ズルいと思う……私だって甘やかされたい、です

「……バカ」

「最近の百合は、僕に対してちょっと酷いね」

「……そんなことないもん。柊が千代に優し過ぎるのがいけないんだもん。私は別に悪くないもん」

「ほら、また昔の口癖が出てるよ? 何がそんなに気に入らなかったんだい?」


 ジト目で目の前に座る従兄を見る。それを言葉に出来ないから、困ってるのっ!

 ……私の気持ちは分かってるくせに。

 柊のカップを奪い取り珈琲を一口。


「苦い」

「ブラックだからね。寝れなくなるよ」

「最近、柊、遅くまで起きてる。お仕事、忙しいの?」

「ん~そうだね。有難い事に、連載まで持たせてもらってるからね」

「ねぇ……私、それ聞いてない。今、初めて聞いたんだけど」

「もう終わるから、大丈夫だよ。ありがと」

「む~」


 テーブルに頭をつける。冷たい。

 何となく納得がいかない。

 どうして教えてくれなかったんだろう。


「あ、別に百合のことを信用してない、とかそういう話じゃないよ」

「……だったら、どうして?」

「えっと、はは」

「誤魔化さないで」

「んーその、ちょっと恥ずかしくて、さ」

「へっ?」

「いや、そのね……単行本とかも知ってる人に読まれるのはちょっと恥ずかしいんだけど、今回のは連載はその……止めよう。この話題はここまで」

「えー」

「はい、飲み終わったね。そろそろ寝ないと明日、起きれないよ?」

「……怪しい」


 怪し過ぎる。

 普段、滅多に動じないのに、この反応。

 ……私が読んだら、柊が恥ずかしくなる?


「柊」

「何だい」

「私、今度はチーズケーキが食べたいわ」

「いいよ。ベークドの方でいいかな?」

「ええ。よろしくね。それじゃ、私は寝るから。おやすみなさい」

「うん。おやすみ」


 さ……罠は仕掛けたわ。

 後は、引っかかるのを待ちましょうか。

 あ、千代にもちょっと手伝ってもらわないと。

 大ファンだと言っていたあの子が反応してないところを見ると……匿名か、違うペンネームね、多分。


※※※


「百合、その……これは読まない方がいいと思う、な」

「……どうしてよ?」

「いや、そのねぇ?」


 柊が書いていた連載はすぐ見つかった。千代にその話を振ったところ、僅か3日間で特定してくれたのだ。何と、少女小説雑誌だった。ヒロインの子がチーズケーキを食べているシーンがあったらしい。

 彼が言った通り、確かに今回で連載終了とのこと。短期集中連載ね。

 ……そこまで分かっているのに、先程から題名や内容については頑なに教えてくれないのだ。

 ねぇ、千代。そういう風にされたら余計に読みたくなるのが人じゃない?


「違うの。私は百合がこれを読んだ後を心配してるのっ!」

「心配? 何の?」

「……精神状態の」

「??」


 会話が噛み合わない。

 変な内容なのだろうか?

 いや、でも柊が書く話は、基本的に若い人向けに小説らしいけど、Hな話とかはない筈。

 私がじっと見つめていると、千代が溜め息を吐いた。


「はぁ……私は忠告したからね? はい、これ。あ、一つだけ約束して」

「うん?」

「……読み終わった後に、柊さんへ暴走しないでね?」

「はぁ?」


 暴走なんてする筈がないじゃない。

 そんな勇気があるならとっくの昔に――違う。今の無し。私はそんな事、考えてない。だって、何事にも順番があるんだから。


※※※


「柊」

「何だ――ごめん、ちょっと仕事が」

「座って」

「いや、百合」

「座って」


 珍しく困った顔になった柊がマグカップ片手に椅子へ腰かける。

 私はテーブルの上に雑誌を置く。


「よく見つけたねぇ」

「千代が」

「ああ……そこは盲点だったな」

「柊は」

「うん?」

「……どうして、ああいう話を書いたの?」


 またしても珍しく、彼は返答しないで珈琲を飲んだ。

 その頬は薄らと赤い――どうしよう、心臓がドキドキしてきた。


「ねぇ」

「あーうん。ごめん。嫌だったよね? 読む人が読めば、あのヒロインは百合だって分かるだろうから、名前を今回は変えさせてもらったんだけど」

「そうじゃなくて……どうして、あの物語の中で、あの子は主人公からあんなに甘やかされてるの?」

「……言わないと駄目かい?」

「駄目」

「……百合は最近、厳しいねぇ。分かったよ、正直に話そう」


 苦笑しながら、マグッカップを置くと、私へ視線を合わせる。

 ――駄目。ここで視線を逸らしたら何時もと同じなんだから。

 恥ずかしなるけど、じっと我慢。


「昔は百合も小さかったから幾ら甘やかしても大丈夫だったんだけどね、ほら、もう高校生じゃないか。嫌かな、と」

「それだけ?」

「それだけだよ? 頭を撫でるのだって、最近はそこまでしてないだろう? お風呂上りに、髪を梳くのはまだ時々やるけれど」

「ふ~ん……そうなんだ。それにしては、この話の主人公、この子に膝枕とかしてるよね? 高校生なのに」

「それはあくまでも物語だよ」


 手強い。

 どうやら、自分がそうしたい、とは認めないつもりだ。

 ……あれ? でも本当にそうなのかな?

 現実と物語は違うわけだし。柊は本当に私を甘やかしたいのかしら?

 私は、柊に後ろから抱きしめられた事なんかないし、膝枕をしてもらった事もないし、ソファーに一緒に座って肩を預けた事は――あ、それはあるかも。

 まぁだけど、言いたい事は一つだ、うん。要求はちゃんと言葉にしないと伝わらないから。


「柊」

「何だい?」

「あのね……あの子はズルいと思う……私ももっと甘やかされたい、です」


 ――この後、一緒にソファーで映画を観ました! 柊の肩、温かったなぁ。

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