第14話 領主と対面

 突然だが、天樹姫はおよそ完璧と呼べる神ではない。いや、完璧な神など、いないのだろうが、あえて言うのであれば、天樹姫は神の中でも未熟な方で、神と言えば思いつくであろう「全知全能」では無かった。

 それ故、天樹姫にも分からないこともあり――彼女の目の前にある、夕焼けを浴び黄金に輝く、収穫しごろの夏の稲穂を彼女は知らなかった。


 森から出て少し歩くと本当にすぐに住居である建物がちらほらと見えて……ついに件の田んぼにたどり着いた。天樹姫は茫然とその田んぼを眺め、隣に立っているこの田んぼのある領地を統べる領主の息子、レッロに聞いた。


「レッロさん、あなた転生者ならわかりますよね?目の前の異常事態が。」

「え、でも天樹姫さんの所でも……」

「あれは私がいて特別な場所だからですよ!……すいません、取り乱しました。ですが、おかしいですね。私は普通の苗を渡したはずですが。」


 胸に手を当て、深呼吸をし己を落ち着かせる天樹姫。いつものんびりと落ち着いている主の取り乱した姿を初めて見たアコとウスケは開いた口が塞がらなかった。

 天樹姫の渡した苗は本当に何でもない日本で買えるものであった。ちなみにコシヒカリ。

 天樹姫の言った通り、神社で育てれば見る見るうちに育つだろう。しかしだ。目の前の稲穂は、神社とはかけ離れた森の外で育てられたものだ。そのため、天樹姫は何故こんなに速いスピードで育成できたのか、理解できずにいた。


「えーっと、とりあえず天樹姫さん。僕の屋敷に来てください。そこでなら落ち着いて話ができるでしょうし……」

「そうですね、よろしくお願いします。」


 そうして天樹姫はレッロの案内の元、彼の住まう屋敷に向かった。

 勿論領地である故、領民とすれ違うのだが、その誰もが通り過ぎた天樹姫たちを振り返った。

 それもそのはず、天樹姫の美貌に目で追ってしまうのだ。ちなみに、天樹姫は視線にこそ気づいているが、その理由が自分の服装にあると思っている。確かに、巫女装束は珍しいが……


 ツェルジェノ家の屋敷は、天樹姫から見たらそれはもう立派な屋敷だった。

 それを見た天樹姫の最初の感想は「あ、こんなのなんですね。意外にちっちゃい。」だった。高天原の物と比べれば領主の屋敷なんてそんなものだったりする。そしてレッロは地味に傷ついた。

 さて、天樹姫たちを最初に迎えたのは、この屋敷に仕えているメイドたちだった。

 流石は、領主に仕える鍛え上げられたメイド。皆、天樹姫の美貌に反応することなく……いや、2人ほど見惚れて礼が遅れた。彼女らは後でメイド長に叱られることだろう。南無。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま。ならびに、冒険者の方々。」

「ただいま。父様達は?」

「執務室にいらっしゃいます。奥様もご一緒で、お客様をお連れするようにと。」

「分かった。すぐに向かうよ。――天樹姫さん、いいですか?」

「構いませんよ?……っと。アコとウスケはどうします?一応魔物ですけど……」


 聞くと床を汚さなければ、問題ないらしいので天樹姫は、2匹に命じ、自分の足を自分達で洗わせた。

 

 屋敷の中は、天樹姫の思っていた、成金領主のようなものとは大きく異なっていた。美術品もあることにはあるのだが、そこらかしこにあるというわけではなく、まちまちだ。あまり金を使わない領主なのだろうかと天樹姫は感じた。かと言って良い領主かはまだわからないが。

 メイドの先導の元、一行は屋敷を進み、ある扉の前で進行が止まった。

 ここがツェルジェノ夫妻の待つ、執務室なのだろう。メイドの1人がノックし、中から聞こえる声と何回か言葉を交わすとゆっくりと扉を開いた。

 どうぞと言われ、レッロを先頭に執務室へと入った。


 天樹姫たちを迎えたのは精悍な顔立ちをした男と、どこかレッロに似ている優しい顔立ちをした女性であった。

 そのどちらもが立派な服を着ていて、身分が高いものだということを表していた。


「ただいま帰りました。父様、母様。こちらが件の天樹姫さんです。」

「あぁ、ご苦労だったな、レッロ。怪我はなかったか?」

「えぇ、ルマダさん達が守ってくれましたから。」


 本当はルマダ達がいなくとも1人で出来るのだが……そこは内密にしているようだ。前回、神社に訪れた件は偶然迷い込んだことにしているらしい。

 親子の会話と、ルマダ達に対するねぎらいもそこそこに、領主の目線は天樹姫へと移った。


「貴女が息子の話していた、アマギキ殿ですね。私はこの領地を治める者。ゴルード・ツェルジェノと申します。こちらは妻のリシーティア。この度は息子を保護していただき、感謝の言葉もありません。」

「あ、え、はい?」


 保護した記憶はないのだが……レッロがなにやら目くばせをしてくるので、なんとなく察した天樹姫は、とりあえず感謝を受け入れておいた。


「それに加え、あのような珍しい作物まで譲っていただいて……最初に息子に勧められたときは半信半疑でしたが素朴でありながら、飽きさせないどころか他の食べ物とも合う……私は感動しました。」

「そ、そうですか。」


 熱心に語るゴルードに天樹姫は、少しばかり引いた。元の世界では当たり前すぎた米がここまで人を虜にするとは思いもしなかったからだ。


「そこでなのですが……ここに来る前に見ていただいているでしょうが、我が領では米を育てさせていただいております。アマギキ殿がよろしければ、このままうちで育てさせていただくことはできるでしょうか?」

「あら、いいですよ?元々そのつもりで渡したんですから。」

「本当ですかな!」

「えぇ。」


 その言葉に嘘はない。だが、領主の態度があまりにひどかったら実は回収するつもりだったのだ。だが、このゴルードはどの出かもわからない天樹姫にそれは丁寧に接しており、そこに悪意がないことも天樹姫も察していた。なので、了承することにした。


「あぁ、良かった。断られたらどうしようかと思っていたのです。今日は是非、屋敷にお泊りになってください。食事も用意させていただきますので。」

「食事ですか!」


 食事。その言葉に天樹姫は喰いついた。

 別に腹ペコというわけではない。純粋に異世界の食への好みだ。天樹姫はこの世界の物で調理してきたとはいえ、あくまで元の世界のレシピに則ってのものだ。それ故異世界の料理にはすこぶる興味があったのだ。

 うきうきして嬉しくなった天樹姫は、懐からある2つの物を取り出し、ゴルードと、リシーティアに渡した。


「えーっと、アマギキ殿。これは?」

「一泊お世話になりますからね、お土産です。ゴルードさんは、この部屋の物を見る限り、お酒を嗜まれますね?」

「そう、ですな。」


 確かに、この執務室には何本か酒の瓶が置かれていた。そのどれもが赤いのでワインであろうが、天樹姫が渡したのはワインではなく、ラベルの剥がされた純米酒だった。


「それは、米で作られたお酒です。」

「何!?米でお酒が造れるのですかな!?」

「えぇ。ですが、手法は秘密です。これは自分で見つけてくださいね?」

「あ、あの、アマギキさん?私のこれは?」

「美容液です。これからの季節、暑くなりますからね。それをつけて対策なさってください。」


 ちなみに純米酒も美容液も天樹姫が作ったものではない。元の世界で作られたものだ。流石に、天樹姫であろうとも、美容液を作るのは面倒くさかった。純米酒は余裕で作れるが。

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