第23話 天樹姫がそれを望む理由
「念のため聞くけど、あの魔物の中で最弱と呼ばれるスライムの事でいいのかな?青くて丸くてぷよぷよした……」
「そうそう、そのスライムです。一通りこの森を隅まで見渡したんですけどねーどうしてもスライムが見つからないんですよ。」
それはそうだろう。とリディリは心の中で突っ込んだ。
天樹姫が平然と暮らしてはいるが、この森は魔族の中でも危険な場所と恐れられており冒険者の中でも指折りのものしか満足に進むことのできない森だ。そんな所に最弱の魔物が生きていけるだろうか。いや無理だ。ものの数秒で餌になること間違いなしだ。
「持ってくる分には構わないが……どうするつもりだい?すでに2匹魔物を従えているじゃないか。」
魔物を従えているというジークルトの言葉に天樹姫を除く全員が辺りを見渡した。しかし、魔物と呼べるような気配も何もない。強いて言うならば石の道を挟み向かい合うように設置された狼型の魔物の石像があるだけだ。
「流石は魔王様ですね。正直、看破されるとは思いませんでした。ほら、ウスケにアコ。もういいですよ。」
天樹姫が2対の石像に声を掛けると反応するかのようにピクリと動いた。それだけではなく、次第に石特有の灰色が抜け落ち、代わりに一切の汚れを感じさせない白い毛が露わとなった。そして最終的に、2対の石像は2匹の魔物へと変化し尻尾を振りながら天樹姫にすり寄った。
「ほう?石から生物に変異した?ガーゴイルとはまた違うようだが?グライア、お前はあれに気付いていたか?」
「恥ずかしい話、全くだ。ガーゴイルならば内に秘めた魔力や気配を察せれるのだが、あの石像は本当にただの石とした認識できなかったぞ。」
「か、可愛いです……!!」
グライアとリディリが石像から変異し動き出したアコとウスケに真面目に話している中で、黒のドレスを着た少女はキラキラとした目で2匹を見つめていた。出来れば撫でたいが、突然そのようなことをすれば失礼だと分かっているので動けずにいた。
しかし、それに気付けぬ天樹姫でもなかった。少女に対して優しく微笑むと
「撫でますか?」
「よ、よろしいのですか?」
「えぇ、アコとウスケもいいでしょう?」
「ガウ!」「キャウ!」
「ありがとうございます!あ、私、ジークルトお兄様の妹で、アリスと言います。よろしくお願いいたします。」
丁寧に挨拶するアリスに天樹姫もそれに応えて自己紹介をし、アコとウスケにアリスの対応をお任せする。
ふわふわもこもことは言わないが、滑らかな肌触りにアリスは目を細め、2匹と戯れる。
「さて、話を戻しますけどスライムが欲しいのは単純に触れてみたいんですよね。あとちょっとした実験です。」
「実験?今実験と言ったか?内容を聞いても?」
「秘密でーす……っとそういえば他の方のお名前をお伺いしても?」
実験と聞いて迫ってくるリディリを笑顔で受け流し、忘れていた自己紹介を促した。
「むぅ……まぁいい。私はリディリ。研究者兼医師だ。」
「なるほど、リディリさんですね。見た目とは違って相当お年をめされているんですね。」
「ほう、分かるか?この身は不老不死でね。……まぁ、このナリのまま不老なのは不満だが、おかげでいろんな知識を蓄えているんだ。」
「それはそれは、結構なことですね。」
「だからこそ!貴女が渡したという魔癒草が不可解なんだ。よろしければ後でその魔癒草を植えているところを見せていただいても?」
「構いませんよ?」
許可を得たことでリディリが固くこぶしを握った瞬間をグライアは見逃さなかったが、魔癒草を見た欲求を押し殺し、今すぐ見せろとまでは言わなかったことを秘かに評価していた。
さて、後自己紹介をしていないのは……
「わ、私、マハータと言います。その、先ほどは失礼な真似をしてしまい……」
「お気になさらず。不意に出てきた私にも問題はありますし、あなたは護衛としての務めを果たしたにすぎません。ですが……」
「ですが?」
他に至らぬことがあったのだろうか、マハータは顔を青くし、天樹姫の言葉を待った。
「あなただけ何か見た目とのギャップ激しすぎます。」
「そんなこと言われても!?」
実際そんなことを言われてもなのだが……ツリ目で赤い鎧を纏って大きな斧を武器としている……パッと見、気の強い女騎士なのだが実際はポンコツ成分の強い気弱女騎士なのだった。
フォローしておくと、グライアの部下の中でもマハータの実力は高く、ポンコツ具合がなければNo2とも言われている。そんな彼女が今回ジークルト達に同行しているのは完全に森を進めるだけの戦闘能力のためだ。
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「分かった。スライムはこちらで用意しよう。1匹でいいかな?それとも大量?」
「1匹でお願いします。」
「うーん……しかしスライムだけというのもね……」
「ではそちらの美味しい食べ物でいいですよ?あと酒。」
「おや、酒を嗜むのかな?」
「えぇ、少しですけど。」
天樹姫にとっての酒の少しは、神からすればの少しなのだが……その事実を知る者はこの空間にはいなかった。
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