甘いだけより、苦いだけより、余程いい

「毎回、思うんだけどさ」

「うん」

「よく、そんな苦いの飲めるよね。それと、夜に飲んで――寝れるの?」

「寝れるねぇ……今まで、散々飲んできたから耐性が出来てるんじゃないかな? それでも、多少眠くなりにくくはなるけどね」

「ふ~ん……そんなものなのかな?」

「きっと、そんなものさ」


 今夜も私は柊とお喋り中。

 お揃いのマグカップには温かいココア。彼はこの後、まだ執筆があるらしくコーヒー。しかも――私からすると信じられないけど――ミルクや砂糖を一切入れないブラックの。

 よく飲めるなぁ。一度ならず試してみたけれど……苦いのはダメだ。甘過ぎるのも苦手だけど。

 柊は私の前で美味しそうにコーヒーを飲んでいる。それを見ると飲んでみたくなるから不思議だ。


「ねぇ」

「何だい」

「一口飲ませて」

「駄目」

「ええー」

「だって、コーヒー飲んだら寝れなくなるじゃないか。前もそう言って一口飲んだら、寝れなくなって遅刻しそうになったのは誰だい? 明日も学校があるんだし、また今度にしなよ」

「……ケチ」

「はいはい。それで――見せて」


 やっぱり聞いてきたか……正直、余り見せたくない。

 渋々、鞄から期末試験結果を取り出し手渡す。


「ふむふむ――今回も優秀だね。百合は何でも出来るから凄いなぁ」

「……そんな事ない。今回は順位も下がったし」

「学年五位で卑下することないよ。僕の高校時代の成績なんて、聞いたら笑っちゃうよ?」

「柊が? それこそ嘘よ」

「何を隠そう――僕は試験勉強は全教科、一夜漬けだったんだよね」

「……へっ?」

「だから、上位になったことはなかったなぁ……まぁ友達と賭けてた時は真面目に勉強したけどさ」

「順位はどれ位だったの?」

「大体、丁度半分だったかな。ああ、赤点はなかったよ」


 ……何だろうか、この妙な敗北感は。

 これでも、私は真面目な優等生で通っている。幼い頃からの習慣で、予習、復習は当たり前。

 けど、自分のことを『頭がいい』とは思わない。勉強が出来るのと、それは全く別問題だと思うから。

 一夜漬けで丁度半分――つまり、きっかし平均点を取れるということ。

 それが出来る=確実に必要なポイントだけを暗記してたのか、この男は。


「また、不機嫌そうな顔だねぇ」

「……そんなことない。あ、賭けをしてたって得点で?」

「そうそう。一教科もしくは三教科とかでね。勝ったらジュースを奢る、とかそんなのさ。百合の友達は、みんないい子だし女の子だからやらないかな?」

「ねぇ……遠回しに馬鹿にしてるでしょ?」

「何でそう取るのさ――まぁ、そういう風にやってたんだよ。懐かしいね」

「それで」

「うん」

「結果は?」

「ふふふ――何を隠そう、負けた事はないよ。何度か同点で引き分けはあったけどね。三教科引き分けた時は二人して笑ったなぁ」

「ふーん……」


 白猫のマグカップを持ってココアを飲む。

 ……甘い。そして、何となく面白くない。

 目の前に置かれた黒猫のマグカップを手に取り、一口――苦い。


「ああ、駄目だよ。寝れなくなるよ、ってさっき言ったじゃないか」

「ねぇ……引き分けって、何点だったの?」

「百点」

「それも一夜漬け?」

「だったかな? もう昔のことだし、詳しくは覚えてないよ」

「……あと、その相手って女の子だったでしょ?」

「ノーコメント」

「むぅ~……そうやって、自分に都合が悪いと逃げるんだからっ!」


 むくれる私を見て何時ものような笑み。

 どう考えても年の離れた妹か、もしくは親戚の子に向ける視線だ。

 はぁ……同い年だったらよかったのかな。そうしたら、今頃は――。

 そんな葛藤を他所に、柊は黒猫のマグカップに入ったコーヒーを飲み干し、新しく注ぎなおす。

 ――少し考え、そこへミルクとお砂糖少しだけ足し、私へ差し出してきた。


「……何?」

「これなら飲めるんじゃないかな? 甘くし過ぎると僕が飲めなくなるから、これで許してほしい。ああ、一口だけだよ」

「……分かってるわよ」


 一口だけ飲む――少し苦い。

 だけど、ちゃんと飲めるし、美味しい。


「どう?」

「美味しい」

「そう。良かった。週末で昼間なら飲んでいいからね、飲みたくなったら教えて」

「……子供扱いしないで」

「はいはい」

「……だけど、今度の土曜日にまた飲みたい」

「うん、とっておきのコーヒーを入れてあげるよ」


 そう言いながら、試験結果を返してきた。

 柊は基本的にこういう事で私を怒らない。だけど――前より順位が下がったのを見られるのは何となく嫌なのだ。

 彼には、一歩ずつでもいいから、前に進んでいる私を見てほしい。

 ……今回、順位が下がった原因は分かっている。分かっているが難題だ。どうやって克服したものか。


「ああ――そう言えば」

「な、何?」

「百合は相変わらず、人の前で歌うのがダメなのかな? 音楽だけちょっと成績が普通だったよね」

「…………ノーコメント!」

「今度、二人で練習に行く?」

「う……も、もう寝るからっ! おやすみなさいっ!」

「おやおや。ああ、行きたくなったら声をかけてね」

「……柊の意地悪っ!」



 こうやって時折私をからかって遊ぶのだ。何時か仕返ししてやろうと思う。

 だけどこんな今の距離感は――甘いだけより、苦いだけより、余程いい。

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