1-1-3)知人友人、ところにより相棒。
「やるなら三浦さん帰った後にしろ」
「え、俺も手伝いますよ? 客観的な立場いたほうがいいでしょ」
「どこからどうみても主観だろアンタ」
三浦の言葉に山田が呆れた調子で返す。時々文字を指先でなぞり直しながら不満を言う山田に、三浦はどこか嬉しそうでもあった。
「そりゃあ確かに。友人が無茶するのは好ましくないから主観は消せませんねぇ」
「寝言は寝て言え。誰が友人だ」
「ひっどいなぁ」
酷いとの言葉であっても笑い声が混ざっている。二人のやりとりを見守りながら、横須賀はメモをなぞった。三浦の言葉で山田が説得に応じる可能性は低いし、それでも話をする時間を持たせてもらえるのだ。このあとを考えて時折メモを走らせる。
「平和な頭しているにもほどがあるだろ。俺はアンタに懐かれる覚えなんざねえぞ」
「横須賀さんの上司で、友人じゃないですか。友人の友人は友達になれますよー」
「ほざいてろ」
吐き捨てるような言葉に、三浦が不満の声を上げる。さり、とメモを止めた横須賀は、少しだけ不思議そうに三浦を見た。
「どうかしました?」
にこり、と穏やかな瞳とかち合う。厚ぼったい瞼は無気力と言うよりは穏やかさを瞼に乗せたように瞳を和らげ、三浦の優しさをそのまま見せるようでもあった。
じ、と三浦を見ながら首をゆっくり傾けた横須賀は、ややあってこくりと頷いた。
「リンさんと、お友達、なんですね」
笑ったままの表情で、三浦は返事をしなかった。しかし横須賀は自分の言葉で納得がいったようにメモ帳にまた目を伏せ、しかし書類を置く音を見つけてもう一度顔を上げる。
山田を見ようと首を動かす前に目に入ったのは、うなだれる三浦だ。
「え、あ? ど、うかしました、か?」
困惑をそのままに横須賀が声をかけると、大仰に三浦の肩が落ちる。え、え、とでも言うようにきょときょととしながら三浦を見た横須賀は、なにがあったのかと山田に改めて目を移した。
山田は書類を一度机に置いており、珍しく机に上体を預けて横須賀と三浦を覗き込んでいた。そして視線が横須賀とかち合うと、水平気味に寄せた眉でため息を吐く。
「さすがに同情しなくもねーな」
「え、と、なんで」
「リンと三浦さんが友人同士かまでは俺の知った事じゃねーが、話の文脈読め。読解力はある方だろ横須賀さん」
やや憐憫めいたため息と一緒に、静かに山田が言った。きょと、と不思議そうに瞬いた横須賀は、先ほどの三浦の言葉を追いかけるようにして紙を撫でる。友人の友人、上司で友人。横須賀。
「……おれ?」
「俺はそのつもりでしたーでしたよー」
唇をとがらせる三浦の表情には怒りと言うよりも愛嬌があったが、へ、と声を漏らした横須賀は固まった。そういう反応ですかーと言いながらうなだれていた頭を上げた三浦の顔には、仕方ないなあとでもいうような苦笑が浮かんでいる。
「まあ基準はそれぞれですしいいんですけど。なんか話がずれましたねすみません」
「え、あ、いえ! その、すみません、俺、そういうの、わかんなく、て、あの」
「大丈夫大丈夫、俺が勝手に言っただけですし俺は勝手に友達にくくっちゃうんで。懲りない人間ですよ俺は」
にこにこと笑いながら三浦が言う。両手を握ったり開いたりしながら、横須賀はええと、と言葉を探し、結局うまく出来ずに申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、あの」
「気にしない、気にしない」
ちょっとへこんだのは事実ですけど、と言葉を続ける三浦に横須賀は体を丸めた。三浦が言うように、確かにその表情に不愉快の色はない。けれども、気にしないにとどめるにはどうにも横須賀にとって貴重すぎる言葉でもあった。
「友人、って、わからなくて、その、嬉しいです。ともだち……」
繰り返すように言葉を並べる横須賀に、うん、と三浦が頷く。
「人によりけりですけど、俺は示し合わさなくても勝手に決めちゃうんですよね。山田さんと横須賀さんだって友人でしょ」
きょと、と横須賀が山田を見る。既に平時と変わらない表情に戻っていた山田は肩をすくめ、机に置いていた書類をもう一度手に取った。わざわざ文字をなぞるように指を置き直すと、小さく息を吐く。
「基準なんざ当人でいいんだよ。少しでも話せば友人ってやつもいりゃ、もっと近くないとってやつもいる。そうでいたいならそう考えりゃいい」
「山田さんと三浦さん、は」
友人の基準を探すように、違うと言い捨てた関係を拾い上げて横須賀が問いかけた。せっかく戻った山田の眉間に、また皺が寄る。
「知り合いくらいだろ」
「俺は友人ですねぇ」
相互で成り立たない関係に、横須賀が困ったように眉をひそめた。山田のように眉間に皺が寄るのだが、それと一緒に下がった眉はどちらかというと厳めしさより情けなさを見せている。
とん、と山田が左手の指先で机を叩いた。
「そいつに関係するものを見たときに思い浮かべて気分が持ち上がる、くらいが俺の基準だ。三浦さんの好きなもの見てもどーでもいいしな。更にいえば手持ち無沙汰の時に話をしようって思うわけでもない。なんかありゃ寝覚めはわるいが友人には近くねぇ。……まあ、勝手に思われる分にはどうでもいい」
