そこに彼がいないなら、私に意味はないの

「百合~おかえりぃ♪」

「お母さん……暑苦しい」


 家に着き、玄関で靴を脱いだ瞬間に、とたとた、という音と共にやって来て、抱き着いて来たのは私の母――八重垣葵。

 身内贔屓かもしれないけれど、とっても可愛らしい人で、また私に対しては放任に見えるけど、同時に愛情過多。

 国際電話はしょっちゅうだし、珍しい場所に行った時は必ず手紙をくれる。また、季節毎には必ず帰国し、今みたいに抱き着いてくる。

 これで、複数の外国語を操ったりすると言うんだから、人は見かけによらない。


「酷いっ。百合は、お母さんが好きじゃないのっ!?」

「好きだけど、今は暑苦しい。どいて」

「うぅ……柊坊~百合が冷たいよぉ……なぐさめて~」

「はいはい。照れ隠しだよ。ね、百合?」

「別に照れてないわ。本心よ。それと……お母さん、そうやってすぐ柊に頼るのはやめて。伝えたでしょう? 今、忙しいんだから!」

「え~でも、柊坊に聞いたら、今日、泊まっていいって言ってくれたけど? ね、柊坊」

「勿論。百合もありがとう。気をつかってくれたんだね。でも、大丈夫だよ。ただ、明日の昼間は、僕は出版社へ行かないといけないから相手は出来ないけど」

「大丈夫よ~。その間は、百合の部屋を家探しして楽しむから☆」

「……そんな事したら、本気で怒るからね?」

「うぅ……百合が厳しい……小さい頃は天使だったのに……柊坊もそう思うでしょ?」

「う~ん……葵さんが悪いかな。それと、百合は今でも天使だよ」

「!?」

「だ、そうですよ~。良かったわね」

「わ、私、着替えてくるから。」

「ふふふ~♪」


 何時もこんな感じなのだ。

 大好きなんだけど……どうもペースが掴めない。

 まぁ、柊の件に関しては味方をしてくれてるのは有難いけど。

 ああ、でも良かった。彼がそう言ってくれるなら、移動しなくてすむ。

 お弁当は――偶には自分で作ろうかしら。

 ――着替えて、リビングへ向かうと、柊がお茶を入れていた。お母さんは、のんびりとくつろいでいる。


「百合~♪ さ、座って座って」

「柊、何か手伝う?」

「大丈夫だよ。今日の分は書き終えたからね、ありがとう」

「ふふふ~♪ いいわぁ~今の会話。昔の私とお父さんを見るよう」

「お父さんは、こんなに女子力高くないと思う」

「あ、確かにね」


 お母さんの前の椅子の腰かけ、向き直る。

 忘れない内に、手紙の話をしておかないと。


「お母さん、話があるんだけど」

「な~に? あ、結婚はまだ駄目よ」

「違っ……こほん。冗談は止めて。真面目な話なんだから」

「百合にとっては、今の話は冗談なんだ?」

「(……冗談じゃなくて、近い将来の話だけど、今は柊がいるんだからねっ!)」

「うふふ♪ それで、話って?」

「手紙のこと。そう言ってもらえるとのは嬉しいけど――私は此処を離れるつもりはないから」

「百合、世界って、貴女が思っているよりずっと、ずっと、ずっーと広いのよ? そして、貴女には才能がある。なら、若い内にそういうのを見るのも選択肢だと私は思うわ」

「うん、そうかもしれない。だけど――」


 ちらりと、台所でお茶の準備をしている彼を見る。

 うん、やっぱり揺るがない。


「そこに彼がいないなら、私には意味がないの」

「……百合、成長したのね。分かったわ。そこまで言うなら、お父さんは私が説得する! 確かに柊坊はいい子だもの。あの人も分かってくれるわ。納得しなかったら」

「しなかったら?」

「少し早いけど、『お嬢さんを僕に下さい!』を柊坊にやってもらいましょう! そうしましょう!!」

「なっ!? ち、ち、ちょっと、待って。あの、その、まだ、私と彼はそういう関係じゃなくて……」

「ええっ!? 百合、貴女、それでも私の娘なの? もう、何年一緒に暮らしてのよ? 女は度胸なんだからっ! 攻めて、攻めて、攻めまくるのよっ!!」

「お母さん、ちょっと、声が大きい。聞こえちゃう」

「どうしたんだい? 二人して、楽しそうにお喋りして。葵さん、僕が作ったタルトだけど」

「わ~い♪ ありがと、柊坊」

「百合も食べるよね?」

「うん。あ、柊、夕食は私が作るから」

「ありがと。取りあえず、ハヤシライスの準備はしといたから、任せるね」

「うん。大丈夫」


 視線を感じる。

 見れば、お母さんがニヤニヤと私を見ていた。

 ずっと、一緒に暮らしているんだから、これ位普通でしょ。

 あ、そう言えば


「ねぇ、柊」

「何だい?」 


 彼から、何時もの白猫のマグカップを受け取りつつ聞く。

 お母さん、これは私の。『か、可愛い……』って言っても貸してあげないから。


「昨日、私達が帰って来た時、留守だったじゃない? あれって」

「ああ、ごめんごめん。話してなかったね。昨日は突然、編集さんが来られてね――これはまだ、内々のお話なんだけど、受賞決定しました。明日、出版社に行くのもそれ絡みなんだよ」

「ほんとっ!?」

「お~♪ 流石、柊坊」


 柊がノミネートされていた賞は世間的にもかなり知名度がある。今までも、ノミネートされることはあっても、受賞は逃してきたんだけれど……やった、遂に!

 どうしよう、凄く嬉しい。

 お母さんがいなければ、抱き着いてしまっていただろう。同時に、さっき見せられた写真の事も分かり、安堵。いや、分かってたけど、それでも、ね

 彼に微笑みかける。



「おめでとう。今日は頑張って美味しく作るね!」 

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