第4話 冒険者からの懇願

 リーダー格の助けを求める声を聴いた天樹姫の行動は早かった。

 アコとウスケを伴い、自分の出来る限る限りの風格を纏いながらゆっくりと冒険者たちに歩み寄った。

 そして、何も見てない何も知らない風を装いながら、語り掛けた。


「あらあら、どうかされましたか?」


 声をかけられた冒険者たちは奥から現れた見目麗しい女性の登場に思わず息を呑んだ。天樹姫は天女だけあって、男女問わず目を奪われてしまうほどの美貌を持っているのだ。言い方を変えるとAPP18。

 だが、冒険者たちもあらゆる修羅場を潜り抜けた猛者だ。すぐに気を取り直し、眼前の女性に向き合う。


「すまない!仲間が毒虫の攻撃を受け瀕死なのだ!休ませてもらえないか!」

「私からも頼む!寝るところだけでも構わない!」


 リーダー格の男と顔色が悪い細い男を背負った女性にそう言われ、天樹姫は毒を受けたという仲間に視線を移した。

 男はうんうんと唸っており顔中から冷や汗が滝のように流れ出ている。相当強い毒を喰らわされたのだろう。


「それは構わないのですが……解毒はされないんですか?未だに毒で苦しんでいるようですが」

「それが出来ているのならやっている……っ!だが俺たちが使える魔法ではこの毒は消しきれないのだ!」


 事実、この神社にたどり着くまで、冒険者たちはあらゆる手を尽くした。

 傷口から毒を吸い出そうとしたり、薬草を飲ませたり塗り込んでみたり、魔法を使える仲間に解毒の魔法を唱えてもらっても仲間の毒が取り除かれることはなかった。

 途方に暮れながらも、瀕死の仲間を担ぎ上げ、ようやくこの神社を見つけ、助けることができるのではないかと淡い期待を込めやってきたらしい。


「……休んだところで回復するとは思えませんが?」

「それでも!……俺は諦めたくないのだ。最早楽にしてやったほうがいいのかもしれん。だがそれでも……見捨てたくないのだ。」


 絶望的な表情で膝をつくリーダー格の男。その目には涙が滲んでおり、それにつられてか、細い男を背負っている戦士風の女性は沈鬱な顔に。魔法使いであろう、杖を持った少女はすすり泣いている。


「分かりました。いいでしょう。」

「っ!そうか、すまない。恩に着……」

「毒を治してあげましょう。はい。」

「「「え?」」」


 言うが早いか、天樹姫は、冒険者たちの間を風のようにするりと抜けると、ほいっと男の頬にに触れ、ほいっとあっという間に彼の体を蝕む毒を除去してしまった。ついでに失われた体力も回復させておいた。

 すると、今まで土気色だった男の顔色が一気に生気を取り戻し、荒かった呼吸も次第に落ち着いてきた。

 リーダー格の男は突然のことに理解できずにいたが、時間がたつにつれ、仲間の毒が消え去ったことができたことを察し、目から喜びの涙を流した。


「ん……?あれ?俺ァ、生きてんのか?」

「ザジ!!!!」

「ぼがっ!大将!?何ですかいいきなりぃ!」

「ザジ!おま、大丈夫なのか!?」

「へ?いや、うん。寧ろ体めちゃくちゃ軽い……って!ハダルラ、お前が背負ってんのかよ!おろせよ恥ずかしい!」


 仲間、ザジと呼ばれた男の回復に、大将と呼ばれた男とハダルラと呼ばれた女性は天樹姫がいることを忘れて感無量とばかりに喜び、天樹姫もその光景を少し離れた場所に移動しながらほほえましく見ていた。

 ただ1人、魔法使いの少女は信じられないものを見るような目で天樹姫を凝視し、杖を持つその手は秘かに震えていた。

 それに気づいた天樹姫は笑顔をそのままに魔法使いの少女に語り掛けた。


「貴女、お名前は?あ、私は天樹姫というものです。」

「ひっ!?リ、リュエールです……」


 突然話しかけられた少女は、小さく悲鳴を漏らしながらも名前を問われたので、それに答えた。

 そして意を決すると、自分が抱いた疑問を目の前の見慣れぬ服を着た女性にぶつけてみた。


「あ、あの、貴女は、なにをしたんですか?」

「何を、とは?」

「貴女には……魔力が一切感じられませんでした……!なのになんで解毒が出来たんですか?」


 リュエールは、小さいころから魔力を感知することに長けており、それ故に効率的に魔力を用い、魔法を行使することを得意としており、その結果、今のパーティで街ではやり手の冒険者として名を馳せていた。

 そんなリュエールが、最初天樹姫を見たとき、頭の中で疑問符を浮かべた。

 なんでこんな人がこの森のど真ん中にいるんだろう、と。

 この森――リュエール達が赴き、天樹姫が暮らしている森は、冒険者の中ではかなり恐れられており、経験を積んでいないと侵入して1時間で泣いて帰ってくるほどだ。普通、何の力も持たない人間がこの森に入ったところで、魔物に立ち向かうこともロクにできず死体になるだけだ。

 だが、目の前のアマギキと名乗る女からは、魔力は感じられないし、冒険者として生きていくうえで何となくわかる強者の雰囲気も感じられない。

 町の中で会えばなんとも感じなかっただろう。だが、この森だからこそ、アマギキの存在は異質に見えた。

 正直、この質問をした瞬間、リュエールは覚悟をしていた。死の覚悟をだ。

 同時に後悔もした。もしかしたら仲間も死んでしまうのではないかと。折角ザジが助かったのに、自分の不用意な質問で目の前の異質の機嫌を損なわせパーティ全員を殺してしまうのではないかと。

 死の恐怖に足を震わせるリュエールに、天樹姫は面白そうに笑い、彼女の頭に手を乗せ、優しくなで、彼女の耳元でそっと囁いた。


「安心してください。別に取って食おうとするつもりはありませんよ?ただ、あんまり踏み込み過ぎちゃだめですよ?」


 天樹姫としては、何故か怖がっているみたいなので、安心させてあげようかと思ってとった行動なのだが、リュエールは遠回しの脅しだと受け取ったのか、ガクガクと頭を頷かせていた。天樹姫は解せなかった。

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