第5話 もてなしました。

 天樹姫は神社に駆け込んできたパーティの面々に今日はこの神社で休んでいくように進言した。最初はこれ以上お世話になるわけにはいかないとリーダー格の大将と呼ばれた男――名前はルマダという――は拒んだが、毒を患った仲間を想ってくださいと言われれば断ることもできず、厄介になることになった。


「えぇっと?つまり俺ぁこの美人な姉さんに助けてもらったってことでいいんですかねぇ?」

「そ、そうよ。アマギキさんって言うの……」


 天樹姫に招かれ、神社の拝殿へと入ったパーティ面々は、見たこともない建造物の内装に驚きながらも振舞われた見たこともない食事、和食に舌鼓を打っていた。ちなみにアコとウスケも同様に天樹姫の作った料理に感涙しながら貪りついていた。

 そこでザジは自分が助けてもらったことをようやく、リュエールに説明してもらっていた。先ほどまでハラルダとルマダに泣いて抱き着かれていたから状況がつかめていなかったのだ。


「そ、そりゃ助かりましたぜ、アマギキさん。」

「いいんですよーここに人が来るなんて初めてですからねー」

「ふむ、でも妙だな。私たちも結構この森に入っちゃいるが、こんな立派な建造物見たことないぞ?」


 そのハラルダの疑問に、リュエールは息を呑んだ。彼女だけは、気づいていた。アマギキという、得体も知れない女の力に。それゆえ、この質問によっては、自分たちの命が危ないかもしれないと焦っていた。

 さて、疑問を投げつけられた天樹姫はというと――


「そりゃそうですよーここ最近建てたんですからー」


 割とあっさりと答えていた。しかも間違いは言ってない。

 そう返されたハラルダ達は、目を丸くしたが、すぐに「あーそうかー来なかったうちに建ってたんだなー」と納得してすぐに食事に戻った。……と思えば、次の質問が飛んできた。


「しっかし、立派な建物っすねー、これどういうモンなんっすか?玄関口に箱とか縄とか鈴とかありましたけど?」

「神社ですよ?」

「「「「神社?」」」」


 全員が全員、首を傾げたので、天樹姫はやっぱりといった顔で少しため息をついた。

 

「……教会は知ってますよね?」


 今度は全員縦に頷き、天樹姫は大きくため息をつき、その反応にルマダたちは首を傾げた。


(何故異世界には教会がつきもので、神社は知れ渡ってないんでしょうねー……もしかしてイエスのあんにゃろうの弟子たちが転生しまくって教会という存在を作りまくったんでしょうか。)


 その答えは神のみぞ知る答えなのかもしれない。少なくともこの天女様は知らないようではあるが。

 閑話休題。天樹姫は神社について、彼らに食事しながらも講義した。と言っても難しい話ではなく、簡単な話で済ませておいた。小難しく話したところで理解はされないだろうし、少しだけ理解できれば天樹姫はそれで満足なのだ。


「なるほど……んで、この神社……えーっと、アマノトウオオカミ様?ってどんな神様なんす?」

「豊穣の神ですね。」

「ほ、ほーじょー?」

「作物がよく育つってことですよーあとはまぁ色々と小さいことも。」

「というとあれか!祈ったら翌日には作物が育つのだろうか!?」

「いや、そこまで極端に育ちませんよ……」


 話は笑いを交えながらも深夜まで続いた。

 みんなが笑顔で話し合う中、ただ1人だけ、リュエールは苦笑いを浮かべながら相槌を打っていた。

 質問が飛び出す度、天樹姫の琴線に触れたのではないかと、布団を用意してもらって寝るまでドキドキハラハラしていたのだ。不憫。



 翌日。ルマダ達は今までにないくらい気持ちのいい目覚めを体験した。

 頭の中がすっきりと冴えわたり、体があまりにも自由に動くので何歳も若返った気分であった。魔力も今まで以上に感じられ、自分のことながら、昨日の自分とは別人な気がするほどであった。


「これは凄い……」

「もしかして、例のアマノトウオオカミ様っての加護じゃないのか?」

「かもしんないっすね……俺、昨日本当に死にかけたんすよね……?」


 外で軽く体を動かしながら余りの快調ぶりに喜び半分困惑半分のルマダたちは天稲大神のおかげかもしれないと、昨夜天樹姫に教わった通り、賽銭箱なる箱に手持ちの金……とりあえずこの神社にめぐり合わせてくれたお礼にと銀貨をそれぞれ1枚ずつ放り込んだ。

