美味しい……でも家で飲む方が私は好きだ

「……来ない」


 現在、時刻は正午をとっくに過ぎ、そろそろ半になろうとしている。

 携帯を確認。何も連絡無し。

 どうしたんだろ? 何かあったのかな?

 まぁ、私も朝からバタバタしてたし、この間に落ち着くには良い時間だ。

 そうじゃないと


『『異性』としてのそれかは分からないけど、大事に大事にされてるのは確かよ』


 千代の台詞が脳裏に蘇る――いけない。これはいけない。思い出してしまったら、彼の顔をとてもじゃないが見れ


「百合」

「!」


 聞きなれた優しい声。

 見ると、彼がこちらへ向かって歩いてくるところだった。

 え? ち、ちょっと、あの、その恰好は……反則……。


「遅れてごめんよ。待たせちゃったみたいだね」

「……ねぇ」

「何だい?」

「……どうして、今日に限ってスーツなの?」

「ああ、これかい? 言ってなかったかな? 今日は午前中、出版社に行っていたんだよ。何か、賞にノミネートされたらしくてね」

「ノミネート!?」


 思わず大声が出てしまう。

 周囲の人が振り返り、私達を見て視線を逸らし――もう一度、見る。

 ……そう言えばさっきから、やけに視られている気がするけど、何でだろう?

 千代も大小判を押してくれたし、そんなに変な格好じゃないと筈だけど。

 あ、コートを羽織ってないのが目立つのかな? 

 今日は凄く暖かいし、コートなくても平気かな、と思って――違う。今はそれどころじゃない。


「ノミネートって、あの、ノミネート?」

「ノミネートは一つしかないと思うけどね。さ、行こう。お腹が減ったよ」

「あ、ちょっと!」


 そう言って、柊は歩き出した。

 慌てて追いつき、隣から覗き込む。

 スーツ姿は滅多に見ないというのもあるし、惚れた弱みもあるけれど、それにしたって


「――カッコいいにも程があるでしょ」

「ん? 何だい?」

「な、何でもないっ」

「ああ、そう言えば」

「?」

「今日の百合はとっても可愛いね」


 ……意識を保って、保つのよ、私。

 ううん。きっと今のは聞き間違いだから。

 だって、柊がこんな直接、私を褒める事なんて、しかも、か、か、可愛いなんて言ってくれる筈ないもの。

 でも、取りあえず


「……もう一回」

「うん?」

「……もう一回、言って、ゆっくりと、丁寧に。私の目を見て」

「仕方ないなぁ。今日の百合は何時もよりとっても――面白いね」

「違うでしょっ! もうっ!!」

「ははは」


 楽しそうに笑いながら、軽く頭をぽんぽんしてくる。

 嬉し――これも違くて。いや、嬉しいんだけど。

 うぅ……どうやら、今日の私は、自分が考えている以上に、浮かれてしまっているみたいだ。思考が全然まとまらない。

 悶々としている間に、目的地に到着。お洒落なお店、入るのは初めてだ。

 料理の種類は――創作イタリアンかな? 野菜が美味しそう。

 窓際の席に通され、メニューを眺める。私もお腹が減っているのだ。

 一心不乱に選び、顔をあげると、そこには、にこにこ笑う彼。


「……何? さっきから笑ってばっかりっ」

「そうかな?」

「そうよ」

「だってさ」

「……何よぉ」 

「僕はね、百合がそうやって一生懸命、美味しい物を選んだり、美味しそうに食べてるのを見ると、嬉しくなるんだよ。小さい頃から変わってないね、本当に」

「……それ、褒めてるの?」

「褒めてるよ。最上級に」

「……ほら、早く、柊も選んでよ」

「ああ、何時も通り僕は百合のとは違うやつにするよ。違う味も食べたいし」

「そう。分かった。あ、デザートも違うやつにしてね」

「はいはい」


 なら、さっさと注文を――うん? 


『ぐふっ……な、何なの、今のやり取り!? あ、あれで、自分は家族だから……とか、ないわー。ほんと、ないわー。あ、何か苛々してきたかも……。私にも、柊さんみたいな彼氏がいればっ……!』


 おかしいわね。千代の声がしたような……。

 周囲を見渡しても、当然だけどそれらしき姿はない。幻聴?


「どうしたんだい」

「ちょっと、ね。それよりも、さっきの話を聞かせてよ。詳しく、丁寧にっ」

「言う程、大したことはないよ」


 そう言って、柊が口に出した賞の名前は、普段、そこまで本を読まない私でも知ってる位にメジャーなものだった。

 え? これって、凄い事なんじゃないの!?

 ガタっと近くで大きな音。ん?


「まぁ、賞を貰える事は嬉しいけどね。ただ、難しいと思うよ。他の作品も凄く売れてるしね」

「そっか。でも、やっぱり、ノミネートされただけでも凄いよ」

「ありがとう」


 その時、店員さんが料理を運んできてくれた。

 ――大変、美味しかったです。満足。

 食後の珈琲を飲みつつ、デザートを食べる。

 私はティラミス。柊はジェラート。先に一口もらう。


「ん~♪」

「美味しいかい?」

「うん。柊も一口食べて」

「それじゃ、お言葉に甘えて」


 ぱくつきながら、珈琲も飲む。

 うん、これも美味しい……だけど、家で飲む方が私は、好きだ。

 だって、家なら柊が私の為に入れてくれるのだし。

 カップも勿論綺麗だけど、ここに何時もの白猫も黒猫もいないしね。


「ねぇ」

「何だい?」

「今晩も、何か飲ませてね」

「もう、夜の心配をしてるのかい? 百合はせっかちさんだね」



 違う、と言うのはまだ恥ずかしいので言わない。

 ――言いそうだったけど、言わない……まだっ! 

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