割り切れない事はある。ましてそれが――

「本当にとてもいい子で可愛らしかったね、千代ちゃん」


 わざと大きな音を立てて、マグカップを机に置く。

 目の前に座る彼をジト目で見る。

 ……さっきからちょっと上機嫌過ぎると思う。

 それと、簡単にそういう事を言うのはどうかと思うっ! どうかと思うっ!!


「ねぇ」

「何だい」

「さっき会ったばかりの、しかも私の親友を茶化すのは止めてもらえる?」

「茶化してなんかいないけど? あ、そう言えば、本人にもそう伝えたら『……柊さんは、天然ですね。百合が苦労するわけだわ』って言われたんだけど、どういう意味だろ?」

「……ちっ」


 千代め。面白がってるわね。

 月曜日、酷いんだからっ!

 

「こーら。そこ、何が気にくわないのか知らないけれども、舌打ちしない」


 苦笑しながらたしなめられる。

 まったく、人の気も知らないで……。

 先日、柊は私にこう言った。


『今度、千代ちゃんを連れておいで』


 ――直接、言われたら是非もない。

 のらりくらりと躱したところで、何れは押し切られる。

 それに、ずっと断り続けて……嫌われるのは避けたいし。

 と言うか駄目、絶対に。

 結局、その翌日、千代を出来る限り遠回しに誘ってみたところ――その数分後には、日程と、手土産の内容まで決定していた。

 何で、そんな乗り気なのよ……。


『だって、私に会いたがってる人が、百合の想い人なんでしょ? 見てみたいじゃない! よく話に出てくる美味しいお茶とお菓子を所望するわ』


 私の親友は鋭すぎると思う。

 ……え? 顔に出てるの? う、嘘でしょ?

 そ、そんな優しい顔で、どうして肩を叩くのよ!?


「百合」


 千代には彼の話をしたことはほとんどない筈。

 この前、喫茶店へ行った時に少しだけ話しただけ。

 それだけで気付かれたの? 

 ……うぅぅ。


「百合ー?」

 

 来てみれば、案の定、柊は千代のことを気に入ったみたいだし、何時になく優しかった――ような気がする。

 会話も弾んでいた。何しろ二人ともとにかく本を読むのだ。

 嗜好も似ているみたいだし……取りあえず私の前で、私の分からない話を楽しそうに延々としないでっ!

 挙句の果て『今度は泊りにおいで』? 

 ……千代のことは好きだ。親友だし、大切にしたい、と思ってもいる。

 だけど、だけどっ!

 私にだって割り切れない事はあるのだ。ましてそれが――


『百合は本当に柊さんのこと大好きなんだね。大丈夫。私は盗らないから、ね? そんな顔しないでよ――ちょっと定期的にからかうだけだから。あ、今度はお泊りしに来るね?』


 満面の笑みでそんな事言われたら、不吉な予感しかしないわ……あと、どうしてそんなに嬉しそうなの?

 はぁ、多分これからずっと根掘り葉掘り聞かれるんだろうなぁ。

 ちょっと憂鬱。

 それと言うのも、柊が全部、全部、全ー部、悪い。悪いと言ったら悪いのだ。

 いい加減、気付きなさいよ……バカ。唐変木。

 鈍いのが許されるのは小説の世界だけ――ひゃぅ。


「熱はない、か」

「え、え、え」

「さっきから、声をかけてるのに全然反応しないから、熱でもあるのかと思ったよ。何時もは百面相だけど、今日は二百面そうだね。そろそろ、怪人になれるかもしれないね」

「た、例えが古いよ。それで分かる女子高生なんて、そんなにいなんだからねっ」

「そうかなぁ」

「そうよ」

「でも――百合は分かってくれるから、問題ないさ」


 ……騙されない。

 この言葉に意味なんてないのだ。

 さっき、聞いた台詞が脳裏で再生される。


『……柊さんは、天然ですね。百合が苦労するわけだわ』


 そうなのっ! 苦労してるのっ!

 ちょっと冷めたカフェオレを飲み干す。

 そして、ずいと前に出す。


「寝れなくなるよ?」

「明日はお休みだもの。寝れなかったら」

「たら?」

「――柊と話す。眠くなるまで」

「別に構わないけど。今日の百合は、随分と甘えたさんだね」

「はぁ!?」


 どうしてそうなるのか。

 ほら、マグカップの白猫まで呆れてるわよ?

 彼をじっと見ると、小首を傾げた。可愛い。

 しまった……つい条件反射が……。


「だってさ」

「何よぉ」

「今日、千代ちゃんが来てからずっと変だったからね、百合は」

「…………そんな事ないもん」

「ほら。その口調。昔から拗ねるとそういう口調になるんだよ? 気付いてないみたいだけど」

「……違うも――違うわ」

「はいはい。熱いよ、気を付けて」

「ありがと」


 新しいカフェオレを注いでくれた。

 一口飲む。美味しい。

 私を見て彼が微笑んでいる。


「それを飲んだら、もうお休み」

「まだ眠くない」

「駄目です」

「何でよ」

「明日は二人で出かけよう」

「……もう一回言って」

「明日は二人で出かけよう」


 !?

 え、あ、その、へっ!?


「お~三百面相になったね」

「えっと、その――な、何で?」

「理由が必要かな? ただ」

「ただ?」

「拗ねてる我が家のお嬢様のご機嫌取りを、とね」

「てぃ」


 目の前にあった蜜柑を投げつけるも、軽くキャッチされた。

 だけど――嬉しい。どうしよう。心臓がおかしくなりそうだ。

 ……こうしてはいられない。

 マグカップを手に席を立つ。


「寝るね、おやすみなさい」

「うん? おやすみ」



 ――その晩、私が寝たのはそれから随分経ってからだった。彼には内緒。

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