1-3-4)人影

 山田から見るとそれは写真の内容が遠目ではわかりづらいものである。横須賀は順繰りに見ているので作業量がわかりやすく、一応要点にとどめているのだろう速度からしてさほどかからないだろう。ルーズリーフに付箋を貼った物は横に置かれており、山田は下から一枚抜き出した。机に並んだ他のルーズリーフは分類用だろうから、こちらは一枚ずつの詳細だろうと当たりをつけた為だ。

 付箋の入れ替えやすさと同じくルーズリーフを好むのか、それとも山田が途中で確認できるようにあえて分離しやすいルーズリーフを使っているのかは山田にはわからない。おそらく両方だろうが、どちらであれ結果的に作業中でも手にしやすいのは好ましいものだ。横須賀は自身の能力を特別と考えておらず、実際特殊なことはないだろうがひとつひとつが噛み合い、資料係としては十二分だと言える。最近は自己肯定を見せるようになったがこの当たり前を当たり前と出来る点も横須賀の能力だと伝えないとな、などと浮いた思考を仕舞い込み、山田は付箋を流し見た。整理前の走り書きを何度か見ているが、見せるためではないものの読めない文字ではない。

 一番最初には簡単な写真の配置と番号の割り振り、赤い付箋で『全体図撮影可否要確認』の文字。おそらくメモしながら途中で思い至って聞くタイミングを逃したのだろうが、これは最初にしておかないと労力が無駄になるだろう。微苦笑は内心で留め、山田は板垣を見た。

「この写真、配置はしばらくそのままで。あとで全体を撮影させてほしい」

「全体を?」

 後で横須賀に伝えることとして頭の中に追記しながら山田が言うと、少し怪訝そうに板垣が復唱した。ああ、と山田は頷いて写真を見渡す。

「アンタが上から並べたからな。ある程度順番を見繕った方が後でわかりやすい。デカブツに撮らせる」

 撮影用のカメラは横須賀が持っているので、撮影はまだできないから確認に留める。すぐに撮影しなくとも山田の言葉を特に気にする様子もなく頷いた板垣は、その方がいいっすね、と同意した。

「フィルムカメラと違って現像一覧もねーですしいちいちメモするのも面倒でしょうし。俺もデータで確認できるからメモざっくりです」

 写真として見るなら余分がない方が好ましいとわかるが、こういった時タイムスタンプがあるものは便利だろう。こればかりは仕方ないが、必要があれば確認も可能とわかれば上々だ。

 改めて山田は途中となっていたメモを読み進めた。あくまでこのメモは横須賀が分類をする為のメモだったのだろう、「赤、要確認。青、疑問点。黄、メモ。」と書き込みがある。もう一枚下からルーズリーフを取ると、こちらには1、2と数字が書かれており、上半分下半分に書き込みといくつかの付箋が簡易で貼られている。

 文字で書かれているのは写真の内容だ。猫、腹部に傷、開口、血。四角を書いてそこに色ペン。赤が血の見える場所、黒が物の場所といったところだろう。死骸といった文字がないのはこの情報から確定できない為だろうか。青の小さい書き込み。「?」と記された物の横に、黄色の細い付箋で「土?」という文字がある。死骸は書かなかったのにここに疑問を差し込んだのは、おそらく見えるかどうかわからなかったからだろう。横須賀の文字と重ねるように山田は写真を手に取り、同じ位置を確認する。

 サングラス越しに写真の細かい判断は難しい。横須賀が土かどうかを悩むような物を見分ける、というのも無茶があるだろう。なにかある、はわかっても、なにがある、かまではわからない。

 あまり無理に写真を間近にするのも見ている人間に不安や不信を与えかねない為、山田は結局写真を元に戻した。詳細はどちらにせよ依頼する必要があるし、現状は横須賀に聞けば問題ない。

 は、と短い呼気に山田は横須賀を見た。ようやく書き終えたようで、置き放していたルーズリーフに視線が移っている。それをタイミングとして、山田はルーズリーフを差し出した。

「おい」

「はい」

 山田が持っていたルーズリーフに横須賀の視線が移動したのを確認して声を重ねると、ルーズリーフを受け取りながら横須賀が顔を上げた。じっと山田を見る表情には、特に動揺はない。

