聞し召しませ天樹姫様～日ノ本から来た天女様～

第15話 異世界の食事

　食堂に案内されている途中の天樹姫はそれはもう顔には出さなかったが、ルンルン気分であった。何しろ、異世界初の異世界料理。心が弾まないわけがない。

　天樹姫が作れるのは元の世界に沿った料理のみ。つまりは、マンガにて有名な所謂マンガ肉なんかは作れない。肉こそこの異世界にはあるが、焼き方が分からないからだ。

　そんな訳で天樹姫は異世界料理を期待していたのだが――神が思ってる以上に現実は残酷だった。

「oh……」

　食堂にて並べられた料理、それはご飯と焼き魚とだし巻き卵に肉の入った汁物と何かの野菜の和え物だった。箸も備わり見た目完璧に日本食。それも家庭料理そのまんまだった。

　茫然としている天樹姫を横にゴルード氏は、「おぉ、料理長め中々に張り切ったな。」と言っていることから豪華な料理に分類されるのだろう。

　それが天樹姫にとっていいかはどうかは……

「美味し、そう、ですね。」

「そうだろう！貴女が頂いた米に私の息子が考案した料理。今や我が領地では、それが人気でな。」

「ソウナンデスカー。」

　それはもう自慢したいんだと次々と言葉を紡ぐゴルードに天樹姫は自分がこれに近い料理を結構な頻度で作って食べているだなんて言えるはずもなかった。流石にそこまで空気ブレイカーではなかった。だが、顔には何とか出さなかったが、天樹姫は落胆していた。

（い、いや、まだです。まだですよ……食べてみれば全然味が違うなんてことも）

　夫妻もレッロも、ルマダ達も料理に手を付けている。ちなみに箸はこの世界に普通に存在するらしい。

　天樹姫は一発逆転、未知の味を求め箸に手を付け料理を口に運ぶのだがそういう流れの時、得てしてその後も悪い流れになるという訳で。

（コンソメスープだ……これサンマだ……これホウレンソウっぽい……あとで一房貰っときましょ）

　そのまんま日本食だった。思えば、この料理はレッロが考案していたといっていたし、味が近くて当然だ。ただ、美味しくはあるのだが圧倒的に足りない。視線を感じ、そちらに目を剥けるとレッロが天樹姫をしきりに見ていた。

（なるほど。軽く謀られましたかね。）

なんちゃって日本料理。このままでも余裕で美味しく食べられるのだが、本物を知っている天樹姫からしたら足りないの一言に尽きる。そしてその不満はある一つの物を取り出しただけで解決する。

　天樹姫は軽くため息をつくと、懐から黒い液体の入った瓶を取り出した。そしてその瓶にはキッコーマンと書かれていた。

「おや？アマギキ殿、それは……？」

「これは……あー、私の故郷の物で、醤油と言います。言うなれば調味料ですね。」

　そういうと天樹姫はサンマに近い魚と野菜のおひたしに醤油を軽くかけ、一口。

　口の中に広がる慣れ親しんだ味にこれだと言わんばかりに目を瞑り頷いた。サンマっぽい、ホウレンソウっぽいだけで味は微妙に違うそれらだったが、醤油はそれをものともせず味の質を向上させた。

　さて、元々米というものをこの領地にもたらした天樹姫だ。そんな彼女が取り出し、料理にかけた他の誰かが出したならば敬遠しそうなそうな黒い液体が不味いわけがないと、彼女のもとに食堂中から視線が集まった。

　最初こそ気付かぬふりをして黙々と料理を食べていた天樹姫だったが耐えられなくなり……醤油を差し出した。

　予想通り醤油は大盛況。皆かけるわ、かけるわでかけ過ぎるわで食事は大いに盛り上がった。

「あ、アマギキ殿。これももしや米から！？」

「いいえ、これは米とは違う作物を加工してできるものです。」

　大豆のことを知っているかと聞いてみると、全員首を横に振った。レッロも横に振ったが、それはこの世界ではということだろう。

　そこで意を決したようにレッロが天樹姫に話しかけてきた。

「あの、天樹姫さん。例のご褒美の件ですが……」

「はい、大豆の種です。」

「え、早っ！？」

　流れからして要求されるものが分かっていた天樹姫はぽいとレッロに向けて大豆の種が入った小袋を放り投げた。天樹姫の予想外の行動にレッロは慌てたものの、何とか小袋はキャッチできた。

「アマギキ殿、よろしいので？」

「約束してましたからね。別に構いませんよっと。もし、大豆の栽培が成功したら料理の幅はもっと広がりますので、頑張ってくださいね。」

「料理の幅……そ、そうだ。アマギキ殿。貴女にお頼みしたいことがあるのだが！」

「あぁ、お米は自由に売って構いませんよ。」

「……分かっていたのですか？」

「気にすることはありませんよ。私は苗を渡しただけ。育てたのはあなた達です。それをどうしようかはご自由にどうぞ。」

「いえいえ！渡しただけなどと！息子に聞きましたぞ、米の育て方まで教えてくれたと。」

　そこで天樹姫は箸を止め、笑顔のままギギギとレッロの方へ視線を向けた。ゴルードの言葉に全く身に覚えがない。苗を渡したのははっきり覚えているのだが、育て方まで教えたつもりはない。

　そうだ。そこだったのだ。天樹姫が一番疑問に思っていたのは。

　何故、レッロ・ツェルジェノは、米の育て方を知っていたのか。