聞し召しませ天樹姫様~日ノ本から来た天女様~

第1話 異世界行ってきてね。

 ここは天国よりも天上に位置する日本の神々が住まう地、高天原。

 そのある一角の一軒家……というよりも神社で一人ならぬ一柱の神が一人の天女を呼びつけた。

 一柱の神の名前は天稲大神あまのとうおおかみ。滅多には知られていないものの立派な神であるが、その風体は眼鏡をかけた優し気な初老の男性だ。このような場所でなければ神には見えまい。


「よく来てくれたね、天樹姫あまぎき。さすがは僕の自慢の娘だ。」


 天稲大神の眼前で跪き首を垂れる若々しい巫女装束を着た女性は、天樹姫。天稲大神が娘というのは、彼女が天稲大神が生み出した最初の天女だからだ。

 しかし、娘といえども天女とは神に仕える所謂部下なので基本的には世間一般的な親子の関係というわけではない。


「大神の御用達であれば私は即参上しますよ。それで私に用とは?」

「あぁ、それなんだけどね?ちょっと、三世界ほど隣に出来た世界に行ってきてほしいんだ。」

「待ってください大神。何ですか、その『ちょっと最近越してきた家に挨拶してきてね』みたいなノリは。」


 天稲大神は宙から、いい香りを漂わせる茶の入った2つ取り出すと1つは自分のところに一つは天樹姫の目の前に置き、手で示した。とりあえず、飲みなさい。と。

 天樹姫は小さくため息をつき、置かれた茶をこくりと飲み、口の中で味わい気持ちを落ち着かせた。


「さて、行ってきてほしいっていうのはね。その新しく出来た世界の神から依頼が来たんだよ。日本の神に、ちょっとうちの世界で暮らしてみませんかってね。」

「軽いですね……それで何で大神の所なんですか?普通……普通?天照大御神様だったり月詠命様だったりが行くものではないのですか?」

「あの2人……たとえ部下だとしても異世界に行ったらそれはそれで問題になるんだよ。僕の所であれば問題ないからってね。君も優秀だし。」


 実際、天稲大神は天上ならばいざ知らず、天下……世間一般にはあまり知り渡っていない神でそんな神の部下が1人異世界に行ったところで何も支障がないだろうというのが、上位神たちの意見で天稲大神はそれを受け入れた。事実なので。

 天稲大神は押しの弱いところがあるため、反抗もせず受け入れたのだろうと長年の付き合いから分かるので、仕方なしではあるが、異世界行きを了承した。

 幸い、天樹姫も異世界に興味がないわけではなかった。


「ですが、私は異世界で何をすればいいんですか?レポートでも書くべきでしょうか?」

「いいや。別に君に特に使命はないんだ。魔王を倒してきなさいとか、国を建国しなさいとかそういうのは求めていないんだ。」


 ちなみに仮に魔王討伐や建国をさせると、天樹姫は難なくこなせてしまうだろう。

 だが、今回は天稲大神も言った通り、異世界で暮らすだけいいらしい。人と交流してもいいし、触れ合わなくても。のんびりしてもいいし、汗水かいて働いてもいい。

 天樹姫、汗かかないけど。


「……え?でもそれ、あちら側のメリットは?」

「さぁ?僕もあちらの創世神さんにそう言われただけだからなぁ。あぁ、流石に、全生物滅亡だけはやめてね?」

「私バーサーカーじゃありませんよ!?ってさらっと言ってましたけど魔王ってその異世界、こちらから見たらファンタジーない世界なんですか?」

「そうそう。最近増えてきたよねーファンタジー異世界。その代わりスチームパンク異世界少なくなったよね。」


 こめかみを親指で抑え、頭痛をこらえる天樹姫に天稲大神はくつくつと笑いながら、小さな小箱を天樹姫にそっと渡した。

 天樹姫はその小箱の正体を知っており胡乱気な顔で自分の仕える主を見た。


「あの、これ持ってけと?」

「うん。持ってけ。」

「私の力に制限は?」

「ないね?」

「過剰過ぎません?」

「無いよかいいでしょ?」

「いいですけど……」


 これは引く気がないな。そう確信した天樹姫は小箱を受け取り、自分の巫女装束の中に小箱をしまい込んだ。

 

