第13話 森の中を進む

 レッロたちを伴い、森の中を進む天樹姫は、本人こそ気づいていないが、初めての町へのお出かけにその顔はわくわくに満ちていた。

 狛犬たちも主の楽しそうな雰囲気につられ、その足取りも自然と軽くなっていった。ただ足取りが重いものもいて――レッロたちだ。


「あの人マジかよ……」


 ザジがぽつりと呟いた。誰も返事こそしなかったものの、その心の中では全員同意していた。

 元々異常な人だというのは最初の訪問のころから分かっていたのだが、自分たちも苦戦するブラックジェノベアーを従えているわ、森特有のでこぼことした地面を何でもないように、どんどん先に進んでいく。これを普通の女性と認識できる人間はこの世界にはいないだろう。


「ところでレッロさん?あなたの領地にはどれくらいで着くのでしょうか?一日以上かかるわけでもないでしょう?」

「そ、そうですね。夕方には着くんじゃないでしょうか。」

「それは魔物が現れることも含めての時間ですかね?」

「そうなります。」


 これが、レッロ1人であれば、アクセルの魔法を用い、もっと早く着くだろうが、今はルマダ達パーティも含め(一応)一般人扱いの天樹姫もいるのだ。彼女の肉目的で魔物が寄ってくるかもしれない。

 ……そこでレッロはあるものの存在を思い出した。


「そういえば天樹姫さん。ルマダさんに託したっていう破魔矢ってあります?」


 その言葉にルマダ達はハッとする。そう、それがあった。前回天樹姫と別れる際に渡された破魔矢なるもの。あれの効果は絶大だった。本当に持っているだけで魔物は寄ってこなかった。というか、魔物を見つけすら出来なかった。

 それがあれば、もっと早く楽に到着するのでは――そんな期待の眼差しを受けた天樹姫から出た言葉は


「ありますけど、使いませんよ?」

「……え?」

「いらないでしょう?そもそも、皆さんレッロさんを連れて神社まで来れたじゃないですか。なら帰りも大丈夫でしょ?」


 天樹姫のその顔に不安げな様子は一抹も感じられない。寧ろ自信満々だ。確かに自分たちにはそれが出来る力がある。ブラックジェノベアーのような大物さえ出なければ天樹姫、レッロを守りながら進むのも簡単……というほどではないができないことはない。

 大丈夫と言われてしまえばそこから破魔矢を出してなどと言えるわけもないので、ルマダ達は多少残念に思いながらも破魔矢をあきらめることにした。


 そして、当然のように自分たちの前に魔物は立ちはだかってきたが、ルマダ達は洗礼されたチームワークで焦らず騒がず冷静に処理をし、天樹姫はそれを楽しそうに眺めていた。



 森の中を歩き始めて数刻後、天樹姫の提案で一旦休憩することになった。

 腰を倒れた木の幹に下して疲れをとる――ルマダ達はそれだけの休憩のつもりだったのだが、天樹姫はそれだけのつもりではないようで、懐からすでにお湯の入った急須と数人分の湯呑とお盆を取り出した。


「ウスケ。」

「ワウ。」


 名を呼ばれたウスケは天樹姫のもとに駆け寄り、天樹姫はその背にお盆を乗せ更に湯呑を乗せ更に更にその湯呑に急須の中のお茶を注いだ。

 誰もがお茶が零れると危惧したことだろう。しかし、その心配はなかった。

 背に乗っけられたお茶は一滴も零れることなく波紋を一切広げずそのまま保っていた。

 さらにお茶請けとしてすでに人数分に等分された羊羹をお盆に乗せ、皆に配るようにウスケに指示を出した。

 ウスケは軽い足取りのまま全員にお茶と羊羹を配り歩いた。流石に持ってもらうのは本人たちにしてもらうが、それでも早い動きで本人たちの前まで行った。もちろんその最中でもお茶は零れることはなかった。


 お茶もさることながら、羊羹は大好評でルマダとハラルダはペロリと食べてしまった。対照的にザジとリュエールは備え付けの菓子楊枝で小分けにしながらお茶と羊羹を交互に味わってい、レッロは懐かしいその味にこっそり涙ぐんでいた。



 休憩を切り上げ、更に森を進んで日が傾き始め、空がオレンジ色に染まりだしたころ、天樹姫が出立前に見た森の境を過ぎ、ようやく森を抜けることができた。

 初めて見る森の外の光景……千里眼を試みたがやはり使えなかった。いや、正確には使えた。とはいってもさっきまでいた森の中しか見えなかったのだが。


「森を抜ければ僕の領地はすぐです。さ、暗くなる前に急ぎましょう!」

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