夏休みが終わる……それが問題なのっ!

「ああ……そんな……そんな馬鹿な……」


 その日の晩、私は一人、打ちひしがれていた。

 理屈では分かっている。分かっているのだ。

 だけど、これは、そう! 感情の問題――後ろから、私の大好きな手が伸びてきて、睨みつけていた八月のカレンダーがめくられる。当然、現れたのは九月。


「あぁ……ちょっと、柊! どうして、めくっちゃったのよっ!」

「え? だって、もう九月だからね。百合の百面相はもう少し見ていたかったけれど、そのままにしておくのは少しね」 

「う~! ひ、百面相なんかしてないわよっ!! ……多分」


 振り向き、文句を言うものの、何時も通り微笑浮かべている彼には効果薄。

 ……ふんだっ。

 腕を組み、わざと視線を合わさないようにしながら椅子に座る。

 くすくす、と笑う声。じろり、と目の前に座る柊を睨む。


「……何よぉ」

「何でもないよ」

「嘘。言いたいことがあるのなら、言えばいいでしょっ」

「百合はほんと、分かりやすいねぇ。そんなに、明後日から高校に行くのが嫌かい?」 

「う……べ、別にそんな事……」


 当然、嘘だ。

 バツが悪くなり、冷えたレモンティーを飲む。もう、これも今年は終わりかな。

 友人に会いたくないわけじゃない。可愛い後輩達を愛でたい気持ちもある。

 だけど、私の最優先は何時だって決まっている。

 ……言わなくても分かってほしい。テーブルに突っ伏して、じたばた。 

 また、柊が苦笑。


「今年の夏は、色々と出かけたし、満足したろう? 来年は受験生だからって」

「そ~だけどぉ~。そうじゃなくてぇ~」

「あ、もしかして、夏休みの課題を終えて……」

「七月で終わらしたも~ん。終わってないのは千代だも~ん」

「あれ? 千代ちゃん、終わってないのかい? あの子、そういう所はきちんとしていると思っていたけれど、百合よりも」

「……前々から思ってたけど、柊は千代に何か甘い気がする。その分、彼女である、私をもっと甘やかすべきだと思う」

「これ以上、甘やかすのかい? ん~……多分、それで困るのは百合だと思うけどな」

「そ、そんな事――」


 妄想してみる。

 …………だ、駄目だ。絶対に身がもたない。わ、私にはまだ、まだっ早い。早過ぎる。

 そ、そういう事は高校卒業までお預けにしておかないとね、うん。

 携帯が鳴る。ん~?


「千代ちゃんかな?」

「当たり」


 次々と、送られてくる。

 内容は言わずもがな。文章を送る気力すらないのか、懇願スタンプが次々と送られてくる。

 はぁ……仕方ないなぁ。だけど、そうね。ただ、助けるだけじゃ面白くない。

 あの子には、今まで散々、柊との仲をからかわれてきた訳だし……ここは、意趣返しをしないとね。送信っと。

 

『いいわ。写させてあげる』 

『ゆ、百合ぃ。愛してるっ』

『だけど――交換条件があるわ』

『いいよ。この窮地を打開する為には何でも、何でもする。犬にだってなっちゃう

! わんわん』

『……何でも、って言ったわね? それじゃ――今夏、彼氏さんとどう過ごしたのかを、明日、口頭で包み隠さず報告するよーに』

『!? ゆ、百合。そ、それは流石に……』

『なら、この交渉はなかった事に』

『……うぅぅぅ。百合の鬼。悪魔。柊さん大好きっ子っ!!!』

『最後のはあってるけど、私にそんな口をきいていいのかしら?』

『…………明日、朝からそっちへ行きます』


 ふ――勝った。だけど、空しい勝利ね。

 どうせ、年下彼氏との甘々な夏休みを語られるだけだろうし。でも、あの千代がまさかあそこまで恋愛に浮かれるとは……楽しくはある。


「柊ー。明日、千代が宿題を写しにくるって」 

「そっか。なら、何か作ろうかな。千代ちゃんは、彼氏の子とうまくいって――ああ、大丈夫そうだね」

「どーして、そう思うのよ?」

「だって……ふふ、百合。そんなに、頬を膨らまして。まるでハムスターみたいだよ?」

「なぁ。し、柊っ! 可愛い彼女に向って、ハムスターはないでしょぉ! もうっ!」  

「はいはい。百合は世界で一番可愛いよ」

「……言葉だけじゃ信じられません。行動で示してください」

「えーどうしようかな」


 そう言いながらも、彼の手が私の頭を優しく撫でる。

 くっ……こ、こんな程度で陥落なんか……。

 我ながら単純だと思うけれど、柊に撫でられたら、私はすぐにご機嫌だ。思わず鼻唄が出ちゃう位。

 唇を尖らせながら、文句を言う。


「柊はズルい。罰として、来週の土日は私とデートしてください」

「えーどうしようかな」  

「してくれたら、柊の言う事をよく聞く、八重垣百合になります」

「別に聞いてくれなくていいからね。僕はどんな百合でも好きだから。夏バテに負けず、むしろ、ちょっと太った百合でも大好き」

「有罪っ!!! なななな、何で、知ってるのよぉぉぉ。こ、これから落とすもん。大丈夫だもんっ」

「毎日見てるからね。さ、お風呂、入っておくれ。明日は、朝から千代ちゃんが来るのなら、御寝坊さんになってはいけないよ?」

「う~!!!」


 そうやって、子供扱いしてぇ。

 はぁ……でも、そうやって余裕なのも後一年半。

 高校卒業したら、あんなことや、こんなことをして、柊の余裕を必ず打ち破って見せるんだからっ!


 ――なお、千代の恋話は面白かった。なるほど、私もずっとこういうネタを提供していたのね。人間、当事者にならないと分からないものね。



「ゆ、百合達と私達を一緒にしないでよっ! あ、あそこまでいちゃいちゃなんかしてないからっ!!」

「いちゃいちゃ? 全然してないわよ。それをするのは、高校卒業してからって決めてるしね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ココア&ミルクティー 七野りく @yukinagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