百合が上機嫌……嗚呼、なんて分かりやすい!

「おはよ♪ 千ー代!」

「わっ! ……ゆ、百合?」

「今日、晴れて良かったわね。いい天気。暖かくなってきたし、そろそろ桜も咲くかしら?」


 登校している最中に突然、後ろから肩を軽く叩かれた。

 振り向けば、そこにいたのは私の親友。

 ……おかしい。こんな事をするような子じゃないんだけど。しかも、妙にテンション高いし。

 まじまじと見れば何時もと同じく綺麗――いや、何時もより輝いているように見える。嬉しくて仕方ない、といった感じだ。しかも、学校では中々見せない笑顔を浮かべている。

 普段の微笑(仮面というか、あれも百合の一面なんだと思う)ではない。『笑顔』だ。

 前までの私なら怪訝な顔をしていただろう。

 けれど。今は事情を知っている。

 

 百合が上機嫌――嗚呼、なんて分かりやすい!

 

 同時に、ムクムク、と少し意地悪な気持ちが湧き上がってくる。

 ここで、からかわないなんて、西連寺千代じゃないものっ!

 意を決して私が口を開く前に、百合が笑顔を向けて来た。


「ねぇ、千代」

「な、何?」

「今日の放課後、暇かしら?」

「暇だけど。どうしたの? あ、また服選び~? もう、次のデートが決まったんだ。もう、仲良しなんだから」

「うふふ、それはまた今度ね。服も買いに行きたいから、付き合ってほしいわ。だけど、今日はお誘いよ」

「おぅ……もう決まったんだ。お誘い?」

「ええ。柊が昨日、シフォンケーキを焼いたの。だから、放課後、うちでお茶しない?」

「え? 柊さんってケーキまで焼くの?」

「プロよ、プロ。売り物になるレベルね。正直……女子力を測る機会があったら、大概の女子が泣かされるレベルよ。私も泣くと思う」

「へ、へぇ」


 ちょっと顔が引き攣る。

 今まで聞いてきた百合の話と、実際、会った感じ……あの人、本当に凄くない? 流石は、うちの学校のヒロイン中のヒロインにして、『出る前から勝負が決まってしまう』という身も蓋もない理由で、ミスコン殿堂入り扱いされている、八重垣百合の想い人。ハイスペック過ぎるわ。常人じゃ届かない域にいるわね。

 しかもそれらに加えて、あの人、売れっ子専業作家様でもある。ああ、しまった、色紙を持ってきてない。サインを是非是非、貰いたいのに……。

 柊さんは、サインを滅多にしない事でも有名で、一部ファンからは優しい文体から『女性なのでは?』と言われていた位なのだ。この機会を逃したら、中々次のチャンスは巡ってこないだろう。

 ……はっ! 

 そ、そうよ、千代。諦めてるのまだ早いわ。帰り道に寄ればいいじゃない。

 色紙とサインペンを買って――あれ? 何か、忘れている気がするような。


「千代? どうしたの? 百面相してるわよ?」

「あ、ごめん。でも、柊さんは大丈夫なの?」

「……本当は、今日のおやつ代わり、って言われたんだけどね。何時もの場所で私達がそんな物、食べてたら、どうなると思う?」

「ああ~……中等部の子達がきっと大騒ぎね。人気者は大変だわ~」

「千代、何言ってるの? 貴女もだからね? というより私よりも貴女の方がモテるのよ? 気付いてるんでしょ?」

「え~知らない~。だって、私がモテる筈ないもの~。と言うか、私はノーマルなのっ! 百合じゃないの百合じゃ! ……あ、今のは別に百合にかけたわけじゃないから」

「ええ、そうね」

「ぐっ……ち、違うのに……」


 昨日、虐めようとしたことの仕返し、仕返しなのっ!?

 いいわよ、別に昨日の続きを――止めましょう。あれは不毛の争いだわ。

 お互いに、いいえ素直になるわ、きっと私の精神が保てない。

 だって――羨ましいぃぃ! 

 柊さん、優しくて、生活力もあって、謙虚で、カッコよくて、しかも百合を心から大事にしてて、だけど時々少しだけ意地悪で……今時、少女漫画でもいないわよ、あんな人!?

 くっ……こ、これが、ヒロイン補正だとでもいうの? 百合、恐ろしい子!


「はいはい。千代、声に出てるわよ。それと、柊を美化し過ぎ。普通の人だから、あの人。確かに、何でも出来て、色々知ってて、女子力高くて」

「百合……朝から、そのノロケは厳しいわ……うぅ……私も彼氏ほしいよぉ」

「べ、別に彼氏じゃないしっ……まだ」

「うん、そうだね。まだ、ね?」

「も、もうっ! ……それで、どうするの? 来れるなら、彼に連絡しとくけど」

「本当にお邪魔していいの? 百合としては、二人きりの時間が減るのは嫌なんじゃないのぉ?」

「千代」

「な、何?」


 あ……や、ヤバっ。

 退き時を誤った? いや、でも何時もこれ位で起こることなんて。


「――言っておくけど、彼のシフォンケーキ、物凄く美味しいわよ? 多分、近場で行けるケーキ屋さん水準で、あれを超えてくることはないわね。今なら、美味しい紅茶・珈琲・ココア・ハーブティーから飲み物を選べるんだけど」

「行きます」


 百合の手を握る。

 ええ、行きますとも。甘い物は正義。しかも、それがとっても美味しいなら大正義だ。カロリーの事は後から考えよっと。

 ――その考えが余りにも甘く、シフォンケーキと紅茶の組み合わせという悪魔の前に、私が全面降伏を余儀なくされたのは言うまでもない。

 ちょっと、美味し過ぎ。素人が作る代物じゃないもの、これ。

 あ、それと違和感の正体判明。

 まだ、私、柊さんのペンネームまで知らない筈でしたー。あははー。

 

 ……やらかしました。百合、そろそろ膝が痛いんだけど。

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