後遺症は深刻。完治まで時間を要する模様
「あーうー……」
「どうしたんだい? さっきから唸ってるけど」
「……」
突っ伏していたテーブルから顔を上げると、目の前には彼。
あ、やっぱり無理。
すぐにまた突っ伏す。そして、自然と変な声が出る。
そうしないと暴発しそうなのだ。きっと冷却の一環。人間はよく出来てるものだ。うん、一つ賢くなった。
ちらり、とまた彼を窺う。困った表情をしている。
「疲れたのかい? ごめんよ、今日は楽しくてついつい連れ回してしまったからね。明日、百合は学校なのに」
「……違う。私も、その、楽しかった、し」
「それは良かった。良ければまた行くかい?」
「絶対行くっ!!!」
がばっと、顔上げる。
勿論行くっ!
だって――視線が合う。
「あぅ……」
ばたり。私は死んだ。……死んだのー。ここにいるのは違う何かなのー。
手でテーブルを叩き、足をバタバタ。う~。
家に帰って来てから、かれこれ数時間。ずっと、こんな感じが続いている。真っ先に犠牲となっては、私の部屋にいる猫の人形。帰って来て、鞄を投げ捨てた後、ぎゅーと抱きしめてしまった。ごめんね……。
いけない。これはいけない。日常生活に支障をきたすレベル。
だけど、だって、しょうがないじゃないっ!
『今日の百合はとっても可愛いね』
何なのっ!? どういうことなのっ!?? 私を悶え殺す気なのっ!!??
聞いた瞬間の衝撃も凄かったし、心がぽかぽかして、それはもう幸せだったのだけれど――その後、手も繋げたし。えへ。えへへ。当分は手を洗わない方がいいかなぁ?
……違う。落ち着いて。私の冷却装置、ちゃんと仕事をして。全力稼働よ。オーバーヒート? そんな先の話は放っておいて!
今は、この状況を打開しないといけない――
『今日の服装は特に似合ってる。大人っぽく見えるね』
もうっ! 何なのっ!? 何なの、もうっ!
私を何度悶え殺せば気がすむのっ!?
嬉しい。勿論、嬉しい。嬉し過ぎる。
だって、何時もは子供扱いなのに、今日はその……ちゃんと、女の子扱いしてくれったっていうか……ちょっと違った反応だったし。千代、ありがとっ! 今度、駅前のアイス奢るね。
「百合、本当に大丈夫かい? さっきから、唸ったり、テーブルを叩いたり、ニヤニヤしたり……ミルクティーのお代わり入れるけど」
「……いる。今度は砂糖抜きにして」
「おや? 珍しいね。少しだけ入れる方が美味しいって何時も言うのに。分かったよ、少し待っておくれ」
だって……今日はもう糖分を過剰摂取してるし。精神的にも物理的にも。
私は痩せてる――と思う。時々、柊に怒られる。「もう少し、食べないと駄目だよ。健康は大事だからね」。分かってるわよ。
でも、それでも太り過ぎるはちょっと……毎日のご飯、とっても美味しいから、油断してると食べ過ぎちゃう。
何て罪作りなの。後ろ姿を睨みつける。
あ、これなら大丈夫――
『少し見惚れちゃったよ』
はぅ……。
どうしよう……まともに顔が見れないよぉ……。
この後遺症は深刻。完治まで時間を要する模様。
冷却装置は依然として全力稼働中。
が、発生する熱量と全くもって釣り合っておらず、早晩、故障するのは確実な情勢です。このままではマズい。本当、マズい。呆れられちゃうかもしれない。
……考えて、考えるのよ、百合。
無駄に学年上位の頭で、打開策を見出すのっ!
『手を繋ごうか』
うん、繋ぐ♪
柊と手を繋いだのって何時以来だったんだろう?
小学校低学年までは、一緒に何処かへ行く時は引っ付いていたと思うけど、高学年からは記憶にないから、5~6年ぶり?
……どうして、そんな勿体ないことをっ。
確かに、少し、そう少しだけ、恥ずかしかったけど、それ以上に安心出来るというか、優しい気持ちになれるというか――とにかく、その効能は凄いのだ。
えへへ♪
今度出かけた時は私から『手を繋いでいい?』って聞いても大丈夫かなぁ?
…………違うっ。い、いけない、ループから抜け出せない。まだ家だから(本当はよくないけど)許されるかもしれないけど、学校でこんな事をしていたら、奇異な目で見られるのは確実だ。立て直さないと。
だ、だけど、どうやって? 事あるごとに脳内で自動再生されてるのに? しかも、永久リピートで。
え? 止めればいい? 嫌よっ! だ、だって、録音はしなかったし、繰り返さずに忘れたらどうして――目の前に白猫の顔。心なしか、苦笑しているように見える。
「何があったかは知らないけれど、落ち着いて。さ、お飲み」
「……む~」
問題は貴方なんだけど。
ちらちら見ながら、一口。はぁ、落ち着く。
あれ? でも、これって、何時もと同じような。
「柊」
「うん?」
「お砂糖入れた?」
「入れてないよ」
「嘘。だって甘いもの」
「そうかい? だったら、それはきっと紅茶の甘さだね」
「そうなの?」
もう一口。うん、やっぱり甘い。おかしいなぁ。
……はっ!? も、もしかして、味覚まで変調を?
い、いや、そんなまさか。幾ら、今日の――が甘かったからって。
『今日の百合はとっても可愛いね』
――あ、もうそういう事でいいや。えへ♪
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