もう少し、もう少しだけ、先へ。
結論から言う。もたなかった。ノックアウト。完敗。
うぅ……だって、だって、だってっ!
今日の(”も”だけど)柊、カッコよすぎるんだものっ!
私の恰好に合せてくれたのかラフ。
だけど、きちんとしているように見える。何なのそれ? 魔法?
しかも、家からずっと手を繋ぎっぱなし+時折、囁かれる甘い言葉。
こんなの換気が間に合う筈もないじゃないっ!
……今度はちゃんと対策するから、次回もお願い。
「落ち着いたかい?」
「別に、体調を崩したわけじゃ……」
「はいはい。今日は少し暑かったからね。散歩するにはいい日だけど」
「この前まで、雪が降ってたのに、もう桜が咲いてるなんて」
「そうだね。でも――百合と今年も桜を見れて、僕は嬉しいよ」
「……柊」
「うん」
「わ、わ、私も、嬉しい、です」
「ありがとう」
優しい視線に耐え切れず、目の前のアイスコーヒーを飲む。
私達は今、行きつけの喫茶店で休憩中。理由は言わずもがな、途中で私の身体が限界に達したからだ。
今日の目的である桜は見ていたから良かった。土手沿いの桜並木は本当に綺麗だったし、春が来たんだなぁ、と思えたし。
けど……本当はこの後、柊の服を私が選んで、私の服を柊に選んでもらう、という夢のようなイベントが待っていたのだっ!
私には早過ぎた? 早過ぎたって言うの!? 八重垣百合、貴女の覚悟はそんなものだったのっ!!?
スプーンを握り締め、チョコレートパフェの攻略を開始する。
うん、美味しい。
「美味しそうだね」
「美味しそうじゃなくて、美味しい。甘過ぎないし」
「一口もらっていいかな?」
「勿論」
「ありがと。それじゃ、食べさせてくれるかな?」
「ふぇ?」
まじまじと彼の顔見る。
今、何て?
……落ち着いて、落ち着くのよ、八重垣百合。
最近、甘やかしてくれるとは言っても、柊は私をからかうこと自体は止めてないんだからっ。
ただでさえ、今日はもう一度ダウンして、耐性が弱まってるんだから、もう一度ダウンしたら、もう全面降伏するしかない。
アイスコーヒーを一口。よし。
「ごめん。もう一度言って――」
「百合、あーん」
「…………」
ぱくり。冷たくて美味しい。
柊は満面の笑み。てへ。
……違う!
ここは私がするシーンの筈よ。いや、でも、してもらうのも吝かじゃなくて――ああ、もうっ! 思考がまとまら――ぱくり。
「……柊」
「なんだい」
「スプーンを返して。今度は私がするから」
「駄目だよ」
「どうして?」
「おや、気付いてないのかい?」
「何の問題も……待って。訂正するから待って」
「はい、スプーン」
「……意地悪!」
私が使っているスプーンで彼にパフェを食べさせる。それってつまり……そういうことだ。
HP全快、かつ覚悟を決めている私なら……もしかしたら大丈夫かもしれない。
けど、今日はもう無理っ! 無理だからっ! そ、そ、そんな事したら……家に歩いて帰れるかも怪しい。
残念だけど、非常に残念だけど今日は断念。
……大丈夫。少しずつ前へ進んで行けばいいんだから。
今は、柊にからかわれてばかりだけれど、何時か私が彼をからかって、赤面させてみせるんだからっ。
「この後はどうしようか? 桜は見れたし、百合もちょっと疲れたみたいだから、帰って夕飯に美味しい物を作ろうか」
「うん。だけど、柊の服は選びたいし、私の服も選んでほしい。だから、来週また――デートしよう?」
「いいよ。なら、買い物しながら帰ろうか」
「うん♪」
よし。次の約束は確保。
ガッツポーズしそうになるけど、それは乙女の矜持で回避。心の中だけに留める。取りあえず、万歳もしておこうかしら?
「そういえば」
「うん?」
「手紙が来ていたよ、百合宛に。葵さんから」
「お母さんから? 珍しい……電話魔なのに。それで、お父さんから何時も怒られるのに……中身は見たの?」
「まさか。百合宛の手紙を開けたりはしないよ」
「そっか、そうだよね」
何だろ?
学年末試験のお説教……はない筈。ちゃんと知らせているし。この前も電話で話したばかり。
そもそも成績は維持してる(学年五位だった)し、むしろ、ちょっと良かった。音楽がなければ、もう少し上だったかもしれない。
ピアノは人並なんだけど……歌うのだけは、ちょっと……。
だとしたら、う~ん、何だろ??
今更、柊との同棲(『同居』じゃありませんっ。『同棲』ですっ)に対して、文句を言うとも思えないし。
うちのお母さんは彼のことを凄く信頼している。多分、実の娘である私よりも……時折、お父さんが項垂れてるくらいだ。
分からない。取りあえず、読んでみてから考えよっと。
柊――何よ? その視線は。
「百面相してる百合は相変わらず可愛いな、って」
「それ、褒めてるわけ?」
「褒めてるね」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「信じられませーん。信じてほしかったら」
「ほしかったら?」
「ちゃんと、からかわないで、私の事を見て――綺麗、だって言ってほしい」
彼に『可愛い』と言われるのは嬉しい。とってもとっても幸せな気分になる。
でも――私はとっても欲張りなのだ。
もう少し、もう少しだけ、先へ。そうやって、進んで行きたいなって、今は思うから。だから。
――この後、どう言われたのかは秘密です。
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