「だって、百合の事の方が大事だからね」
「失礼します」
放課後、指定された生徒指導室を訪ねてみると、そこにいたのは担任と、数人の先生方。
そして――男子生徒と見覚えがある女子生徒。
ああ、なるほど。
「八重垣さん、そこに座って」
「はい」
「では、始めましょうか。まず――八重垣、この写真に写っているのはお前か?」
学年主任の男性教諭が聞いてくる。
見れば、そこに写っていたのは私と彼だ。
「そうですね。私です」
「では、この男性は誰だ? どう見てもお前より年上に見えるが。お前はまだ学生なんだぞ?」
「質問の意味が分かりません。その人は私の――」
こんこん、とノックの音。
「どうぞ」
「失礼します」
「!? な、なんで」
入って来たのは、お母さんだった。
何時ものラフな格好ではなく、スーツ姿。凄く出来る人に見える。いや、実際に凄く仕事が出来るんだけれど。
「初めまして、八重垣葵と申します」
「これはこれは、そこにおかけして――」
「単刀直入にお聞きしますが、今日は何故、私が呼び出されたのでしょう?」
「そ、それはですね、八重垣さんが、その、年上の男性と交際している可能性があり……我々としても苦慮しておりまして……お伝えしておいた方がよろしいかと思いまして」
「ああ、その事ですか。彼は百合の従兄で、私達に代わって娘の面倒を見てもらっている子です。その子とうちの娘が、買い物へ行ったり、手を繋いだりすることが、どうして問題に?」
「そ、それは聞いていますが……」
「こ、この人が、仕事をしているように見えないからですっ。真昼間からふらふらして。そ、それに先輩とその人は……とても単なる従兄とは思えませんっ!」
「それが何か?」
「何かって……そんなの駄目です! いけないことなんですっ!」
ああ、お母さんが笑顔だ。
珍しく怒ってる……。
こういう事になるから、朝の内に伝えておいたのに……逆に警戒? させちゃったのかしら。
「先生方、質問なのですが……私は何の為に此処に呼ばれたんでしょうか? その写真に写っているのは私です。手を繋いでいるのも私です。けれど、何も悪い事はしていません。むしろ――こういう写真をばら撒かれた事に困惑しています。私はどうすればよろしいですか?」
「こういう写真を撮られる事自体が問題なのだ。学生の本分は学業なのだから」
「学年一位を取れば良いと?」
「そういう事ではなく」
「……だったら、辞めます」
「何?」
「お母さん、私、嫌になっちゃった。学校、辞めていいよね?」
「百合がそれでいいのなら、私はいいわよ」
「ありがと。それじゃもういいですか? 友人を待たせているので」
「ま、ま、待ちなさいっ! ど、どうしてそうなるんだ!?」
「や、八重垣さん、落ち着いて。私達は咎めるつもりで呼んだつもりは」
「あら? 私にはそう聞こえましたけど? ……夫とあの子の母校でしたから、信じて任せていましたのに。失望しました。さ、百合、行きましょう」
お母さんにただされて、席を立つ。
ああ、もう馬鹿馬鹿しい。
……多分、この時、私とお母さんは頭に血がのぼっていたのだ。未だに彼からは『流石、親子だよね』と笑われるけど。
「失礼します」
聞きなれた声。入ってきたのはスーツ姿の青年。
ふわぁ……カッコいい……って違う!
ど、どうして、彼がここにいるの!?
きっ、とお母さんを睨むものの『私じゃない』。
担任の顔を見る、軽く頷いている。
……余計な事をっ!
「はぁ、良かった間に合った。おや? ああ、先生、お久しぶりです」
「――お前、樋之口か。どうしてここに――ん? つまり、八重垣の従兄というのは」
「僕ですよ」
「なんだ。そうだったのか! ははは、そうか、そうか。いや、すまん。てっきり」
「先生、それ以上、口にされたら色々なところで、この話を書きますかね? あと、きちんと百合に謝ってください」
「……ああ、分かっている」
「ま、待ってくださいっ! この人は誰なんですかっ!?」
「誰って――私の従兄だけど? ああ、職業は作家ね。例えば――」
そう言って二、三、彼の代表作を言う。
それを聞いた、後輩と担任の顔が見る見る内に青褪めていく。
新聞部の先輩は、先程から床に向かって、ぶつぶつ、と呟いている。現実についていけないらしい。
うちの新聞部って過激さが売りだったけど……今回のはちょっとやり過ぎ。罰は受けないと。
「問題は解決しましたかね?」
「ああ。八重垣」
「はい」
「申し訳なかった。今回の一件、お前に瑕疵は何一つない。これは我々の落ち度だ。お母さん、樋口も、申し訳ない」
「分かっていただければいいですが――きちんとこの問題をどう扱うかを、後程、必ず文書でください。私の名刺を渡しておきますね」
名刺に書かれている肩書を見て、学年主任が絶句している。
ああ、お母さんが怖い……。
それを見ている柊は苦笑。
「それじゃ先生。僕等は帰ります」
「あ、ああ……」
「では。葵さんと百合、帰ろう」
こうして、ちょっとした事件は解決。
が……帰り道が大変だった。
柊に尋ねたのだ、どうして此処にいるの? と。出版社に行くんじゃ……。
すると、彼はあっさりとこう答えたのだ。
「だって、百合の方が大事だからね」
その場で抱き着いたのは、抗えない力によるものだと思う。もうね、ぎゅーと抱きしめました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます