第3話 天女様困惑

 天女様は悩んでいた。

 目の前に置かれたこの迷彩虎の生首の処理である。

 その生首を持ってきた件の小犬2匹は褒めて褒めてと言いたげに尻尾をぶんぶんと振っていた。自分たちより、一回りも二回りも大きな虎を狩ってきたとはいえまだ子犬なので褒められ盛りである。


「頭だけって……せめて胴体持ってきてくださいよ。」


 胴体を持ってくればどうにかしたというのだろうか。いや、この天女様は胴体があれば喰らうつもりだ。元の世界の人間であれば少しは抵抗したかもしれないが、天女様は恐れない。

 考えに考えた結果、天樹姫がとった行動とは――


「大神ーお納めくださーい。」


 天樹姫は迷彩虎の生首を掴み上げると、小犬たちを率い、拝殿へ入り更にその先の幣殿へと持ち込んだ。

 小犬たちが珍し気にキョロキョロしているのを尻目に、幣殿に備え付けられていた台に生首をぐちゃっと置き、パンパンと柏手を打ち軽く拝んだ。

 当然のことながら日本の神社の作法など全く知らない2匹ではあったがもしや何か意味があるのではと察し、柏手を打つことは出来なくても頭を下げ拝むことは出来た。


 すると驚くことに、台の上に存在していた生首はフッと消えてしまった。突然の出来事に2匹は驚愕したが、天樹姫は仕事は終わったとばかりに手を払うと2匹に「ほら行きますよー」とだけ告げさっさと出て行ってしまった。

 ちなみに初奉納にわくわくしていた天稲大神が、迷彩虎の生首に腰を抜かしたのは言うまでもない。



 迷彩虎の奉納から1週間ほど経過した。天樹姫は目の前の異様な存在に言葉を失っていた。

 その異様な存在というと……先日まで小犬だったはずの2匹だ。

 小犬達は迷彩虎の件の後も毎日神社に来ては、自分たちが狩ってきた鳥だの狸っぽい動物をお土産に拝んでいったのだ。

 天樹姫からしたら参拝客であるし、調理したら中々に美味しいお土産もくれるので追い返す理由は皆無だった。のだが、4日目くらいから違和感に気づいた。

 この小犬たち大きくなってきてないですかね?と。すぐに気のせいだと片づけたのだが。

 そして1週間経った頃明確な変化が小犬たちに訪れていたのだ。


「しめ縄……?それ、しめ縄ですよねあなた達。え?どこから生えてきたんです?」


 小犬達……いや、もはや犬だ。立派な成犬達の、それもシェパード並みのスラっとした犬達の首周りにそれはもう立派なしめ縄が巻き付けられていた。首疲れないのかこれ。

 犬たちは朝起きたらこんな感じになっていたと犬たち自身もかなり動揺しているらしい。

 天樹姫は、犬たちの姿には心当たりがあった。それは、狛犬だ。いや、心当たりのある狛犬と目の前の狛犬っぽい犬は似ても似つかないのだが。間違いなく本家狛犬はシェパードっぽくはない。


「もしかして、これが異世界の進化ってやつですか。話には聞いてましたけど無茶苦茶ですね……ゲームですか。」


 ため息をつきながらも天樹姫は犬たちの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。撫でられた犬たちは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をパタパタと振っている。進化して成犬になったとはいえ、中身はまだ子供なのだ。


「しかし、狛犬ですか。そうですね……そういえばうちに狛犬備え付けるの忘れてましたけど、いいかこれで。あなた達、ここで暮らすつもりはありませんか?狩りは行ってもらいますが、その調理はしてあげますよ?」


 天樹姫の提案に2匹は、それはもう嬉しそうに吠えた。当初は自分たちの恩人様であるアマギキ様のいるこの神社に来れるだけでも楽しみで仕方なかったのに、その憧れの神社に暮らせるとは思って見なかったからだ。その目はきらきらと輝いていた


「では、暮らす以上では名前もいりますよね。んー男の子と女の子ですか。」


 犬たちの腹をわしゃわしゃしながら天樹姫は2匹のあるないをちゃんと雄雌を見極めた上で名前を考えていた。

 折角名前を贈るのだから、いい名前を贈ってあげようと思考に思考を重ねた結果、いいものを思いついた。


「女の子の方、あなたは今日からアコです。男の子の方、あなたは今日からウスケと名乗りなさい?」


 ちなみに漢字で書くと阿子・吽助である。狛犬と言えば阿吽ということでそれぞれに付けた。当初はオスのほうが兄っぽいから阿吽を逆にしようと考えたのだが、それだとあんまりな名前になりそうだったので、急遽逆にしたのだ。その名前を口にしていけない。

 アコ・ウスケと名付けられた狛犬たちは、了承の意を籠め吠える。すると、その体がいきなり発光しだしたのだ。


「は!?何ですかまた何か起こるんですか!?」


 これ以上驚かさないでくれと天樹姫は嘆くが、狛犬たちは自分の意思で発光したわけではないので罪はないのだ。光の中で申し訳なさそうな顔はしているのだが。

 光が収まると、また変化していないかと早速天樹姫のチェックが入った。……まぁ変化らしい変化は見受けられなかったのだが。

 何の光だったのか、気にはなるが目の前のアコもウスケも自分の身に何が起こったのか定かでは無いようだったので天樹姫も諦め気にしないことにした。

 何にせよ、異世界に訪問してから1週間。ようやく天樹姫は独りぼっちから脱出したのであった。同居人、犬だけども。



 アコ・ウスケを向かい入れてから数日後、天樹姫達は庭で玄米茶を楽しんでいた。もちろんお茶は小箱から取り出した。……この小箱、正体は某キャッツ型機械人形の取り寄せかばんをモチーフとした便利アイテムだったのだ。天稲大神は親心でこの小箱を渡したのだが、親心にしてはチートすぎるのはご愛敬。

 さて、お茶を嗜んでいると、アコとウスケが同時に湯呑から顔を上げ、鳥居の先を睨んだ。何者かが、この神社に近づいていることを察知したのだ。

 とはいえ、そのような存在は最初から天樹姫は気づいていたのだが、気にせずお茶を飲んでいるのであった。


「アコ、ウスケ。考えなしに襲っちゃだめですよ?」

「キャンっ!」「ウォウ!」


 狛犬たちは賢いので無暗に襲うことはないと、天樹姫も信じているが、一応忠告しておいた。仮に襲っても止めてしまえばいいし。

 狛犬たちが感知してから何分か経ったのち、複数の人影が鳥居をくぐり神社の敷地内へと入ってきた。男女2:2の四人組の構成でいかにも異世界お約束な冒険者チックな風体をした者たちは、見る限り全員傷だらけのようだ。

 その中でも一人の女性に担がれていた、細っちょろい男は顔色がもはや土気色で生死の境をさまよっているとよくわかる。

 天樹姫達は自分たちの存在に気づいている様子ではなさそうなので、とりあえず傍観していたが、リーダー格なのか、一人の男が声を上げた。


「誰か!誰かいないか!怪我人がいる。すまないが休ませてくれないか!」

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