第35話 魔族からの贈り物
神社の名前が日出天稲神社に決まって数日後、以前訪れた魔王一行が設置していった転移魔方陣が突如として光が立ち上り始めた。突然の出来事に農作業をしていたアコとウスケは、魔法陣の前に並ぶ。
勿論、2匹とも転移してくるのが天樹姫に害を及ぼす存在ではないことは承知の上だが、それでも念のためだ。
徐々に光が収まりはじめ、光の中から2つ人の形をしたシルエットが見えてきた。
「やぁ、お出迎えありがとう」
「アコとウスケ――でしたね?お久しぶりです。アマギキさまの所にご案内していただけますか?」
転移魔方陣から現れたのは、天樹姫にドライアド……今では世界樹妖精へと進化を遂げたリフィアを助けて欲しいと預けた、魔王の妹御のアリスと魔王城にて様々な研究実験を行っている見た目白衣を着た童女の不老不死の科学者、リディリだった。
「ワウ!」
「バウ!」
2匹はアリスに頼まれた通り案内するように天樹姫のいる方へ足を進める。リディリの方に2人とはまた違う気配を感じたが、害をなすようなものではないと察し気には留めなかった。
さて、その天樹姫だが縁側に座り、鼻歌を歌いながら脚をプラプラと遊ばせ、多種多様な煎餅と温かい玄米茶を楽しんでいた。その隣にはリフィアもおり、彼女も小さく砕かれた甘めの煎餅を食べていた。天樹姫は魔族2人の来訪に特に驚いた様子も見せず、優しく微笑み挨拶をした。
「いらっしゃい、アリスさんにリディリさん」
「あっ!お久しぶりでしゅ、お母しゃま!」
天樹姫があいさつしたことで、アリスの存在に気付いたリフィアが一目散に彼女の元に駆け寄り、その胸目掛けてダイブする。外見だけでは想像もつかないジャンプ力にアリスは驚愕したが、何とか受け止めることが出来た。
「まぁ!リフィアなの?大きくなりましたね!それに発音も良くなってます!」
「あい!我が君の元で元気に育ってましゅ!」
「にしては成長速度速くないかね……?おっと、失礼。アマギキ殿、お久しぶりです。ほらアリス様、ご挨拶」
「し、失礼しましたアマギキさん!お久しぶりです!」
慌てた様子で礼を取るアリスに微笑みながら天樹姫は自分の隣の床をポンポンと叩きここに座るように、2人に促す。
「ふふ、いいんですよ。お2人もお煎餅どうです?」
聞きなれぬ菓子の名前に、顔を見合わせるアリスとリディリだが、そもそも天樹姫が不味いものを出すわけないという妙な信用から大人しく縁側に並んで座り、初めての煎餅を口にした。
思った以上の堅さにかみ砕くのに困難したが、やがて慣れ1枚また1枚と手を伸ばすこととなった。ただ、アリスはいいとこのお嬢様故だろうか、煎餅特有のボリボリという音が出るたび少し恥ずかしそうにしていた。そして、リディリの方はこれでもかと言わんばかりに七味唐辛子をふんだんに纏った激辛煎餅を気に入ったようだ。「脳が震える……!」とか少し心配なことを口にしていた。
「さて、今回の御用件は?」
と言いつつも、天樹姫は2人の用件は把握していた。そもそも2人……いや、2人と1匹が転移してきたことに気付いた時点で天樹姫は楽しみだった宅配便が家の前に着いた時のようにウキウキしていたのだ。ただ、それを表に出して急かしては失礼になると考え、一旦寛いでもらっていた。
そして、今切り出したのだが、激辛煎餅をキメていたリディリはハッと思い出したように居ずまいを正すとどこからか両手に乗るほどの小さな箱を取り出した。
「今日は先日の御礼の品をお持ちした。――アマギキ殿が待ちきれなさそうなので、こちらからお渡ししよう」
「えぇ、ありがとうございます。早速開けても?」
「是非そうしてくれ」
箱を受け取った天樹姫は待ってましたとばかりに開封する。彼女の目に飛び込んできたのは、爽やかで透明感のある水色をした楕円形のゼリー?あるいは水ようかん?いや、プルンプルンと箱の中で揺れるこの物体は、自律的に揺れている食べ物にそれはあり得ない。であるならば
「スライム……!」
優しい手つきで箱からスライムを取り出す。ひんやりと手に伝わるその冷たさは冷蔵庫で冷やされたゼリーそのものだ。かと言って軽く力を加えても崩れるれることはない。水風船のように弾力がある。
太陽に透かして見れば中心に赤い珠があり、よく見ればまるで心臓のように脈動している。
「ははぁ、なるほど。この世界のスライムはこういうものなのですね」
「他の世界のスライムですか?」
「私も実際に見たわけじゃありませんけどね?目と口があるものがいたり、一定の形を保たないスライムもいるみたいです。でも、私はこの子好きです」
ツンツンと突けばプルンと返事をするように揺れるスライムに自然と天樹姫の口角が上がる。この世界で最弱であるはずのスライムが異世界の天女のハートを鷲掴みした瞬間だった。
「気に入ってくれてこちらも安心したよ。ところで……スライムで実験をすると言ってたが、何をするつもりか聞いても?」
「これです」
そう言って天樹姫が取り出したのは、1つの黒い粒だった。アリスとリディリは揃って首を傾げる。その中でその粒の正体に気付いたのはリフィアだけだった。
「花の種でしゅか?」
「御名答。これを――」
天樹姫は手のひらの上でぷるぷる揺れるスライムの頂点の部分からツプンと種を押し込んだ。普通の生物なら痛がってもおかしくないが、そこはスライム一切痛がる様子を見せない。
全員が天樹姫の行動に注目する中、リディリは困惑していた。スライムにこんなことをしても結局は消化して自身の栄養するだけなのでは?普通はそうだ。普通なら。だが、リディリは忘れていた。そもそも目の前の女性が自分の常識の埒外の存在であると。
種が埋め込まれて数秒。スライムに変化が起こった。今までぷるぷるしていたスライムが携帯のバイブレーションが如くブルブルし始めた。加えて発光しだした。
「は!?え!?」
長年生きてきたが、リディリはこのようなスライムの挙動を見たことが無かった。もしかして、不味いことは起こるのでは。そう脳裏によぎったリディリは何かあれば魔王の妹であるアリスを守れるよういつでも動けるように構える。
スライムの動きが止まり発光も消える。誰も言葉を発しない。全員の視線がスライムに集まり――異常はすぐに現れた。
ポンと
「あら」
「まぁ!」
「わぁ!」
「ワウ?」
「ガウ?」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
花が咲きました。スライムの頭に。綺麗な蓮の花が咲きました。
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