 資料に気をやられる事はなかったようで小休憩も必要ないだろうと判断し、山田は促すように板垣を見た。板垣はわかっていたのか、長く息を吐いて手に持っていた写真をそっと伏せる。

「写真、どう思った」

 山田に問いかけたよりも短い言葉で、板垣が確認するように横須賀に問いを投げた。言葉を受けた横須賀は二度瞬きをすると、手元のルーズリーフを一枚抜き出し指をそこに重ねる。

「えっと、暗い? 最初はちゃんと明るいんだけど、途中から暗い。フラッシュ焚かないと見えなさそう、なのに、フラッシュは途中でやめた? 壊れた?」

「他は」

「最初は対象だけを撮ってたけど、二枚目の撮影の後戻ってる? あと、周りの撮影もしてる。でも、やっぱり途中から暗い」

 死骸については言及せず、不思議そうに横須賀が首を傾げた。写真について聞かれたのでおそらく被写体ではなく答えたのだろう横須賀は、それ以外に写真について、を探すようにルーズリーフをめくり出す。

 板垣は唇をかみしめるようにして頷くだけで、言葉は続かない。だが、横須賀の言葉で山田は少しだけ合点がいった。

「誰か居たのか」

「……わかんねぇ、っスけど」

「誰だ?」

 相談したいと考えながらも相談を最初から選ばずむしろ人を避けようとする、写真を渋る。板垣か他人か、と思っていた理由の答えだろう。知り合いでなければそこまで隠す必要はなく、額を押さえた様子からもいくらか情のある人間だろうという予想は難しくない。

 ややあって、板垣は伏せていた写真を並べた。やはり暗く、見えづらい写真は山田では眺めるだけでは判断が難しい。特に暗いのもあるかもしれない。月明かりが差し込んでいるようだが、なにか、でしかないのだ。

 横須賀の顔を見ると、横須賀もその距離では見づらいだろうことがよくわかった。眉をしかめて猫背をさらに丸めて近づき、何度か瞬きを繰り返している。そうしてから横須賀は大きな手を少し写真に近づけた。

 触れないようにそっと伸びた指先が、写真の真ん中、左寄りの上に浮かび止まる。ちら、と板垣を見た横須賀に、板垣は眉間の皺を深めた。

「ここ?」

「おう」

 指し示した場所を見れば、確かになにかある、というのはわかった。廃墟の中なので対比物があり、それなりに大柄な人物だとわかる。ただ、それ以上はわからない。

「ほとんど顔もなにもわかんねぇし、気のせいかもしれない。つーか、あいつが居るわけねぇんだよ、こういうとこ似合わない奴だし」

 やや早口に板垣が言葉を連ねる。弁明に似たそれは気のせいを祈るものだ。だからこそ、気のせいだけで終えられないのだろうとわかる。

「声は掛けなかった?」

「無茶言え、もし知り合いじゃなくてやべぇ奴だったらなにされるかわかったもんじゃないだろ」

 横須賀の言葉に、板垣がなげやりに言った。無茶、と復唱した横須賀は、ペンをゆらゆらと揺らす。考えるような言葉を探すそれに、板垣が肩をすくめた。

「もし本当にアイツだったら、聞いとけば良かったとは思うさ。俺はアイツの事情もプライベートもほとんど知らねーけど、気の良い奴だとは思ってるし、コレを実際やってるとしたら褒められたもんじゃないってだけでなく心の方になんかあったのか、とか、もしエスカレートしたらとか考えないわけでもネェし。アイツだったら踏み込まなかったのは正直失敗した、とは思う。けど、アイツならバレてもそんなヤバい真似しないだろうってだけで、知らない奴なら俺はそいつをひときわヤバいやつだって思うぜ。正直関わりたくないし、下手したら俺が死ぬかも、くらいはな。

 どんなやつでも話が出来る、って考え方はそれなりに危険だぜ」

 最後の言葉は横須賀に言い聞かせるような語調でもあった。どちらかと言うと横須賀はまず話してみよう、聞いてみようといったところがあるのは事実だろう。自分の言葉が届かない、という可能性は考えても、相手がまともな会話をしない、という前提では動けない。

 眉を顰めた横須賀は、しかし神妙に頷いた。前提で動けなくとも、実際に会話が出来なかった相手を知っている。それは相手が会話を放棄しているものであり、また横須賀自身が会話を望まないものもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る