冷たい――けど、本当に温かい
不覚。何たる不覚。もうその言葉しか思い浮かばない……。
16歳まで生きてきて、この言葉を今ほど繰り返した事はなかったかもしれない。いや、間違いなく、ない。
本日は二月十三日。
予定では、二人で柊の誕生日をお祝いする筈だったのに……今の私はベッドに横たわっている。
数日前から体調がちょっとおかしかった。だけど、誕生日プレゼントは最後の追い込み中。なので、躊躇なく夜中まで作業をしていた結果、あろうことか三日前から高熱で寝込む羽目に陥ったのだ。
今朝になって、ようやく熱も下がってきたけれど……顔を枕に押し付ける。
まだ、誕生日プレゼントも出来てないし、チョコも買っていない。何よりも、忙しい彼にずっと看病で時間を取らせている。もう……最悪っ。
きっと、柊だって呆れてる――いや、彼はそういう人じゃないけど。でもでも、もしかしたら、万が一ってことも……嫌われたらどうしよう。
私の馬鹿……馬鹿、馬鹿、大馬鹿っ!
もっと計画的に進めていればこんな事にならなかったし、チョコはともかく、柊をお祝いする事は出来たのに。
情けなさに涙が滲んでくる。
うぅ……どうして、こうなるんだろ……私は、ほんとダメだ。ダメダメだ……。
体調が悪いせいか、さっきからネガティブな考えが延々と頭の中でリピートされ続けている。
――ノックの音。
慌てて布団を頭まで被る。今は、顔を見たくない。見たら間違いなく泣いちゃうもの。
「百合? 起きてるかい?」
応えそうになるけど無言を貫く。
少しして、ゆっくりと彼が部屋に入って来る音がした。
「百合?」
なおも無言。
熱のせいか、何時もより敏感に彼の気配を感じる。
うぅ……ちょっと身体に毒かもしれない。
溜め息が聞こえ、布団を直され顔が出てしまう。
私は起きてません。寝ていーまーすー。
だから、今は出てって――
「ひゃう」
「うん。昨日よりは熱が下がった。お腹減ったろう? お粥作ったからお食べ」
「……私は起きてないのっ。寝てるのっ」
「そかそか。取りあえず、生姜湯を飲もうか」
「寝-てーるーのー」
その時、くー、と可愛い音。
…………私じゃない。私じゃないのっ。
柊っ! 笑うなら、ちゃんと笑いなさいよっ!!
むくれていると、頭に彼の手。ゆっくりと撫でられる。うぅ……何時もは滅多にしてくれないのに。こういう時だけ、甘くなるのは反則!
「まったく、百合といると飽きないねぇ」
「……知らないっ」
「はいはい。さ、お飲み」
「生姜湯、あんまし得意じゃない……」
「蜂蜜を入れたから飲み易い筈だよ」
起き上がり、恐る恐る一口飲む。
あ、蜂蜜が入ってるせいか飲めなくはないかも。身体がぽかぽかする。
ちびちび飲んでいると、何故か満面の笑み。
「……何よぉ」
「んー? 別に。百合は百合だなぁ、って。嬉しくてさ」
「?」
「気にしない、気にしない。さ、お粥も食べれるかな?」
「うん――ねぇ、柊」
「何だい?」
「それはなーに?」
「何って、所謂『あーん』と呼ばれているものだと思うけど?」
「自分で食べられる」
「えー。折角だから、食べさせてあげるよ。はい、あーん」
「ぐっ……」
私の中で激しい葛藤。
こんな機会はきっと早々ないし、後学の為に経験しときたい。そう、あくまでも後学の為に。
でも、さっきからの態度……間違いなく、小さい子相手のそれだ。多分、私が小さい頃に同じような事があったのだろう。ちょっとムカつく。
あと、やっぱりちょっと恥ずかしいし。
だけど……ぱくり、とお粥を食べる。美味しい。
一口食べてしまえば後はなし崩し。完食。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。さ、もう横になってお眠り」
「……やだ」
「百合」
「……眠たくなるまで、ここにいて」
「しょうがないなぁ」
「……柊」
「うん」
「……ごめんね。忙しいのに迷惑かけて。それとお誕生日だったのに」
空腹が満たされて少しずつ睡魔がやってくる。
ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「……本当はね、今日、お誕生日プレゼントを渡す予定だったの。マフラー編んでたんだけど……間に合わなくて……」
「うん」
「……それと、チョコも……材料、買ってないの。私、料理下手だけど……今年こそは作ろうっ! って」
「うん」
「……私、ダメダメだよね? こんな私じゃ柊は……嫌いになっちゃうかも……」
「百合はさ」
「……うん」
「僕の大事な家族だよ。嫌いになるわけないじゃないか。さ、もうお休み」
「う~! 違うのぉ。そうじゃないのぉ……」
こういうところがズルいのだ。分かってるくせにはぐらかす。
私がむくれていると、苦笑しながら手を差し出してきた。
「はい」
「……何よぉ」
「甘えん坊な百合には、仕方ないから寝るまで手を貸してあげるよ。今日だけ特別だよ?」
「…………本当? 途中でいなくなったりしない?」
「うん」
「そか。なら、借りるね……」
彼の手を握り締める。
下がったとはいえ熱のせいか、私の体温は何時もよりずっと高いみたいだ。
冷たい――だけど、本当に温かい。
心から安心する。
私がいて、彼がいる。それだけの事で満たされる。
睡魔が襲ってきた。
「……ねぇ、しゅう」
「うん」
「……なおったら……おいわいと、ちょこ……あと、ね」
「うん」
「……ありがと……」
それが記憶してるその晩の記憶。
――なお翌朝、熱がひき元気を取り戻した私が、ベッドの上で羞恥心との死闘を演じる羽目になったのは言うまでもない。
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