1-3-3)一夜の死*

「趣味っつーのはこれがか」

 はい、と板垣は頷く。横須賀は少し目を丸くしたものの、ぱちぱちと瞬いた後写真と山田を見比べる。ちら、と板垣にも視線をやる様子から、写真と板垣とどちらを見るのか判断に悩んだのだろう。察した山田は口を開きかけ、しかし一度閉じた。

 持ち出しはやめてほしい、とはいえ写真ならあとで確認は出来る。警戒するなら板垣の平時と違う点を観察させるべきだろうが――流し見た写真の内容から、山田は言葉を変えた。

「お前も見とけ。気になることがあったらメモしろ」

 写真を示して言えば、はい、という言葉の後横須賀は写真を見下ろした。じ、と見据える視線は、下を向いてやや流れた前髪に隠れながらも動く様子がよくわかる。そこに戸惑いはない。

 異常なものと出くわしたとはいえこういったものと長く向き合う機会はなかったと思うが、あくまで資料として見ることが出来ている様子に山田も写真へ意識を向けた。

 廃墟を好む人間、というのがいるのは山田も知っている。しかし並んだ写真は明らかに死骸を主にしていた。特に内蔵の残った物は角度を変えて接写もしている。明らかに傷口を観察するものだ。

 ズーム機能などがあるとは言え、廃墟写真のついでで撮るだけでは少し説明しがたいものだろう。そもそも、量も質も明らかにそちらが主体だ。

「褒められたことではない、どころか非難されるタイプの趣味ってのはわかってます。俺が殺した訳じゃないとはいえ、誰かのペットかもしれない動物の死骸をそのまま観察しているわけですし。ペットじゃなくたって、そもそも身近な命だ。倫理的にはアウトっスね」

 声自体は静かなままだが、は、と時折混ざる呼吸は浅い。緊張しているのだろうが下手な慰めはほとんど無意味だと判断し、山田はそのたぐいの言葉を黙した。板垣の言葉は客観的事実を示している。

 山田自身はそもそもこの死骸がどのように作られたものか、写真だけではわからない。最近の写真は高性能とはいえ、傷口から動物か人間か判断は難しい。それこそ医者やら警察、物語の探偵なら可能かもしれないが――山田はあくまでただの人間だ。

「アンタの趣味に付き合うつもりも道徳の授業をするつもりもネェな。この趣味がなんで問題になった? アンタを見送った刑事が動物愛護でも担当してたのか」

「俺の担当は特例隊でした。山田先生なら知ってると思いますが、見送りは松丘刑事ですね。――俺の思いこみで見え方変わるの嫌なんで、先に山田先生の見解教えてくれませんか」

「見解、ねぇ」

 触るぞ、と声をかけ、山田は写真を一枚手に取った。死んでいるのは猫。よく見る雑種とよばれるタイプで、首輪はない。口はだらりと開いて舌が出ており、足はまっすぐと下りたまま横に倒れ、腹から腸のようなものがでている。腸は体から離れた場所がひしゃげ破れているようだったが、それ以外はあまり損傷らしいものがわからない。

 サングラス越しでわかりづらいもののいくらか確認し、山田は出来るだけ細く静かに息を吐いた。ざわりと胸が苦しくなることにいちいち反応してはいけない。切り捨てて事実だけを並べることは馴染んでおり、故に他人に倫理を語る立場でもない。

「正直に言えば、これをアンタがやったって言った方が自然だと思う」

 とん、と落とすように告げた事実に、板垣は動じた様子を見せない。横須賀の視線は写真を追うままだ。横須賀は物事を同時に処理しづらい傾向がありその点は確かに問題ではあるが、山田とコンビを組んでいる現在ではメリットでもある。

 山田の言葉に横須賀が口を挟むことは多くないが、友人に掛けられる疑念を聞かせる必要はない。板垣ではなく写真を優先させるだけの理由にはなる。

「これだけで判断しきれるもんでもないが、内蔵が出ている割に形状が残りすぎている。動物がやったんならもっと損傷が多くても不思議じゃねえだろ。かといって誰か他の人間がやったなら、その直後でないかぎり虫やらなんやらがなさすぎる。廃墟の中とはいえ、それでも外みたいなもんだ。これは

 山田の言葉に、板垣は目を伏せた。肩の上下が、静かな呼吸を教える。やや背筋を伸ばした後、板垣は小さく頷いた。

「俺もそう思います」

 肯定はあくまで冷静だ。見返す視線も真っ直ぐで、山田は肩をすくめる。人間は他人の考えなどわからない。悠然としていようが嘘を吐く人間がいることも、それを暴くことが難しいことも山田は理解している。