 そんな光景を見た天樹姫は、異世界初めての賽銭に気を良くし懐からある一本の矢を取り出しリーダーである、ルマダにその矢を渡した。

 矢を不思議そうに受け取ったルマダ。それもそのはず、その矢には本来あるべき矢じりはなく先端が丸いのだ。


「アマギキ殿、これは?」

「それは破魔矢というものでしてねーまぁ要するに魔を払う矢なんです。流石にずーっと効果があるのもアレなんで、とりあえずこの森に出るまでの間。会いたくなければ魔物に会わなくなりますよ。」

「な!?マジックアイテムということか!?」

「んーそうなりますかね。」


 天樹姫としてはそんな大層な物のつもりではないのだが、冒険者たちにとっては大したもののようだ。限定的ではあるが、魔物を一切避けつけないとなれば、傷を負った冒険者も、職業を変えれば、商人だって欲しがる一品だろう。全員が目をひん剥いて破魔矢に目が集中している。天樹姫本人はその価値に全然気づいていないのだが。


「有難く、受け取らせていただく!そしてこのご恩はいつか返させていただくぞ!」

「ふふ、楽しみにしていますね?」

「お世話になった!」

「また近くに来たら寄らせてもらうっす!」

「あ、ああああ、ありがとうございました!」


 やっぱり最後までリュエールは緊張しっぱなしだった。



 ルマダたちは、自分たちの依頼主である今まで調査していた森に面している領地の領主の館の執務室に赴いていた。

 自分たちの目の前の、豪華そうな椅子に座る男は、この館の主であり、領主のゴルード・ツェルジェノ。ルマダたちパーティに異変を感じられたといわれる森への調査を依頼した男だ。

 彼はペンを片手に書類と格闘しながらも、ルマダたちの報告に耳を傾けていた。


「ほう、マッドスパイダーに噛みつかれておいてよく生きてるね、ザジ君。悪運強いねぇ。」

「いやぁ、あの時は自分も死を覚悟したっすよー……」

「で?なんで助かったんだい?私としては気になるなぁー?」

「そうなのだ、ゴルード殿!毒を喰らい、瀕死のザジを連れ、我らは森をさまよった、そしてさ迷った先である建物を見つけたのだ!」

「建物?あの森にかい?」


 ゴルードはそこでペンを止め、ルマダに視線を向けた。


「あんな森に建造物なんて、よほどの馬鹿じゃない限り、建てないと思うんだがね?」

「そうだろうとも。俺も最初はそう思った。だが、そこは不思議と静かな場所なのだ。まるで、外とはまた別の空間のように。」

「続けて?」

「もしやと思い、駆け込んだ我らは助けを請うた。すると奥から……いや、違うないつの間にか美女が現れたのだ。見たこともないほどのだ。」

「ほー美女、ねぇ?」

「その美女……名をアマギキ殿というのだが、彼女にザジが毒ということと伝えるとな、ザジに触ったのだ。そしたら治ったのだ!」

「!?待て待て待て!ストップ、ストォーップ!」


 ルマダの説明にゴルードは聞き逃せない部分があり、そこで待ったをかけ、ルマダが言った言葉を脳内で反芻させると改めて聞いた。


「触れたら治ったって言った?」

「言った。」

「そのアマギキ殿?は何か言ってた?魔法名とか……」

「そういえば言ってなかったなぁ?」


 ルマダの同意を求める声に、ザジもハラルダもリュエールも黙って頷いた。リュエールは、天樹姫が魔力を用いずに治したことに気づいていたが、荒唐無稽なことであり、信じられるとは思わなかったので話すことはなかった。

 ゴルードは、アマギキという人物が無詠唱で魔法を唱え、あまつさえ強力といわれるマッドスパイダーの毒を解毒できるほどの魔法使いの存在に頭を抱えた。なんでそんな存在があの森にいるのかと。


「そ、それで……君たちどうしたの?そこで一泊したの?」

「おぉ、そうだ。なんでもその建物は教会じゃなくてー……ん?何だったかな?」

「神社っすよ、大将。」

「お、そうだ!神社だ神社!神社とやらに泊めてもらったのだ!」

「……神社?」


 聞きなれない単語に、ゴルードは首をかしげる。

 だが、それと同時に執務室の扉が勢いよくあけられた。

 そこから現れたのは金髪の利発そうな少年でその頬は赤く染まり、興奮しているのが分かる。

 彼の名前はレッロ・ツェルジェノ。歳は6歳でゴルード曰く変なことばかりするが、いろいろ優秀な子供なんだとか。しょっちゅうこの館に出入りするルマダたちもレッロのことはよく知っている。


「おう、ご子息殿。どうした?」

「今!今神社って言った!?」

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