「んじゃそろそろ行ってもらおうか。僕が送るよ。」

「え、急すぎませんかね!?」

「神は気まぐれなんだよ。受け入れてねーっと。」


 天稲大神が人差し指をぴんと立てると天樹姫の足元に旧字体で書かれた魔法陣のようなものが浮かび上がり、下から徐々に彼女の体を異世界へ消し飛ばしていく。

 この阿呆神がと心で毒づきながらも、天樹姫は抵抗することなく、転移を受け入れた。


「おっと、消えてしまう前に言っとかなきゃ。転送スピードを遅くしてっと。」

「何ですか?」

「いやね?ちょっとしたお願いなんだけど、あっちで僕を祭ってみてほしいんだよね。」

「はい!?」

「それじゃ異世界を楽しんできたまえ、我が娘よー。」


 最後の最後に何をわけのわからないことを言い出すのかと文句を言いたかったが、それよりも転送が口を消し飛ばすほうが早く、せめて目だけでもと射殺さんとばかりに天稲大神を睨み、ついには目も転送され、天樹姫の意識はほんの一瞬だけ消えた。



「森って。」


 天樹姫が目を開くと、そこは森だった。

 それはもう、森だ。森。見渡す限り木、木、木。千里眼でちょろっと遠くを見てみても木が群生している様子しか見えない。たまに自分がいた世界にはいなかった変な動物はいたが木しか見えなかった。

 近くにあった倒木に腰を掛けると、天樹姫は大きくため息をついた。


「森ってなんですか。いや、確かに?町のど真ん中に降臨して騒ぎになるよかましですよ。でも規模よ規模。そりゃ、こんな森抜け出すの訳ないですけど……まぁいいか。街に行ってもどうせ私目立つんでしょうし。」


 自分の力を理解している天樹姫は、自分の知っている異世界ものの基準としてはそれこそ神に位置するものだろうと察していた。。実際天女は下位とは言え神だし。

 さらに言えば、今天樹姫は天上から下界を見下ろす立場ではない。一個人としてこの世界に存在しているため、目立つことは明白だ。そこから天樹姫が見つけ出した答えは――


「折角ですし、森で暮らしますか。」


 思ったが吉日。そうと決めた天樹姫の行動は早かった。

 近くにあった一本の木にそっと手を触れると、彼女は優しく念じた。


――申し訳ありませんが、十分な広さの土地が欲しいので退いていただけませんでしょうか?――


 そう念じると、すぐさま普通ではありえない現象が発生した。

 何と木々が立ち上がったではないか。比喩ではなく、事実だ。根を足のように立てわちゃわちゃと動かし一帯の木が動き始めたのだ。

 彼ら?の名誉?の為に説明しておくと、この木たちは魔物ではないし、本当にただの木だ。強いて言うならこの異世界の中では比較的いい木材にはなる木だが。

 こんなことを可能にしたのは、ひとえに天樹姫の力だ。と、言っても元の世界の神からしたら容易いことなのだが。

 ちなみに天樹姫が腰を掛けていた倒木は別の木が回収していった。木が木を回収するのはなかなかシュールな絵図ではあった。


 そうして出来上がったのは本当に真四角に一本の木も生えていない平地だった。上空から見たら目立つことだろう。

 結果に満足した天樹姫はニコニコしながら天稲大神から受け取った小箱を取り出すと平地と森の境目辺りに立ち、


「神社を。」


 とだけ告げながら、小箱を開けるとシュンッと小さい音とともに何か、小箱から飛び出し――大きな神社が現れた。建築されたとかではなくて。賽銭箱も鈴も完備の神社がそのまま出てきたのだ。人知越えすぎ。

 うんうんと、出てきた神社を眺めると満足そうに天樹姫は賽銭箱に腰を掛け、足をぶらぶらしながら異世界の空を見上げた。

 ……大きい鳥がいた。少なくとも天樹姫よりも大きな。しかもこっちを見ていた。

 普通?の異世界転移初心者であれば、驚愕し、大した力もないため逃げの一手だろう。だが、天樹姫は違った。


「お、異世界最初のご飯ですね。」


 ぽつりと言うとどこからか弓と矢を取り出し、上空を飛ぶ巨鳥を目掛けて放った。

 知能のある巨鳥は嘲笑した。ここまで距離の離れた上空で女が矢を撃ったところで自分には当たるまいと。むしろ逆に喰らってやる。

 そう思った時には、巨鳥の意識はなくなっていた。何故ならば、矢が己の脳を貫通していたからだ。

 力を失った巨鳥は重力に逆らえず地面とキスをすることに……

 ならなかった。意識を取り戻して再び羽ばたいたからではなく、天樹姫にキャッチされたからだ。

 天樹姫、自分の何倍も大きな鳥を持っても苦しそうではなく、むしろ嬉々としていた。


「いやー、異世界の鳥肉、楽しみですねぇ。あ、そうだ。これを奉納してみましょうか。大神もきっと喜びますね。」


 異世界からやってきた日本の天女はこの異世界にどう影響を及ぼすのか。

 ……本人は大げさにはしたくないだろうが、神である天女が影響を及ばせないわけはないのだ。

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