真剣なのですね、いいことです。」


 天樹姫の言葉にレッロは笑うことで返すと、鈴を鳴らし2礼2拍手をし、静かに拝んだ。

 ちなみに、神社の作法には色々あるのだが、天樹姫及び天稲大神はあまり気にしていない。本人ならぬ本神曰く、『べっつにそんなに堅苦しく参拝しなくてもいいのになぁ。』とのこと。神様は案外軽いのだ。ダジャレを言いかけるくらいには。


 拝み終わったレッロは、顔を上げると、6歳だったと思い出させるほど無邪気な笑顔で天樹姫に別れを告げると、米を食べるのが待ち遠しいのかアクセルを発動するとさっさと森の中へと消えていった。

 レッロの姿が見えなくなったころ(見ようと思えば見えるが)、天樹姫は人知れずつぶやいた。


「お昼ご馳走しようと思ったんですけど……」

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