 だからこそ、面倒くさそうに息を吐いた。

「アンタが思うって言うのを俺がどうとれば良いかはしらねぇがな、特例隊の人間がアンタに頼んだのは協力依頼だ。警察がそのあたりを見逃すとは思わねぇ。もし別件でアンタに容疑があったら、証拠が無くてもこっちでアンタを捕まえといてその間に捜査することだって出来る。アンタの保護だって出来る。でもそうじゃなかった。アンタが嘘を吐いていないなら、警察はアンタに協力願いだけで終えた。状況で言うならアンタがやったんじゃない。ならこの写真は『足りない』。見解っていわれても俺にできんのはここまでだな」

 山田が写真を空いていた元の場所に並べ戻すのと、板垣が自身に近い写真に触れるのはちょうど入れ替わるようなタイミングだった。触れただけで手に取りはせず、板垣はため息をついて眉間に皺を寄せた。

「そこまで含めて、俺も同じです。綺麗すぎて、足りない。死骸の量は、俺が写真を撮っただけでも十。一枚ずつ見ればわかりますが、猫だけじゃない。大きいものなら犬、小さいものは鼠まで。コウモリや鳥がいなかったあたりからも人間の可能性は考えましたが、この場所には誰もいなかった。そもそもこれ、おかしいんスよ。俺がこの写真を撮ったのは、一晩です」

「一晩」

 たった一夜で。そう考えると余計足りず、情報だけは板垣を示している。そうです、と肯定した板垣は、写真に触れていた手を離して頭をガリガリと掻く。

「どう考えても、この量、置いといた時間でもうちょっと虫がついてもおかしくない。俺だったらこの写真を撮った人間が犯人だと思う。俺がイカレて、俺の悪癖からやらかしたことに目を逸らして鞄か何かに入れていたものを置いては撮ってつーことをしたって言われても信じる。――でも、違う。違うことを警察は信じたし、山田先生、アンタも警察の判断を疑ってない」

 四白眼が、山田をとらえる。見据えるほどの鋭さがないのは疲労からか、はたまた別の意味があるかはわからない。わかる必要はまだ無く、山田は鼻を鳴らして一笑した。

「疑う必要があれば疑うさ、純粋に信じるようなお人好しでもねぇからな。ただ、今は疑う段階じゃねえ。あれもこれも疑えば、見るべきモンが増えすぎる」

 全体を見る必要はあるので信じるとは言わない。しかし、疑うと言うことはその疑いに注視することだ。視野の狭さを求める段階ではないという山田の否定に、板垣は視線を横須賀に動かす。

 時折ペンを動かし、止め、見る横須賀は相変わらず目の前の資料に埋没している。

「アンタの話を聞く必要がいくらかあるが、先に言っておく。内容が内容、とはいえこれを持ち出したくないってのは俺は聞けねぇ。出所は伏せるが、ツテにもう少し検分を頼むつもりだ」

「それは」

 板垣の声は否定を求め、しかしその先は言葉にならなかった。山田の言い分はわかっているのだろう。だからこそ違和感が強くなる。

 横須賀に見せたくない、のはわからなくもない。友人のような近しい人間に見せるには覚悟がいる内容だろう。だが、こうして見せたあと第三者機関への提出を渋る理由はわからない。板垣という人間について吹聴はしないと言っているにも関わらず、自分の手元から資料を遠ざけたくない理由。既に警察がスマートフォンの回収をしている、ということはおそらくデジタルカメラのデータもだろう。原本はあちらに、おそらく唯一だろう手元にある写真を

「足りないモンはなんだ」

 山田の言葉に、板垣が顔をしかめた。わかっているだろう様子に、山田は横須賀を見る。視線だけでなく顔の動きで見たのを示すと、もう一度板垣に向き直った。

「ココじゃなきゃ言うのか」

「……いえ。どこでも、変わンないです」

 板垣がまた頭を掻く。どうしようもない、というよりはリセットするように手の動きと一緒に頭を振ると、板垣は手を下ろし息を吐いた。

「横須賀が気づいたら、でいいですか? アイツに聞かせたくないんじゃなかったら」

「依頼人のご要望に従う程度の聞き分けはあるさ」

 わざと軽い口調で山田が答える。板垣は小さく頷くと、横須賀が確認を終えた写真から二枚、やけに暗いものを手に取りため息をついた。

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