昔から嬉しくなかった。妹と言われるのは

 店を出て、彼と街をぶらぶら歩く。

 てっきり行くところがあるのかと思っていたのだけれど


『偶には、何も決めずにゆっくり歩こうよ。駄目かな?』


 駄目じゃないです。何と言うか……こっちの方が、その、デ、デートっぽいし。

 ちらりと隣で歩く彼の顔を見る。

 何時もと変わらず優しい顔だ。ほんと、全然変わらない。

 ずっと、それこそ私がまだ小さい頃からなので付き合いは長いけれど、こうして、二人きりで歩く機会は、あまりなかったと思う。

 毎晩、二人で話はしているけど、それはそれ、これはこれ。

 今後は是非とも、こういう機会も増やしていきたい。


「また、ニヤニヤして。どうしたんだい?」

「な、何でもない」

「百合はほんと昔から嘘をつくのが下手だねぇ」 


 そう言って彼は苦笑。

 ……そんなに分かりやすいのかしら? 友達からは言われた事ないんだけどな。むしろ、表情は変わらない方だと思う。

 結局――あ、今のなし。凄く恥ずかしい事を考えた気がする。今更だけど、今はなし。だって


「ほら、また百面相してるよ?」

「何でもないっ!」

「はいはい」


 こうやってからかわれてしまう。

 確かに、じゃれ合うのは楽しいし、嬉しい。心がぽかぽかしてくるし、そう言う時の柊の顔はとっても優しいから、その――好きだ。

 だけど――ずっとこのままも嫌。

 昔から家族旅行に行った時や、親戚の集まりで、柊はよく言われていた。


『可愛い妹さんですね』


 そうすると彼は決まって『そうなんですよ』とニコニコ笑いながら答えていた。

 私は昔からそれがとっても嬉しくなかった、妹と言われるのはとにかく嫌だったのだ。

 だって、物心ついた時から私は、柊を、柊のことが誰よりも――


「百合」

「え、あ、うん、何?」

「……体調でも悪いのかい? 確かに何時も百面相だけど、今日は心ここにあらずみたいだ。心配事でもあるのかな?」

「ち、違くて、その――あ、あのねっ!」

「うん」

「え、えっと、その……」

「うん」

「わ、私は――私の今日の服装どうかな?」


 ええ、ヘタレですよ。ひよりましたともっ。

 だ、だって、人がいっぱいいるし……どうせ一生に一度の事なんだから、ムードだって大事だと思うし……。

 あれ? でも、ちょっと待って。今、私、何を聞いたんだっけ??

 大それた事を聞いたような……ええいっ、女の子は度胸!


「さっきも言ったと思うけどなぁ」

「い、いいから。もう一回、言って!」

「仕方ないなぁ。今日の百合はとっても可愛いね。似合ってるよ」

「……もう一回」

「今日の百合は何時もよりとっても――」


 可愛い、私が可愛い。えへ――はっ、いけない。一瞬、脳がやられていた。

 ……はいはい、分かってるわよ。

 どうせ『面白いね』って言うんでしょ?

 長い付き合いなんだから、私だって柊の考えくらい多少は読めるのっ!

 そうやって、私にぬか喜びさせるなんて、罪作りを


「可愛いね」

「ひぅ」


 自然と変な声が漏れた。

 え? ええ? えええ!?

 い、今、なんて、え?


「百合は、何でも似合うけど、今日の服装は特に似合ってる。大人っぽく見えるね。さっきの待ち合わせの時、少し見惚れちゃったよ」


 珍しく恥ずかしそうに柊が笑うのを見て、視線を下へ。

 ――駄目だ。こんなのは駄目だ。反則過ぎる。

 死角からの一撃とはこのことか。

 何の備えもしてなかったところから放たれた結果、私の心はてんやわんや、心臓の音がオカシイ。このまま止まっちゃうんじゃ?

 顔が真っ赤になっているのは、鏡を見なくても分かる。きっと、林檎みたいだ。

 ど、どうしよう。柊の顔をちゃんと見れない。

 ――頭に大きな女性物の帽子。


「へ?」

「うん。似合うね。すいません、これをいただけますか」


 私の反応を待たず、さっさと支払いを済ませ、ぽんぽんと帽子の上から軽く叩いてくる。

 うぅ……見透かされてる……。

 悔しい、だけど、嬉しい。

 彼は何時だって私を困らせる。


『ごふっ…………あ、甘過ぎる、想定よりも遥かに甘過ぎるわっ……こ、こんなの、は、反則もいいとこじゃないっ。男共が見たら、間違いなく、みんな涙を流す羽目に――』


 脳味噌がオーバーヒートしてるせいか、千代の幻聴まで聞こえる。

 甘い? そうでもないと思うわ。当事者である私が言うんだもの、間違いないわよ。むしろ、ちょっと辛いわ……特に今日の場合は羞恥心が限界を……。


「落ち着いたかい?」

「……まだ」

「ふむ。なら、今日はもう帰る」

「それは嫌」

「なら――何時もの喫茶店にでも行こうか」

「うん。そうする。あ、あのね、柊」

「何だい?」

「その――柊のスーツ姿も、カ、カ、カ」

「?」

「……待って。後で言う」

「うん?」


 無理!

 これ以上の負荷は危険だわ。

 作戦は『いのちだいじに』で。


『ヘタレた。この期に及んでまたヘタレた!?』


 うるさいわねっ! さっきからうるさいわよっ!

 わ、私にだって都合があるんだから。

 大丈夫、まだ時間はあるもの。

 珈琲でも飲んで、落ち着いたらちゃんと



「あ、そういえば百合――人も多いし、はぐれたら困るから手を繋ごうか」



 ――結局、その日、柊に感想を伝えられなかったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る