「俺はサングラス見ると山田さん思い出して愉快になりますよ!」
「勝手に愉快になってろ」
ぴしゃり、と山田が切り捨てる。ええーと言いながらも三浦は楽しげなままだ。もうそれでしまいとでもいうように山田が手のひらをしっしっと内から外に払うのを見ても、三浦は笑っている。
「なんだかんだ説明丁寧ですよね山田さん」
「はい」
三浦の言葉に横須賀が頷く。少し止まっていた確認作業が紙のめくれる音で進んだのを聞きながら、横須賀はふとメモ帳を見たまま停止した。
「俺にとってはなんでもないけどいたら話しかけるみたいなのが友人ですし勝手にしますけど――横須賀さん?」
「あ、はい」
「どうかしました?」
覗き込むようにして三浦が尋ねる。横須賀は長身だが視線が下に落ちやすく、三浦は上背を曲げて尋ねた。問いかけに対して顔を上げず瞬く横須賀に、不思議そうに首を傾げ三浦は言葉を待つ。
「どうした」
山田が三浦の問いに言葉を重ねた。ぱち、ぱち、ぱち、と瞬くのは横須賀の癖みたいなものかも知れない。咀嚼するような動作のあと、指先の違和感をメモ帳に押しつけるように手を握り、ええと、と横須賀は声を漏らした。
困惑、ではある。しかし悪い色はない。
「ともだち、だったのかなって」
「?」
三浦の件で言えば友人との宣言は終わっている。どこか振り返るような言葉に、三浦と山田が顔を見合わせた。
横須賀が目を伏せる。思い返すような所作に、うーん、と三浦が控えめに声をこぼした。
「横須賀さんのお友達さんのことです?」
「ともだち、というか、大学のひとで。四年生の時に話すようになった人が良て、よく声をかけてもらっていたんですけど」
ぽつぽつ、と横須賀が言葉を続ける。あまり横須賀は自分の周りについて語らない。……正確には語るのだが、基本的に相手が知っている人間についてだ。横須賀はどうにも会話の時に自分、という基準を持ちづらく、特に大学の知人については山田も三浦も聞いた覚えがなかった。
珍しい話題に三浦は首肯で言葉が続くのを待つ。横須賀の左手が首後ろに動き、中指の腹がとんとんとん、と少し落ち着き無く上下した。そうしてから一度手が止まり、また膝上に戻る。ぎゅ、と握られた指先は白い。
「なんでいつも声をかけてくれるかわからなくて。俺、使ってもらうことが嬉しくて、でもその人、俺を使わないで、寧ろ自分のことしろって言う人で、ええと。優しい人だな、と思ったんですけど」
過去を見つけて拾い直して、その意味をもう一度並べ直す。だからかどうにもつっかえ落ち着かない横須賀に、揶揄は入らない。
「……なんで声かけるのか聞いたら、怒らせたのを思い出して」
頷いていた三浦が、口の端をゆるめた。山田が肩を下ろして止まっていた書類確認を再開する。横須賀自身はまだメモと過去を見ているためか気づきはせず、ええと、と情けない声で呟いた。
「ともだち、だったからなのかな、って」
真剣に、いけないことでも呟くかのような表情は、言葉の内容に対して少しおかしい。それでもおそらく、横須賀にとってその感情は正しいのだろう。求めすぎる、望みすぎるということへの躊躇いは、横須賀にじんわりと見えるようになったものだ。
求めなかったよりはよく、しかし不器用な態度に三浦はわかりやすく笑みを作った。
「その人に聞かないとわかりませんけど、まー友達思ってたのに違うって言われると悲しいですよねぇ山田さん」
「当てつけされたって俺は変えねえぞ」
にこにこと声をかける三浦に、山田はばさりと言い切った。ちぇーと笑う三浦はあまり傷ついたように見えない。
もぞ、と口元を動かす横須賀に、ようやく最後まで文字をなぞりきった山田は息を吐いた。
「考えても無駄なことに時間割いてんじゃねぇぞ」
はっきりとした言葉に、横須賀が身を竦める。三浦が少しだけ困ったように笑ったが、山田は当たり前のことだとでも言うように偉そうに鼻を鳴らした。
「相手がいるんだ、考えるくらいなら連絡。関わりたいなら動け、そうじゃねーならそんなこともあったで終えろ。……三浦さん、こっちの確認は終わった。別所で調べてなんかあったら連絡するがとりあえず今日は質問他ねーから帰れ」
「はぁい」
山田の言葉に三浦が立ち上がる。後ろ姿を目で追いかけて、横須賀はメモを一度閉じた。どうしよう、というよりも少し落ち着かない心地でペンを両手で握る。
「三浦さんも終えたしお前もとっとと切り上げろよ」
「え、お話」
少し焦ったように問い返す横須賀に、ぴく、と山田が眉を顰めた。少しだけの沈黙の後、舌打ちが響く。
「……覚えてやがったか」
「覚えてます」
面倒くさいを露骨に含めた言葉に、横須賀はこくりと頷いた。山田が書類をどけて大仰にため息を吐く。
「話だけはしてやる。話だけ、だ」
「大丈夫です」
なにが大丈夫なんだそれは、という言葉は飲み込んで、山田は肩を竦める。折れるつもりはないが会話を厭うものでもない。
ある一面では意外と強情な相棒を、山田は笑みを浮かべる程度には好んでいた。
結果はある意味で当たり前のものとなったが、それはまあ仕方なしと言えるだろう。
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