第27話 感動 魔王一行

 さて、人は初めて見た食事見てどう思うだろうか。これは毒か、たとえ毒ではなくとも食文化から味覚が異なり、口に合わない可能性だってある。食うことに躊躇してしまうだろう。

 少なくとも天樹姫が振舞った料理は、魔王一行にとって魔族の国で食べたことの無い馴染みのある物では決してなかった。茶色い汁ものにグライア以外が食したことのない穀物の塊――おにぎりなのだが――は、まだグライアが食したことがあるのでまだ抵抗はないはずだ。だが、それ以外。

 天樹姫曰く、魚を焼かず煮込まず、生のまま一口サイズに切ったもの。そして魚や山菜を衣とやらに包んで揚げるとかなんとかした食べ物。それを彼らは――抵抗せずに食べた。

 忌避感がなかったわけではない。実際、殆どが顔に出さなかったものの生の魚が出たときには動揺した。そして、マハータは露骨に嫌な顔をした。グライアにすぐ頭を小突かれたが。


 が、いざ食事となった時皆躊躇わずに見たことの無い料理に箸を伸ばした。それは、嫌な顔をしたマハータでさえだ。生の魚に対する忌避感が消えたわけではない。が、どうしようもなく美味そうに見えたのだ。そして舌に運んだ瞬間、己の間違いを知った。


「美味しい……」


 その言葉を漏らしたのは茶色い汁……味噌汁を啜ったアリスだった。それ以外は一心不乱に出された料理に舌鼓を打っていた。おにぎりで天樹姫の作る料理に耐性のあるグライアでさえあの時の感動を上塗りされ、魔王の威厳を示すため冷静にいようと努めていたジークルトでされ、口角が上がり、目尻が垂れてしまう。天樹姫は魔王に振舞うとかそんな事関係なく別に気負いなくいつも通り料理を作ったのだが。


「あらあら、皆さん勢いよくまぁ」


 気負いなく作ったとはいえ、天樹姫も夢中になるほど料理を食べてくれてうれしいのか、微笑みながら自分の分の刺身を食べている。えぇ、振舞うだけじゃなくて自分も当たり前に食べています。その辺気にしません。


「まさか、本当に魔癒草がこんな旨味を秘めているとは……いやだが、正しいのか?うーん……」


 リディリはリディリで、薬草として研究を続けていた魔癒草の違う一面を味わい、複雑そうな顔をしていた。口の方は正直のようでもぐもぐと咀嚼を続けている。ちなみにおにぎり5個目だ。

 マハータは嫌悪感はどこに行ったのやら、刺身に喰いつき米とのマッチングに深く感動し涙まで流しているほどだ。それを見て、天樹姫はそこまでかと正直引いた。天樹姫は天樹姫で、この世界でとれる食材にいたく感動しているが、その逆もまた然り――とまでは思っていなかった。

 食べながら会話とでも思っていたが、あまりに食事に集中していたため、天樹姫は何も言わず心行くまで堪能してもらうことにした。



「……うん、ご馳走様でした。何というか、常識を色々と変えられた気がするよ。」


 食後のお茶を飲みながらジークルトは感想を述べる。その言葉通り、もともとこの世界にはなかった米もさることながら、刺身も天ぷらもジークルトの価値観を変えてしまうほどの十分すぎるほどのインパクトがあった。もう一度言うが、天樹姫自身特別な料理を出したつもりがないので、そこまで言われる気がなかったりする。

 口元をアリスから渡されたナプキンで拭き表情を引き締めた。


「アマギキさん、この穀物……僕たちに譲っていただくことは」

「あ、駄目です。これは先約がいるんで。料理としてならお出ししますが、作物としてはあなた達には施しません。」


 即答する天樹姫。先約と言うのは勿論レッロの事だ。

 異世界の施すものは一つにつき一方のみ。これは天樹姫が秘かに決めた自戒である。となれば、大豆をあげる約束を与えるをしているレッロは卑怯ではないかと思うだろう。だが、天樹姫は宿題――試練――を出し、その成果を挙げているので天樹姫の中では当然の報酬なのだ。


「欲しいならツェルジェノ領を訪れてみては?交渉については私は干渉しませんが。」

「ツェルジェノ領……?あぁ、この森に面しているソルード王国の領地か!なら敵対もしてないし穏便に行けるかな。」

「おや、ご存じで?」

「まぁ、国としてだけど……今言ったように彼の国とは敵対してないからね。流石にいきなり領地に赴いてくれとは言わない。一回あっちの王に話通さなくちゃなぁ……」


 憂鬱そうに頭をかくジークルト。しかし彼自身自分が動かなければ米を入手することも叶わないので、幾分か覚悟はしている。面倒なものは面倒だが。

 そんなジークルトを尻目に天樹姫はある重要な事を知らないことに気付いた。。


「あの……この森と隣接している国ってあるんですか?」

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