第12話 お誘い

 それは何かと問われたら、かき氷としか答えられない天樹姫。レッロは転生者なのだから当たり前に知っているだろうと思ったが、暗にかき氷が欲しいのだと察した天樹姫は、懐からかき氷を取り出した。


「食べます?」

「「「「「食べる!!」」」」」


 かき氷を知っているレッロは言わずもがな、天樹姫が作ったものは絶対に美味しいものだと前回の訪問から分かっているので天樹姫の問いかけに間髪入れずに答えた。

 競うようにかき氷を受け取ると冒険者パーティはかき氷の存在を今まで知らなかったのか、一気に掻き込むと……当然のごとくアイスクリーム頭痛が彼らの頭を襲った。レッロは、前世の知識から回避していた。

 頭痛に苦しんだ彼らだが、その味はしっかりと楽しんだようで今はゆっくりとかき氷の冷たさとイチゴの甘味を味わっていた。


 天樹姫はレッロ達が食べ終わるのを待つと彼らに訪問の目的を聞いてみた。

 ルマダ達とレッロ、それぞれがバラバラに来たのであれば、この前のお礼云々の話になるかと思うが、今回は同一の目的があってのことで一緒に来たのだから気になっていたのだ。

 かき氷の出現に当初の目的を忘れかけていたレッロは慌てた様子で話し始めた。


「天樹姫さん、用というのはですね……実は実りまして……」

「え?何がですか?恋がですか?」

「違います!僕はまだそんな人いませんって!お米ですよお米!」

「お米……?」


 記憶をめぐらす天樹姫。確か、レッロに米……正確には米の苗を渡したのは3か月前。苗とはいっても生え始めたばかりのものを渡したはずなのだが。

 首をかしげる天樹姫だが、目の前の少年が嘘をついているようにも見えない。


「レッロさん、実ったというのは、穂が垂れて黄金色に変わってるってことでいいんですか?」

「は、はい。一部ではもう収穫を始めてます。」


 まさかと思い、天樹姫はレッロに彼の領地の方角を聞き出すと、その方角に向かって千里眼を発動させた。もちろん、件の米の様子を見ようと思っての行動なのだが……見ることはできなかった。森の境目であろうところから千里眼で見ることができないのだ。

 訳の分からない異常事態に、天樹姫は心の中で舌打ちした。何度やっても千里眼で森から外を見ることができない。前の世界ではこんなことはなかったはずなのだが、出来ないものは仕方ない。天樹姫は千里眼を切り上げ、再びレッロに向き合った。


「そうですか。私としてもちょっと驚きましたが……要件は報告だけですか?あ、ご褒美の件もありましたね。」

「それもありますけど……父からですね、僕に米の苗を提供した天樹姫さんを是非ともうちの領地に連れてきてほしいと……」

「あら、そうですか。」


 なるほどと、天樹姫は得心がいった。要するにルマダ達は天樹姫を連れてくる際の護衛としてレッロに同行したのだろう。それなら一緒に来ても何らおかしくない。

 さて、確かレッロの父親は領主だと記憶していた天樹姫は、何故彼が自分を領地に招き入れたいのかを考えた。息子と接触した訳分からない女の素性を知りたいのか、はたまた米に関することか……あるいは利用か。あらゆる可能性を考えた天樹姫が出した答えは


「ええ、いいですよ行っても。」


 千里眼で見れない以上、自分の目で確かめたくなったのだ。それとレッロの住んでいる領地にも興味はあった。


「本当ですか!?」


 天樹姫の言葉に、レッロだけでなく、ルマダ達も安心したように胸をなでおろした。

 ゴルードからは「絶対に連れてこい」と言われていたため、もし断られた場合の言い訳を必死に考えていたのだ。だが、天樹姫が聞くというのであればその言い訳を考える必要もないわけで……例えば神社を離れるわけには行かないとか……というところでルマダはあることに気づいた。


「しかしアマギキ殿。この建物は放置していてもいいのか?盗賊が入り込むやも知れぬが?」

「そうっすよ!珍しい食べ物も置物もありますし、狙われちゃうっすよ?」


 この2人の心配は、実は問題なかったりする。

 この神社を取り囲む結界――この天樹姫以外の誰も感知していないが――は、邪なものは入れないものとなっている。そのような者からは認識されないようにも。

 そのため心配はいらないのだが……前の世界と異なり天樹姫の知らない力も及ぶ可能性もある異世界だ。天樹姫は万が一のことを考え最近できた知り合いに頼むことにした。


「大丈夫ですよ、優秀な警備員を知ってますので。」


 天樹姫が柏手を打つと、森の奥からズシンズシンと何かがこちらに向かって歩くような重い音が響いてきた。音の重さから、相当な大きさの何かが来ると察したルマダ達は立ち上がり、武器を構え音のする方向を警戒した。


「グルルルォン……」


 木々の間から出てきたのは見上げるほど大きな黒い毛皮をした熊だった。

 その熊を目の当たりにしたルマダは額に冷や汗を浮かべ呟いた。


「ブラックジェノベアーだと……!?」


 ブラックジェノベアーとは、冒険者の間で挑むときは大人数で挑めと言われるほど少数パーティで出会えば絶望的な程の強力な魔物である。

 ルマダ達は、実は相当な実力を持った冒険者なのだが、それでもこの魔物と相対するとなれば1人死ぬか、幸運であっても重体は免れないであろう魔物だ。

 緊張し、固まるルマダ達の間をすり抜け、天樹姫はブラックジェノベアーに近づき、手を伸ばす。

 誰かが、あるいは全員が危ないと声を上げようとしたその時、信じられない光景を目の当たりにした。

 ブラックジェノベアーが首を垂れ、天樹姫に己の鼻先を気持ちよさそうに撫でてもらっているのだ。


「いやー、今日もいい毛並みしてますね、クマさん。」

「グルルォン。」

「そうですよね、清潔が一番ですよ。弟さんたちは元気ですか?」

「グォウ。」

「あらら、まだお母さん離れ出来ないんですね。かわいらしいですねー。」

「グォン、ガウ?」

「えぇ、ちょっとお願いしたいことがありまして。かくかくしかじかなんですよ。」

「グラァウ。ガガウ。」

「そうですね。社の物盗ろうとした人いたらブチっとしちゃってください。あ、善良な人だったら襲っちゃだめですよ?その時は、このボードを見せてあげてください。」

「グルル。」

「いやいや、駄目ですよ。労働には報奨が無くてはいけません。そうだ、この前釣った魚なんですけど、流石に釣りすぎちゃいましたからね。半分ほどお譲りしますよ。」

「グルルォン!?ガウ!」

「えぇ、もちろんですよ。親御さんにも弟さんたちにもお腹いっぱい食べさせてあげられますよ。」

「グァウ!」

「えぇ、お任せします。」


 天樹姫がサムズアップすると、ブラックジェノベアーも同じようにサムズアップして見せた。

 こうして雇用の契約が済んだところで、天樹姫は振り返り、笑顔で告げた。


「じゃ、行きましょうか?」

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