第6話 レッロ・ツェルジェノは
レッロ・ツェルジェノは転生者である。何をもって転生者とするのであれば、レッロは前世の記憶を持っている。それもこの世界とは異なる、文明開化と産業革命と技術革新しまくりな世界で死し、この世界のツェルジェノの次男として生まれてきた。
転生前の名前は秋道徹。彼の覚えている限り、死因――というか、前世の最後の記憶が目の前に大型トラックが迫っていた光景なのでおそらく轢かれたのだろうと判断した。
さて、そんな彼の手には今しがた依頼を終え、去ろうとした父が雇った冒険者たちからお土産だともらった矢を眺めていた。
冒険者たちのリーダー、ルマダからこの矢の説明を聞いたとき、父ゴルード・ツェルジェノは目を丸くしたが、効力が切れていることを知ると一気に脱力したが、また別のことに気づくと疲れたように頭を掻きむしった。
「破魔矢……だよなぁ、どうみても。というか、破魔矢ってルマダも言ってたし。」
自室でベッドに転びながらも、レッロは熟考していた。
ルマダたちが迷い込んだという神社という建造物。最初は聞き間違いかと思ったが、彼らの説明を聞いていくにつれ、自分の知っている神社像と合致したことに驚嘆した。
何故なら、この世界には教会はあっても、神社なんて聞いたこともないからだ。事実、ゴルードも全く聞いた様子もなかったようだし。
そしてもう一つ、レッロにとって、聞き逃せない話をルマダはしていた。その神社の主から飯をご馳走になったらしいのだが、そのメニューが問題なのだ。
ルマダは、白い粒つぶした穀物が、こんな堀の深い器に盛られていて食べてみれば美味しかったと。
ザジは、茶色いスープがあって見た目に反していい香りがしたので飲んでみれば、温かい味がしたのだとか。
ハラルダは、白くて四角い何かプルプルした食べ物が気に入ったらしい。黒いソースを掛けると美味しさが格段に上がったのを今でも覚えているらしい。
ラストにリュエールは、緑色のお茶がとても安心する味で出来ればもう一杯飲んでおけばよかったと悔やんでいた。
「米とみそ汁と豆腐と緑茶じゃんそれぇ!!!!」
「ぼ、坊ちゃん!?どうかされましたか!?」
「あ、ごめん!何でもないから!」
思わず叫んでしまったのを部屋の前を通りすがったメイドに聞かれてしまったらしい。危ない危ないと、レッロは何とか心を落ち着かせた。
しかし、彼にとっては重要なことだ。その神社で振舞われた料理は間違いなく自分の知っているあの食べ物たちなのだ。もっと言うのであればみそ汁と豆腐にかけられたソースもあるというのであれば、味噌と醤油も存在する。
この世界の飯が不味いというわけではない。寧ろ、この館で働いているシェフの料理にはとても満足している。しているのだが――前世の記憶を持っている分、やはり日本の料理は恋しいのだ。ある意味、異世界転生のデメリットはここにあるのかもしれない。
「よし、行くか。――アクセル。」
恋してやまない日本食がそこにある。
それを胸に、レッロは窓から洗礼された動きで外に出ると、練習していた魔法を発動させた。アクセルは単純に移動速度の上昇の魔法。単純だが、下手なものが使うと行き過ぎて壁にぶつかったりなど中々に難しい魔法なのだ。が、レッロはそれを当たり前のように使いこなすと森目掛け駆け出した。
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「アコー、トマトの様子はどうですかー。」
「ワウン!」
「そーですかー緑色の実が成りましたか……やっぱり早いですね。」
天女様は実験を兼ねた家庭……神社菜園に勤しんでいた。
実験というのは、自分が祀っている神、天稲大神の豊穣の力がこの異世界ではどこまで及ぶのかということを調べている。
結果から言うと、予想以上に強かった。トマトなんて一昨日植えたばかりなのだ。しかも、小箱から出した一切手を加えていない売られている種を植えたのに。特別効果のある肥料を使ったわけでも、天樹姫の力を使ったわけでもないのだ。
それなのにもう、身を成している……これは明日か早くて今日中に赤く染まりそうですねとため息をついた。
もちろん、元居た世界ではこれほど成長が早くなるわけではなかった。豊穣と言っても、品質が少し良くなったり、気持ち成長が早まるくらいの恩恵しかなかったはずなのだ。
この世界は元の世界よりも神の力の影響を受けやすいのだろうか。たとえ、異世界の神の力だといえども。
「ウスケ、今日はこの種をあの土地いっぱいに植えてきてください。イメージ送りますので」
「ウォン!」
天樹姫は最近広げたばかりの土地の一角を指さし、ウスケの背に種の入った袋を乗せ、ウスケの額に指を当て、植え方のイメージを彼に送った。
ウスケは了承とばかりに一吠えすると、天樹姫に指示された通り土地の一角へと向かった。
さて、ここで疑問に思うかもしれない。狛犬であるウスケがどうやって種を植えるのかと。
答えは簡単――というか、卑怯めいたものなのだが、そういうスキルがある。というか、アコとウスケ曰く発現してしまったらしい。種まきに耕作というスキルが。
天樹姫は俗にいう、鑑定は使うことはできない。それ故半信半疑だったので、試しにアコに使わせてみたところ、出来てしまった。
まず耕作。アコが歩いたところが見る見るうちに耕されていくではないか。これには天樹姫も噴き出した。
そして種まき。アコが見定めたところに、背中に乗せた袋から種がポポポーンと飛び出しては土の中に埋まっていくではないか。これには天樹姫、ツボに入って大爆笑。アコは何故天樹姫が笑ったのか首をかしげることしかできなかった。
ウスケもアコ同様のスキルを持っている。そのため、天樹姫から受けた仕事はものの数分で終えた。犬の脚力で走るだけで耕され、腰を曲げずとも種が飛んで土に埋まるのだからこれほど楽な仕事はない。そして農家は泣いてもいい。すぐに植え終わったのもそうだが――
「いや、早すぎでしょうて。」
もう芽が出た。天樹姫がウスケに渡した、稲の芽が。
普通であれば4日ほどかかるのだが……天樹姫は、もはや笑いを通り越して呆れていた。
そこで、天樹姫は何かを感じた。
「ん?」
千里眼を発動させ、その感じた方向を見てみると見つけた。
齢10歳にも全然満たないであろう金髪の子供が森の荒れた地面を全く苦ともせず走っているではないか。しかも、こちらを目掛けてまっすぐ。
それだけでも驚きべきことなのだが、天樹姫の興味は別の所にあった。
「ふーん、そうですか。やっぱりいるんですね、転生者って。」
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