四の五の言ってられない、そうでしょ?
日曜日、二度寝の至福を味わっていた私を覚醒させたのは母の声――などではなく、携帯が鳴る音だった。
もぞもぞと手を伸ばし、通話ボタンを押す。
「はい……誰よぉ、今日は日曜日なんだからねぇ……ゆっくり寝てても起こされない日なんだからねぇ……」
「――千代」
「!」
声を聞いた瞬間、頭が覚醒。
え、え、え? 何で、何で?
あの子、基本的に自分から電話かけてこないのに。
「日曜日の朝からごめん。そうだよね、眠いよね。ごめん、切るから」
「待って! 大丈夫、今、起きるところだったから。それで――どうしたの? 百合」
「千代……」
「うん」
「助けて、くれない? もう、もう、私、どうすればいいのか、分かんなくて……」
「へっ?」
電話口から聞こえたきたのは百合の泣き声。
ち、ちょっと、一体何、何なの?
頭が混乱する。
普段、冷静なあの子がこんなに取り乱しているなんて、余程の事があったに違いない。
いけない。こういう時こそ、親友の私が落ち着かないと。
百合に聞こえないように、深呼吸。良し。
「どうしたの? 泣いてるだけじゃ分からないわ。言ってみて。私が出来る事だったら手を貸すから」
「……うん。あのね」
※※※
「ねね、千代、これどうかな?」
「似合う似合う。もう、それでいいんじゃない?」
「もうっ! ちゃんと見てっ!! 時間ないんだから」
「はいはい」
今、私の目の前では、我が学園のアイドル、八重垣百合が次々を服を選び、その都度、感想を聞いてきている。
曰く『今日、急遽、柊とデ、デートすることになったんだけど服が決まらなくて……昨日からずっと選んでて……彼とは、お昼過ぎに駅で待ち合わせなの。用事があるからって先に出かけて……お願い、助けて!』
……私は日曜日の午前中から一体全体、何をやっているんだろう。
いや、確かに言った。『手を貸すと』。その言葉に偽りはない。何しろ、八重垣百合は私の大事な親友。出来る限りの事はしてあげたいと思ってもいる。
だけど……今、目の前で起こっている出来事はちょっと違うというか……。
面白くはあるんだけど、こう、何か引っかかるというか……う~、言葉にするのが難しい。
「千代?」
「あ、うん」
「……ごめん、やっぱり迷惑だったわよね。そうよね。いきなり、呼びつけられて、着ていく服を選ばせるなんて。ほんと……ごめんなさい……」
しゅんとした表情の百合。まるで、叱られた子犬のようだ。
あ~もう、この子は、ほんとにもうっ。
普段はあんなに大人っぽいのに、こういう時だけ、幼くなるなんて卑怯だと思う。何なのかしら、滅茶苦茶――可愛い!
この子相手だったら、私、別に路を踏み外しても……はっ、いけない。いけない。咳払いをして取り繕う。
「あのね、百合。別に嫌じゃないわ」
「……本当に?」
「本当の本当よ。それにね」
「うん」
「百合はそもそも、とっっても可愛いし、美人なんだから、何を着ても似合うわよ。自分に自信を持ちなさい」
「……だって」
「何よ?」
「……だって、あの人に、柊と折角、デ、デ、デートするんだから、私も一番の恰好で出かけたいんだもの」
あ~もうっ、この子は、本当にもうっ!(本日、二度目)。
抱きしめたくなる衝動をこらえつつ、意識して、ゆっくりと話しかける。
「あのね、百合。私は昨日、初めて柊さんに会ったばかりだけど――貴女、凄く大事にされてるわ。ちょっと過保護な位。そんな人が、貴女の服装で態度を変えるかしら? 私はそうは思わないよ。普段の百合のままでいけば、大丈夫、絶対に」
「……どうしてそう思うの?」
「いや、だって、ねぇ?」
この子、あれだけ、一から十までお世話されていて自覚がないのか。
結構、人の機微に鋭い子だと思ってたんだけど……。
『恋は盲目』
よもや、その言葉の意味を誰あろう、この子から見せてもらうことになるなんて。ちょっとだけそうなってる百合が羨ましくはある。
まじまじと見つめていると、苛立った声。
「……千代、からかってるんでしょ。柊は私を家族だとしか思ってないもの」
「百合、あのねぇ。普通、同居してるだけの女の子の友人が来たからって、あそこまで歓待してくれないからね?」
「千代の家だってそうだったじゃない」
「あれは貴女だから、話もしてきたし。と・に・か・くっ『異性』としてのそれかは分からないけど、大事に大事にされてるのは確かよ」
「……う~」
ベッドに倒れこむ。どうやら、恥ずかしさの限界を超えたらしい。
何だ。何なんだこの可愛い生き物は。
……やっぱり、ここは襲う場面?
はっ――いけない、いけない。気をしっかりもたないと。
「さ、とにかくもう決めないと時間ないんでしょ?」
「……うぅ。千代の馬鹿。どんな顔して柊に会えばいいのよ」
「あら? そんな事言うの。ふ~ん」
「だって、だけど、どうすれば」
「まったく、何時もの百合は何処へ行ったのよっ! ほら、もう四の五のいってられない、そうでしょ? えいやっで決めちゃないなさい。大丈夫、柊さんは絶対に褒めてくれるから」
「……うん」
そう言って、最後に百合が選んだのは、シンプルだけど、春らしく、同時に少し大人っぽいピンクのトップスに、グレーのズボンだった。
うん。似合ってるわ。可愛い。
百合と一緒に家を出た時にはもう11時半を回っていた。危ない。
「千代、ありがとう」
「いいのよ。デート、楽しんできてね。感想、よろしく」
「もうっ」
そう言って百合とは別れた。
さて――私にとってはこれからが本番。
隠れつつ、あの子を追わないと。
何? 親友なのにどうしてって?
こんな、面白い事、放っておける筈ないでしょ!
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