1-1-8)以前と今

 最後の言葉にも渉は黙していた。しかしじっと山田を見つめたあと、ややあってゆっくり口を開く。

「おっしゃることはわかります。けれど、承知できるかは別です」

 今度は代わりに山田が黙する。口を挟まない山田に、渉は小さく深呼吸をした。

 視線が一度、仏壇に向かう。

「祖父は私に多くを教えてくれませんでした。なにかあったら探偵さんたちを指定したくらいです、私にはなにも求めていなかったのでしょう。けれど、私も土蔵の人間です」

 伸びた背筋と、まっすぐとした視線が山田に向かう。厳めしい遺影とは重ならないが、それでも渉の射抜く瞳は近しくも見えた。

「首を突っ込む、と言うほど貴方達の仕事に深入りするつもりはありません。けれども、貴方達の調べたことを知る、程度には私にも教えていただきたい。行動に移さないことは承知します。けれども、知りすぎるな、という点には頷けません」

 静かな声が途切れた。はっきりと意志を伝える渉の話を聞いていた山田はそれ以上言葉が続かないと判断すると、そうか、と短く呟き顎を下げた。やや伏せ気味になった顔は上がらず、それ以上にならない。

 その音と所作は同意とも山田の内側に浮かんだ何かに向けての独り言とも判断しづらいものだった。どう受け取ればいいのかわからない為か、渉が眉をひそめる。やや真ん中に寄って持ち上がった眉頭と対照的に眉尻が下がった渉の表情は、困惑と言うのが近くも見えた。

「……いいんですか?」

 続かない言葉に対し、確認するように渉が尋ねた。山田はあっさりと顔を上げる。

「知りたがるのは貴方の感情で、それを制御するのは俺じゃない。動き回らないのならそれ以上は知りようがないし、こういうモンは全部駄目だということにするとそれこそ見えない場所で動かれるしな」

 山田の言葉は淡々としていた。事実以上のものでもなく、面倒くさがる様子も、苛立った様子もない。

 渉が少しだけ安堵したように息を吐く。しかし肩はまだ強ばったままで、山田を見つめる視線は外れない。

「ただ、故人が話さなかったことを無理に暴くって自覚はしておけよ。話さなかったってことはそれを選択したってことだ。故人の願いを踏みにじることをアンタは選ぼうとしている」

「……わかっています」

 山田を見据えていた渉の視線がやや下がった。少し声の調子が一緒に落ち、右手が白む。

「わかってるならいい、話は終いだ。アンタは建造さんの手記でも帳面でも手紙でもなんでも、残したモンをかき集めろ。ほとんど調べることは決まってるとは言え、あの人が出さなかったモンがあるかもしれねぇしな」

 渉の声をどうでもいいものとするように、至極あっさりとした音で山田が言い放つ。は、と顔を上げた渉が、ざざ、と畳を擦って慌てて立ち上がった。

「わかりました。大抵固まってあるとは思うので、少し待ってください」

「いいからとっととしろ」

 右手で払うようにして山田が言い捨てる。渉が背を向け出て行ったのまで確認すると、さて、と山田が横須賀に向き直った。

「簡単に違いがないか確認したらやしろに向かう。リンに電話で連絡を取る必要はない」

「え?」

 意外な言葉に横須賀は間の抜けた音を出した。渉に言い聞かせた内容と比べると随分シンプルすぎる行動だろう。優先順位があるにしても、連絡をしないということは調べておく必要がない――過去と関係ない、ということになってしまう。

 不思議そうな横須賀を気にすることなく、山田が段ボールに手を伸ばした。とん、と手のひらに乗せられたのは、山田の両手で隠し持つことがぎりぎり出来そうな程度の小さな茶色い入れ物だ。先ほど壷の話をしていたので、なんとなくミニチュアにも見える。

 その壷を山田は自身の前に置くと、横須賀をまっすぐ見上げた。

「実のところコエツボ絡みならギミックは単純だ。壷を作らなければとなった場合だと資料はいるが、それは無いと考えていい。問題は三つ。

 一つ目、以前協力した住職の行動理由がわからないこと。二つ目、前の時は時間があったし土蔵さんも居たからできたことがあるんだが、孫は土蔵建造と同程度の力を持ってはいないということ。俺は渉さんを使う気はないし、実際使えるようになるなら別所に協力を要請した方が早いだろう。最後に三つ目、壷が無くなった他に変化がないのなら、子供かそれとも子供を使った人間かは知らねぇが、意図した人間がいる。そいつの動きが見えないってことが一番俺たちにとって面倒なことだ」

