第32話 正体不明の何某

「中々言葉も上達してきましたねぇ、リフィア。」

「ありがとうごぢゃいまちゅ我が君。」


 魔王一行たちが帰還して幾日か経過した。その間、天樹姫は畑の様子を見たり、のんびりする合間にリフィアに言葉の発音の仕方など教えていたが、一言で言って優秀だった。ものの2日で発音をマスターし、色んな言葉を覚えて言った。……まぁ多少舌足らずなのはしょうがないだろう。

 さて、勉強を教わっていない間、リフィアが何をしていたかと言うと、天樹姫の育てた植物たちとコミュニケーションを取っていた。世界樹妖精とは言え、この畑の中では一番の新入りだ。リフィアはトマトやイチゴと言った様々な先輩から効率のいい栄養摂取の仕方、を教えてもらったり、受粉の手伝いをしてくれる仲のいい蜂(型モンスター)を紹介をしてもらったりした。

 傍から見ると、土から生えた少女が何も言わない作物に対して一方的に投げかけているという奇妙な光景になるのだが、天樹姫自身も植物の声が聞こえるので微笑ましく見守っていた。


 その時、天樹姫の感知に何か引っかかった。それは天樹姫だけでなくアコとウスケも何かを察したようで一様に顔をあげる。ただ、リフィアはそんな天樹姫たちの様子を見て首を傾げるだけだった。彼女には何も感じなかったようだ。


「我が君?どうちまちたか?」

「――いえ?何でもありません。私たちには関係のないことです。アコ、ウスケ?あなた達も動かなくていいですよ。」

「バウ。」

「キャウ。」


 気になって問いかけてみたがいつもと変わらない表情でそう言うのでリフィアはそれ以上踏み込まず「そうでちゅか。」とだけ返した。絶対に何かあったのは間違いないのだろうが、天樹姫が何でもないと言ったのだから本当に天樹姫にとってなんでもないのだろうと納得したのだ。


 天樹姫たちが感じたのは森に入るある一団の存在だ。

 だが、その一団と言うのはレッロとルマダたち冒険者でも魔王一行でもなく、一様に見たことの無い文様のついた装備に覆面をした男たちだった。顔も見えずに男だと分かったのは天樹姫が男だと感じ取ったからだ。

 物々しい雰囲気をした男たちはしきりに辺りを見渡し、その中の1人は方維持Ⓢ弱のようなものを取り出して何かを示しているのであろう針を観察していた。


(ふーん?調査しているんですかね。えぇっとこの方角は南ですか。あー、確かウォルーズ帝国でしたっけ?)


 魔王ジークルトが話していたこの森の東西南北に位置する様々な国。そしてその南に位置する国がウォルーズ帝国で彼曰く不可侵条約を結んでいるはずのこの森を手に入れよとしているとかいないとか。

 ジークルトの言葉を完全に信じたわけではないが、男たちの行動から見るに調査と呼べそうなものであった。……それがこの森を手に入れるためかどうかは天樹姫には関係のないことだが。ただ彼らがこの地を見つけたら招くかどうかと考えたら明らかに面倒そうなのでそっと彼らには見えないように結界に設定した。


「さ、ご飯にしましょうかねー……うん?」


 一応監視のつもりで、帝国の調査員と思しき連中を捉えた映像を視界の片隅に追いやったところで異変が起こった。連中は揃っていつのまにか全身を濡らし驚愕した面持ちで空を見上げていた。空に何かあったのだろう。口パクではよく分からなかったので音声もオンにしてみた。天女様は割と何でもありなのだ。


「なぁっ!?シュ、シュメーロンだ!」

「何でシュメーロンが動いているんだ!奴は湖から動かないのではないのか!」

「俺が知るか!報告事が増えたな!おい奴がどこへ飛んでいくのか確認しろ!」

「やっている!……んん!?」

「どうした!」

「消えた……シュメーロンが消えたぞ!」

「「「ハァ!?」」」


 そこで天樹姫は音声をオフに切り替えた。シュメーロンが何かは分からないが、その存在は姿を消したようなので、今度こそ食事の支度をと思ったところで、来客の気配を感じた。そしてそれと同時に……燦燦としていた空がどんよりとした雲に覆われ雨がしとしとと降り始めた。

 そこで天樹姫は察した。あ、彼だと。そして今日は晴れの気分なので、とりあえず雨雲を消し飛ばした。哀れ雨雲は霧散消滅!

 パンパンと手を払うと天樹姫は空より降りてきたその存在に声を掛ける。


「お久しぶりですね。龍さん。」

「いや、流石ですね……また晴らされましたね……えっとお名前聞いてませんでしたよね。」

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