ココア&ミルクティー
七野りく
ココアは甘さ控えめで
「それで――どうしたんだい?」
「……断った」
「えー。聞く限り良い子だったのに。何が不満だったんだい?」
「……だって――何でもないっ!」
台所に立って鍋をゆっくりとかき混ぜている彼をジト目で見る。
理由なんかずっと前から決まってるのに。それなのに何て事を言うだろうか、この男は。
……これだけ、分かりやすいのにどうして気付いてくれないんだろ? もしかして気付いて?
いや――多分まだ子供扱いされてるだけだ。下手すると、彼の中ではまだ小学生の時と同じかもしれない。
確かに一回り近く離れてるし、小さい頃――『僕は君が生まれた時を知ってるしね』が口癖だ。最近ちょっと苛々する――から保護者みたいなものだし、仕方ないのかもしれないけど……。
だけど――私ももう16歳。法律上、結婚だって出来る。
流石にそうなったのをリアルに想像は出来ないけど……でも、そういう歳なのだ。
そろそろ、少しは大人扱いしてくれても良い筈。
顔の美醜やスタイルもそんなに酷くないと自分では思ってるし、この黒髪を伸ばしてるのだって――
「百面相してるね。また、色々考えてるな」
「……考えてない」
「そう? まぁいいさ。はい――今日はココアにしてみたよ」
「……甘過ぎるのは飲めない」
「大丈夫だと思う――多分。かなり控えめにしたから」
マグカップ――私が買ってきた白猫と黒猫のやつだ。わざとお揃いにしたお気に入り――を私と自分の前に置き、彼が楽しそうに微笑む。
目の前に座る彼――私の従兄。名前は
……いや、今のだと語弊があるかもしれない。
私は『同棲』だと思っているけど、彼は何度主張しても『同居』だと断言するし。
この認識の溝は深く、私はここ数年それを埋めるべく努力をしているけど……柊はとてもとてもとても手強い。その為、未だ訂正に成功した試しなし。
客観的に見てそこそこ容姿が整った女子高校生と一緒に暮らしているというのに、嬉し恥ずかしイベントも皆無。友人達が不思議がる程だ。
普通は、そういうイベントから二人の仲が急接近して――という展開があるみたいだけど、それって本当にあった話なんだろうか?
……現実は中々に厳しいのだ。
今のところ私はこの生活を気に入ってるし、概ね満足もしている。
まぁ多少は――いや、もっと甘くしてくれても良いのだけど……。
偶にはそういうのがないと、張り合いがないと言うか、物足りないと言うか。
それに、魅力がないみたいでちょっと落ち込むし。
「また、百面相して。冷める前にお飲みよ」
「……してない。さっきから失礼だよ。私は何時もこんな顔です」
「そっかそっか、そいつは悪かったね。百合は変顔が通常だものね」
「もうっ!」
ちょっとむくれながら、ココアを口に含む――丁度良い甘さと温かさ。
何だかとってもほっとする。
まだ私が中学生だった頃、両親の海外長期赴任を期に、彼と一緒に暮らすようになった。
その時、彼が私へ課したのはたった一つ。
『毎晩、今日あった事の話をしよう――
それ以来、ずっと私と彼はこうして話をしている。
学校であった他愛ない事、友人達の恋愛話。町の新しいケーキ屋の話。
今年の冬欲しいコートやマフラー。服装に無頓着な彼に対する説諭。
彼が書いている小説――案外と売れっ子なのだ――の話。感想を言うとはにかむのが可愛い。
今度、二人で行く映画や、その後の買い物の計画。
ありとあらゆる話をしてきたと思う。今では、きっと両親よりも彼の方が私については詳しいだろう。
「それにしても、さっきの話――告白を断ったのは君らしいけど、ちょっと勿体なかったかもね」
「……どうして?」
「だって、話を聞く限りとても誠実で優しい男の子だったのだろう? 中々の優良物件じゃないか」
「……柊は私が付き合っても良いんだ?」
「そうだねぇ――君が幸せになってくれて、笑顔でいてくれるなら、僕はもうそれで満足だよ」
「……その言い方はズルい」
「大人はズルいんだよ? あと、僕の場合は君に対してちょっと意地悪なだけ。昔から本当に面白いしね、百合は」
「もうっ!!」
前言撤回。
知っているからこそ、質が悪い時もあるのだ。
あと――幾ら詳しくても全部を知ってるわけじゃないし。
知ってたら私に男の子と付き合えば? なんて酷い事を言うわけがない。
私はずっと前――それこそ小学生の頃から柊を。
「ごめんごめん。さっきも言った通り、僕は君が幸せに――笑顔でいてくれるなら何も言わないよ。君の結婚式で大泣きするのが僕の夢の一つでもあるんだ。それを許してくれる人を是非とも選んでおくれ。まぁまだまだ先の話だろうけど。相手が出来たら紹介してね?」
「…………もう寝るっ! おやすみなさい」
「おや? そうかい――おやすみ」
このように無自覚で意地悪なのだ――酷い奴。
だけど――私だって何時までもやられっ放しじゃない。
今はまだ、子供扱いで眼中にも入ってないのは分かってる。
それでも何時か。
――これは私と彼の何でもない日々の話だ。
そして、二人がお揃いのマグカップを片手に繰り広げた追いかけっこの記録でもある。
少しの間、お付き合いしてくれると嬉しい。
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