 一つずつ上げた言葉に横須賀が頷く。なだらかに進む話に追いつくには横須賀の思考は少し遅いが、大事なのは誰のことか、山田がどうするかだ。考えるのはメモを取ったあとでもいい。それで追いつかないことがあった時に山田に聞けばいいのだ。

 以前と違って、山田は横須賀にも仕事や現状を丁寧に教えるようになった。手柄という物言いで責任を俺のものだと言っていた時は聞けなかった多くを、リスクと共に手元に並べてくれる。それ故に横須賀は素直に聞くし、今回の出かける前のように納得いかなければ言葉を重ねるようになった。

 だから、不安はさほどない。

「一つ目の住職については、土蔵さんの遺志を考えて渉さんを事件から遠ざけようとした場合問題ない。もしくは三つ目の問題であげた意図した人間を知っている場合も、知っているだけであの人が事件の首謀者ではないだろう。でかい動きがないってことは、渉さんが動くのを警戒したとしても忠告止まり、おおよそ犯罪といえるとこに手は出さないだろうってことと、意図した人間が動いた様子がないことからもこのまま終わるだけってのが簡単な俺の考えだな。危うく見るのは簡単だが、今回みたいに時間も手も足りないときに無駄に考えるつもりはない。ヤバいモンだったら俺のミスだ」

 つらつらと語る言葉に横須賀は頷いた。おそらく、住職に聞き出すのなら山田の仕事だろうし、実際行動が決まっているのならそれを不満と考えるつもりもない。

 山田自身も把握させる為の宣言でしかないのだだろう。横須賀の反応に頷き返すと、先ほどのミニチュアを指先で押す。

「二つ目の渉さんは、教えはするが深入りはさせない。ああは言ったが、土蔵さんから知ること全てを拒絶はされていないんだ。必要があれば彼に教えて欲しいとも言われている。

 ただ、出来るなら俺の方でどうにか出来ないかってのも以前言われていてな。以前は知ったこっちゃなかったが今はそう切り捨てるつもりもないし、様子見ながら対応する。ここはあまり深く考えなくていい。俺の判断だ」

「いまは」

 確かめるように横須賀が復唱する。山田は少しだけバツが悪そうに顔を逸らした。

「……前は俺も、将来的なことを保証できるとは思っていなかったからな。アレがどうなるかってだけでなく、まあ、選択しようとしたことも含めて自分の行く末を考慮していたし、テメェもあの推論したならわかるだろ。将来的な願いについては、依頼としても希望としても聞いてやると言うにはいかなかった」

 山田の手に、小さな壺が隠れる。けれども今までのように隠しきってしまうわけでも無い。そのまま手のひらに乗せ直して、山田は改めて横須賀を見上げた。

「今については、横須賀さんも分かっているだろ」

 左眉が少し水平気味に寄る。片頬だけ少し歪めた小さな笑みは、諦めのような優しい溜息で出来ていた。それにつられるように、横須賀も笑う。

 どんな状況であれ未来の保証が出来ることなど無いが、それでも将来的な処置を出来ないといいきるほど悲観的では無い現状が山田にあるという事実は幸いだと素直に思えた。

「問題の三つ目が依頼にでかく関わっているし面倒だが……保護優先。やり方はここじゃ渉さんの件もあるしな、向こうで言う。

 ただ前の事件から考えるとギミックがわかっていても、少し面倒ってのと、ガキの状態――横須賀さんは特に気をつけろよ」

「え?」

 置いていく、という発言が無いのは安心するが、特に、と言われて横須賀は不思議そうに瞬いた。山田と違って事件の経験値がないのは確かだが、それはいつも重ねて言われていることだ。このタイミングで挟まれた言葉に、横須賀は首を傾げる。

「なんつーかアンタ、被害者に深入りしかねないからな。渉さんにも言ったが、引き際は大事だ。それに」

 はあ、とひとつ山田が溜息を吐いた。ぱちぱちと瞬いて問いかける横須賀の様子は、会話を咀嚼しようとする癖のひとつでもある。

 渉の足音らしい音を離れから聞いて、山田は「それにアンタは、」ともう一度ゆっくり言い聞かせるように言葉を句切った。

「どうにも他人から無防備に関わられやすいし、アンタ自身無防備なところがある。

 言い聞かせる言葉に、ええと、と横須賀はどういう意味か分からず戸惑う声を漏らした。こちらに入る為に、渉が一度荷物を置いたらしい音が廊下で響く。

「がんばります」

 とりあえず意思を伝えるためというような戸惑いと決意の物言いに、山田は口角を緩め――渉が入室する音を聞いて、すぐ真顔に戻った。

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