お話はマグカップを持って

「それで、結局、どうなったんだい?」

「えっとね……」


 あの後も中々大変だった。

 週刊誌まがいな事をした新聞部は、廃部になったし、記事を書いた先輩と、写真を提供した中等部の後輩は停学処分。

 本当は「退学にすべき」という意見も強かったらしいけど……まぁ、そこまでは流石に……。でも実質的にそうなるのかもしれない。

 中学校も高校も狭い世界だし、一度、ここまでの問題を引き起こしてしまえば、やっぱり、そういうレッテルは付き纏うだろう。

 まぁ、だけど彼と彼女はそういう事を自分の意思でしたのだ。これ以上は、私の手に余る。

 お母さんはあの後、学校側とやり取りをしたみたいだけど、詳しい話は知らない。担任の先生が、私を見て怯えるところを見ると……相当、怖かったんだろうなぁ……。あの人、怒った時は容赦ないし。


「まぁ今はもう何時も通り……なのかなぁ……」

「うん?」

「告白がね、あ、教えてた通り、私、前まではちょっとモテてたんだけど」

「うん」

「ほぼ、なくなりました。二年生になってからは零です」

「えーっと……それは百合にとって良い事なのかな? それとも悪い事なのかな?」

「良い事かな? 後輩に怖がられてるみたいなのはちょっと悲しいけど……でも、人の心はどうにも出来ないし。仕方ないかなって」

「そうだね。まぁ僕からすると――」

「えっ? 今、何て言ったの?」


 珍しく、柊の声が聞こえなかった。何時もなら、どんな言葉であっても聞き洩らさないのに。

 目の前には、何時もの白猫マグカップ。今日は、寒の戻りで寒かったので、甘さか控えめのココア。今度こそ最後だろう。夏になったら、アイスココアを作ってもろうかしら。

 彼の手には黒猫のマグカップ。ミルクティーのいい香りがする。


「何でもないよ。だけど、百合」

「うん」

「簡単に学校を辞める、とか言っては駄目だよ」

「ごめんなさい。でも」

「なんだい?」

「……辞めても、私は此処入れればいいかな、って」

「百合、ちょっとこっちへ来てくれるかな?」


 あ、怒られるかも……柊はこういうところ真面目だし。

 マグカップを置き、恐る恐る向こう側へ行くと――優しく抱きしめられた。

 え? え? ええ!?


「あのね、百合」

「う、うん」

「そういう風に言ってくれるのは嬉しい。嬉しいけれど……そういう事を人前で言ってはいけないよ」

「どうして?」

「だって、それは――」


 まただ。柊の声が小さすぎて聞こえなかった。

 顔を見たい。息を呑む。

 どうしよう、にやけてしまう。

 恥ずかしくなって頭を彼にこすりつけ、私も抱きしめる。


「柊」

「何だい」

「……私が、お母さん達と一緒に向こうへ行くって言ったらどうする?」

「百合が決めたことなら僕は」

「そうじゃなくて――」


 顔を見る。やっぱり、ちょっと照れているみたいだ。

 目をじっと見て、尋ねる。


「柊の気持ちを聞いてるの。私がいなくなったら寂しい?」

「それは勿論、寂しいよ」

「どうして?」

「それは……」


「柊。私は――貴方が好きです」


 強く彼を抱きしめる。

 少し怖い。だけど――多分、私は何度だって同じ事を言うと思う。

 私は、まだまだ子供かもしれないけど、この想いは子供の頃から何一つ変わらず、私の心にあるんだから。


「家族としても勿論、好き。だけど、一人の男性として、貴方が好き、です。……えっと、その、返事は今すぐじゃなくていいから」

「百合」

「う、うん」

「あのね。僕は一応、大人なんだよ?」

「うん」

「そして、葵さん達から君を託されてもいる」

「うん」

「だから、君の想いに今は応えられない」

「柊――『今は』って言った?」

「言ったよ」

「つまり――そういう事だと思っていいの? 私、期待するよ。もう、柊がひく位に!」

「そうだね――少なくとも」

「うん」

「僕は百合と、毎晩こうして話すのが、ずっと続けばいいと思ってるよ」


 嗚呼――この気持ちをどう表現すればいいんだろう。

 取りあえず今の私は何も怖くない。

 私がいて、隣には(時折はこうして彼の腕の中だけど)柊がいる。

 なら、もう恐れるものは何もない。

 くすくす、と笑って甘える。


「柊、それもうプロポーズだよ? いいの? 私、さっきも言ったけど、期待するよ?」

「いいよ。ただまぁ、葵さんには伝えておこうね」

「お母さんは『良くやったわ! これで柊坊が私の義理の息子にっ!! 男の子が欲しかったのよね~。あ、籍は何時入れるの?』って言うと思うけど」

「一言一句、当たりそうだね」


 彼も笑う。そして、優しく頭を撫でてくる。私は彼の瞳を見つめ、そして――。

 

 

 え? この後、どうしたかって? 

 何もしてないわ。取りあえず『今』はね。

 当分、私と柊の関係は変わらない。だって、彼とっても頑固だから。手を出して、って言ったら怒られてしまうだろう。

 甘える事は昔より増えたかもしれないけれど、他は特段変化なし。

 何よ、千代? 『もうとっとと結婚すればいいのに』じゃないわよ! 私だってそうしたいのを堪えて――こほん。失礼しました。籍を入れるのは高校卒業後になると思います。

 ここまで来るの本当に大変だったわ……。あの後も、停学になった後輩の事とか、千代の初恋とか、柊の作品の映画化とか、ほんとっ色々あったけど……今となってはいい思い出。

 取りあえず、私は彼の背中に追いついて、隣で手を握れるようになった。多分、これからも色々とあるし変わっていくと思うけど、二人なら大丈夫。

 それにずっと変わらない事もある。


 

 ――お話はマグカップを持って。白猫と黒猫も一緒に、ね。

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