第19話 魔癒草って何です?
「これは……神殿?いやしかし木造の神殿など聞いたことがないぞ?」
石で舗装されている道を進んだ先に現れたのは魔族の男が初めて見る建造物だった。神殿という答えに行き着いたのは、木造建築物が放つその雰囲気だ。言葉では言い表せないほどのそれは、宗教に明るくない魔族の男もそれに通じる何かだと察することができた。
ちなみに魔族の男が立っているのは拝殿の前であり、彼は屋根から垂れている謎の縄とその根元についている鈴を見ると……
「なるほど、これは呼び鈴か!すまない、誰かいないか!」
得心がいったのか、縄を掴み振るい、鈴を大きく鳴らした。振るわれた鈴は大きくカランコロンと音を立て、その役割を果たす。神を呼ぶという重要な役割を。
思った以上に大きな音が出たことに驚いた魔族の男だが、すぐに気を取り直し、顔を引き締めこの神殿らしき建造物の主を待つ。鈴の音が止み、自身の呼吸の音しか聞こえなくなったその時
「はい、いらっしゃいませ参拝者さん?」
「ぬぉっ!?」
声がしたと思ったら誰もいなかった魔族の男の前に見たことのない装束を身にまとった女性がいた。
一言で表すと美術品かと思うほど美しい顔立ちをした女性だった。が、それだけだった。幾千の戦いを潜り抜けた魔族の男は一目見ただけで相手の技量を図れるのだが、目の前の女性はこの森で生き抜けるような力強さも魔力も感じられない。姿を見なければ赤子と勘違いしてしまうほどだ。
そんな存在が、気配や予兆すら感じさせずにいきなり目の前にまるで最初からいたかのように現れたことに口を開閉することしかできなかった。
「あの?何か御用があったのでは?」
その言葉に、男はハッとする。そうだ、今は呆けている場合ではない。この異様な建物に住んでいるであろうこの女性ならば魔癒草を知っているかもしれない。何故この森に建物を構え、そこに住んでいるかなど、女性の正体は気になるが、それは後回しにすることにした。
「失礼した。俺は魔族のグライア・パルトラと申すものだ。」
「これはどうもご丁寧に。私は天樹姫と申します。」
「そうか、アマギキ殿か。それで用なのだが……魔癒草をご存じないだろうか?詳しくは言えないが。我が主の病の治療のため、どうしても必要なのだ。」
「まゆそう……?うーん知らないですねぇ。」
「そ、そうか……」
ダメ元とは言え、帰ってきた返答にグライアは大きく肩を落とした。
その様子から、グライアにとってその魔癒草とやらはとても重要なものだと察した天樹姫。しかし、知らないものは知らない。
「あの、その魔癒草?とやらの絵はないのですか?」
「む!?知らないというのは魔癒草そのものを知らなかったということか!そうか、あるぞ、これだ!」
一筋の光明が差し込んだグライアは、懐から同僚から預かった魔癒草が描かれた紙を天樹姫手渡した。天樹姫それを受け取るとまじまじと見つめ……るまえに
「あ、なぁんだ。香草じゃないですか。」
「は?香草?」
「いやー良かった良かった。ほらこっちに来てくださいな。」
紙を見るや否や、香草と即答。紙を返されたグライアは困惑する一方だが、とりあえずついていくことに。しかし、頭の中は「は?香草?嘘だろ?」で埋め尽くされ。無理もない。
が、現実は非情だ。いや、グライアにとっては良い結果なのだが……
「な、何じゃあこりゃああああああああああ!」
「これ、魔癒草って言うんですね。勉強になりました。これ、美味しいんですよねぇ。」
驚きのあまり、グライアは返された紙を落としてしまう。それもそのはず、そこには同僚から「群生することなんて今まで一度も確認されていない」と断言された魔癒草が、それはもう……群生していた。
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