言ってほしい。だけどそれは、今じゃない

「はぁ……」

「また、溜め息して。今日はいったいどうしたんだい?」

「ちょっとね……」

「ふ~ん」


 机の上に、ことり、と音をたててマグカップが置かれ、向かい側に柊も座る。

 今夜は、二人共、定番のミルクティー。

 そう言えば、そろそろココアの季節も終わりだ。

 うちでは、日によって(と言うより私のリクエストで)飲み物は変わるけど、ココアは冬場だけなのだ。

 曰く『僕の中では、ココアってスキー場で飲む、平地で飲んだら飲めない位に甘くて、舌が火傷するくらい熱い飲み物なんだよね。だから、基本的に冬場だけ』。

 と、言いつつも、私がリクエストすれば夏場でも冷たいココアは作ってくれる。 基本的にとてもとても甘いのだ。

 勿論、嬉しい。嬉しいのだけれど……ちょっと違う。違うと思う。


「今日の百合は忙しいねぇ。さっきから、くるくる表情が変わってるよ?」

「……そんなこと……なくはないけど。ねぇ、聞いてくれる?」

「うん」

「あのね、今日、合流する前、友達と一緒にお茶してたの。何時も行く喫茶店」

「へぇ。百合があそこに連れていくなんて、随分と仲が良いんだね。あ、なるほど、千代ちゃんかな?」

「当たり。どうして分かったの?」

「分かるよ。だって、毎晩こうして話をしてるからね」


 彼が優しく微笑む。

 多分、両親は私の交友関係とか余り知らないけど、目の前に座る私の想い人にはほとんど知られてしまっている。

 ……何か、妙に恥ずかしい。

 少し早口になるのを自覚しつつ続ける。


「それでね、千代が私に言うの『百合は可愛い』って……千代の方がずっとずっと素直だし、優しいし、可愛いのに」

「確かに、話を聞いてる限りとってもいい子だよね。百合はちょっと捻くれてるからなぁ」

「もうっ! わざわざ言わないでよっ! ……自分でも自覚してるんだから」

「ごめんごめん。それで、うちのお嬢様は千代ちゃんが可愛くて可愛くて仕方ないのだけれども、同時に自分と比べてしまってちょっと落ち込んでいた、と。合ってるかな?」

「…………」


 少し温くなったミルクティーを飲み干して、無言でマグカップを前方へ。

 彼は苦笑し、お代わりを注いでくれた。

 ちっちゃい頃から私のことをずっと知ってる彼からすれば、こちらの考えていることを当てるなんて造作もないらしい。

 ええ、どうせ、私の心は狭いですよ。自分にない良い部分をたくさん持っている親友を羨望する位には。

 だって……ふと、思ってしまったのだ。

 

 柊は私みたいに捻くれている女の子よりも、千代みたいに素直で優しくて可愛い女の子の方が好みなんじゃないか、って。あと、容姿。どっちかと言うと彼は『美人』よりも『可愛い』方が好みなんじゃ……。

 

 同時にそんな事を考えてしまう自分が少し嫌になる。

 私は『八重垣百合』であって、『西連寺千代』にはなれないのだから。


「百合」

「……何?」

「考え過ぎ。真面目なのは美徳だけどね。でも、考え過ぎても仕方ない事はあるよ、間違いなく。そういう時は、えいやっ、と思い切って止めてみるといい。僕を見てごらん、文章を書くのは勿論楽しい。だけど、どうしても書けない時もある。そういう時どうしてるかは、百合もよく知ってるだろう?」

「知ってるけど……半分以上は嘘ね。だって、『〆切りを破ったことがないんですよ! ほんと、神様です、神様』ってこの前、来た編集さんが拝んでたし、第一、集中してる時はずっと書いてるもの。私に気付かないくらい」

「大袈裟だよ。それと一日で書ける量は決まってる」

「……本当?」

「本当です」 


 怪しい。とっても怪しい。

 私から見た彼は、身贔屓と、好きな人補正を抜きにしてもなお、有能、その一言に尽きる。

 確かに『書けないから、ちょっと休憩してるんだ』と言って、本を読んでいたり、私と話をしていることはあるけれど……それとて、精々1時間だ。

 毎日書きながら、朝夕の食事はとっても美味しいし、家の中は整理整頓が行き届いている。

 ……私を励ます為に嘘を


「言っとくけど嘘じゃないからね? 本当に分かりやすいなぁ」

「…………バカ」

「誉め言葉としておこう。さて、そろそろお休みよ。僕はこの後も少し書くから」

「うん」


 ミルクティーを飲み終え、マグカップを洗う。私だって、自分のこれくらいのことはしているのだ。


「あ、そうだ、百合」

「何?」

「今度、その千代ちゃんを連れておいで。色々と話を聞いてきたから、そろそろ会ってみたいな。君の親友なら、その子は僕にとっても大事な子だからね」

「えっ……あ、うん。今度聞いてみる。おやすみなさい」

「おやすみ」


 咄嗟に返答しつつ、自分の部屋へ。

 ――戸惑う。

 いや、彼女を連れてくるのもちょっと……その嫌だけれど。

 だって間違いなく気に入ることは目に見えているし、彼女も間違いなく懐く。あれで、甘えたがりなのだ。柊も甘やかしたがるし。

 でも、今はもっと重要な事がある。

 

 ねぇ――『大事な子』って私のことだよね?

 それって――どういう意味での『大事』なの?

 

 ……分かってる。

 柊の『大事』と私の『大事』は意味が同じようだけど違う。

 『大事』だって言ってほしい。だけどそれは今じゃないのだ。

 近い内に、同じ意味にしてみせるけど……その時にはきちんと言ってもらおう。


 私が『世界で一番大事な子』だって。


 ――その晩、私がどんな夢を見たかはお話出来ない。あしからず。

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