第37話 神社の前で

 場面は数刻前に遡る。日出天稲神社へと続く石畳の道に足を踏み入れたものがいた。女1男2という組み合わせの3人なのだが、その3人全員が容姿端麗・眉目秀麗と評されるであろう美貌をしていた。彼らはこの世界でエルフ――いや、ハイエルフと呼ばれるエルフの上位存在だ。

 本来彼らはこの森に住む者ではない。この森は採取や狩りなど短期で入るならまだしも居を構えるとなると話が変わってくる。それが、魔法だけではなく武術に優れたハイエルフでも例外ではない。天樹姫が異常なだけだ。

 それでも彼らには森に入らなければいけない理由があった。ハイエルフにとって、ある重要な存在の誕生を感知したためだ。それを確保するため、誕生を感知した巫女と呼ばれる職業の女ハイエルフのピエラ。彼女はすぐさま里の長に報告し、その場で使命を与えられた。


「巫女ピエラよ、必ずや連れて参るのだ。この里の未来はお主に掛かっている」

「お任せください、長様」


 危険な森ということは長もピエラも承知の上だ。それでも長はピエラに任せ、ピエラ自身も任された。こうしてピエラは長より預けられた彼女を護衛するための男ハイエルフのダシューとヨーランを伴い、森へと侵入した。

 何回か森へと入ったことのあるため、護衛を任されたダシューとヨーランはピエラがあの森に入ることは不安でしかなかった。あの森は里付近にある森とでは段違いで環境が違う。正直、今回の任務で死ぬかもしれない――と2人の脳内に過ったが、それでも逃げ出すわけにもいかなかった。

 結果から言うと、彼らは生きていた。勿論、楽勝だったわけではないが、思っていた以上にピエラが動けていたのだ。近づく魔物を察知しては得意とする精霊術で討伐する。過酷な環境に泣き言は言わず、警戒を怠らない。この人だけでいいんじゃないかとまではいかないが、それでもピエラの動きは素晴らしいと言わざるを得なかった。ただ、予想もつかなかった問題も浮き上がってきたのだが――


 さて、話を戻そう。場面はハイエルフの3人が石畳の道に足を踏み入れたところだ。3人の内、1人が口を開けた。


「おう、おめぇら。この石の道、どう見る?」


 眉間にしわを寄せ、石畳を凝視するピエラ。彼女自身、この森に訪れたことはあったが、こんな石畳は見たことが無かった。軽く舌打ちを鳴らすと傍の従者に声を掛ける。話しかけられた2人も2人で別の意味で眉間にしわを寄せることになるのだが。


「あの、巫女様?ですからもうちょっと言葉遣いを……」

「あぁん?いいだろうがよ。ここには爺共はいねぇんだ、少しくらい気楽にしゃべっても罰は当たらねぇよ」


 言いにくそうに彼女の言葉遣いを嗜めるダシューだが、ピエラは不敵な笑みを浮かべて返す。そう、ピエラの言葉は誤字でも何でもない。その整った顔、華奢な体つき、巫女と言う役職から想像できないほどの乱暴な口調こそピエラの本性だったりする。普段は滅茶苦茶ネコを被っていたようで、清純なイメージを抱いていた護衛2人は当初、結構なショックを受けていた。


「まぁまぁ、ダショーよ。ピエラ様もいつもあんな感じだと疲れるのだろう。こういう時くらいいいじゃないか。――で、ピエラ様。この石の道ですが、俺としちゃ異質としか思えませんなぁ。こんなもの整備しようと思っても魔物が邪魔しようとしてそれどころじゃないでしょう」

「だよなぁ?やったとしても相当な人手が必要となる。うちの里でもやりたくはないわな。それに……」


 そう呟くとピエラは石畳の続く先を見つめる。それに合わせて護衛2人も視線を負うが、特に気づくことはなかった。


「何か張られてんなぁ?結界、なのか?自然に溶け込み過ぎてよく分かんねぇ……んっ!?」

「巫女様!」

「ピエラ様!」


 同時に視線を感じ、ダシューは弓を。ヨーランは長剣を構え、そしてピエラは精霊術をいつでも唱えられるようにし、視線を感じた方角へ向き直る。その先は傍目から見るとただ木々が生い茂るだけだったが、3人は何かがいる確信した。数秒の沈黙ののち、草が音を立てて揺れ視線の正体が現れた。


「ブラックジェノベアー……ッ!」

「おう、あれがか」


 もはや悲鳴に近い声で目の前の存在の名前を告げるダシューにピエラは警戒度を上げすぐに動けるように腰を落とし、ブラックジェノベアーを刺激しないように声量を抑えヨーランに声を掛ける。


「えぇ、ピエラ様。想定の中でかなりヤバい奴ですよ。龍に次いで会いたくないやつです」

「勝てんのか?いやわりぃ……逃げれるか?」

「御安心を。ダシューと俺で何とか時間を稼いで見せますのでその内にお逃げください」

「それしかねぇか?」


 言外に見捨てて逃げたくないというピエラの声にヨーランは苦笑いを浮かべ、首を横に振る。それほどまでにブラックジェノベアーは脅威をなる存在なのだ。そのブラックジェノベアーはただこちらを見ている。まるで見定めているかのように。


「奴がこちらに向かってきたら俺が弓で牽制し、ダシューが突っ込みます。その隙にピエラ様はお逃げを」

「チッ……頼む」

「「お任せを」」


 護衛2人は覚悟を決めた。であれば、ピエラも逃げる覚悟を決めなければいけない。ブラックジェノベアーが動いた瞬間、自分は2人を見捨てて逃げる。体が地中から生えた鎖に雁字搦めに巻き付かれる姿を幻視したが、何とか振り払った。そしてついにその時が訪れた。


「え?」

「お?」

「ハァ?」


 3人の覚悟を知ってか知らずか、ブラックジェノベアーはその場を立ち去った。

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聞し召しませ天樹姫様~日ノ本から来た天女様~ @gin_17_

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