第24話 天女故に

「嘘だぁ……」


 天樹姫の香草畑の前で膝をつき項垂れているのは、挨拶もそこそこに魔癒草を見せてくれと迫ったリディリだった。当然、失礼な態度をとるなとグライアに叱られたのだが、天樹姫が可を出したため全員を畑に案内したのだが、まぁ今の状況につながる。

 しかし、リディリの反応も無理もないのだ。彼女は研究者として医者として優れた研究対象の魔癒草をそれこそ何年も研究してきたのだ。どうすれば群生させることができるのか、どうすれば質の高い魔癒草を生み出すことができるのか。

 ジークルトが病に伏した時も、魔癒草を採取できなかった時の妥協策として自身の持つ1本だけの魔癒草の効力をどう高めるか頭を悩ませていた。そんな時、グライアが魔癒草を持ってきたとき、魔王の病を治すことができると喜びもしたが、心の片隅では絶望していた。それはグライアが群生していた魔癒草の一部をもらい受けたと言うからだ。自分以外にも魔癒草を研究しているものはいるだろう、それは分かっていた。が、グライアがそれを持ってきたということは、誰かが研究に成功したことということになる。

 今回、リディリがジークルトに同行することを希望したのは、魔癒草の人工繁殖に成功した人物に会うためだ。別に貶めたりするつもりはない。研究資料を覗き見てやろうなど言語道断。ただ、どんな人物か見てみたかった。あとちょっとヒントだけでも欲しいなって。

 実際は、どこかぽわぽわとした見たことのない装束を着たアマギキという女だった。研究者とも医者とも見えないので、偶然持っていた数本の魔癒草を渡し、その美しい容姿からグライアが彼女に惚れ込み、持ち上げるために嘘をついたかと勘繰ったが、すぐに否定した。

 グライアは愚直な男だ。政治的なことを任せられないほど嘘が苦手な男だからそのようなことはないだろう。では、本当にこの女が?そう思ってはいても経ってもいられず、畑に案内してもらったのだが、これがまぁ魔癒草いっぱい。


「凄いなこれは……僕もビックリだよ。」


 流石の魔王も、目の前の光景にはにわかに信じられず苦笑いを浮かべていた。先ほどまでのさわやかな薄笑いはどこへやら


「これが薬草なんて私の方が、ビックリしましたよー確かに治癒効果はあったみたいですけどあんまり気にしませんでしたね。」

「なっ!で、ではこれが本当に香草だと!?」

「えぇ、グライアさんも美味しかったですよね?魔癒草の佃煮の入ったおにぎり。」

「食った!?食ったのかグライア!」

「お、落ち着けリディリ!食った!美味かった!腹を殴るな!」


 貴重な魔癒草を佃煮なぞ何かわからないものにした挙句、それを食べたなどよく分からない怒りが沸き、その矛先がグライアに向けられた。グライアも知らずに食べ、食べ終わった後に魔癒草が入っていると聞いてしまったので、彼は実は悪くないのだが。

 さて、リディリは今とても興奮している。それは彼女も良く分かっているので大きく深呼吸をして一番聞きたかったことを聞いてみる。


「アマギキ殿……この魔癒草、どうやって繁殖させたんだ?いや!言える範囲でいいんだ!」

「いえ、特別なことは何も?というか、勝手に生えてくるんですよね。生えすぎない程度に」

「んぅ!!!」


 リディリは珍妙な声を上げ、倒れた。ものの比喩ではなく、先ほどのマハータのように本当に地面に伏した。


「あり得るかぁ!そーんな魔癒草が生えすぎない程度に生えるってあり得るかーい!」

「おいリディリ、落ち着け。」

「落ち着けるかぁ!だってこれアマギキ殿嘘ついてないもん!嘘ついている目じゃないもん!」

「神に誓って嘘はついてないですよ?」


 神の部下ともいえる天女が言うと説得力が違う。

 流石の天樹姫も、目の前のリディリの奇行に近くにいたアリスに彼女の奇行の原因を聞いた。

 アリスもリディリの事は赤ん坊のころから知っているので、魔癒草を研究していることもよく知っているので、そのことを天樹姫に話す。

 そして天樹姫は気づいた。自身の何気ない行動が、研究者としてのリディリを傷つけてしまったことに。天樹姫は天女で、余程の事でなければ神に近い人知を超えた力でそれを可能とする。そして天女としての己を知らない他人から見れば、とんでもないことを平然とやってのける規格外の人間だ。そしてそれは人の努力を嘲笑えてしまう。

 いたたまれなくなった天樹姫はリディリに声を掛けようとしたところで――リディリが不意に起き上がった。


「あぁそうか、漸く理解できた。」

「あの、リディリさん?」

「アマギキ殿――いや、アマギキ様。貴女が神だったんだな。」

「……はぃ?」

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